第127話 惨劇の再来

 これから破壊の限りを尽くし、俺達を滅ぼさんとしていた「新人類の巨鎧体」。


 その巨躯は今、凍り付けにされたように固まってしまい――動き出す気配が全く見られない。

 辺りを忙しく見渡す瀧上さんに対し、所長さんの表情が落ち着き払っているところを見るに……ただのアクシデントとは違うようだ。


「なんだ……? 『新人類の巨鎧体』の動きが……」

「甲侍郎様、あれは……?」

「わからん。だが、あの様子ではすぐには襲っては来れなさそうだな。念のため、R型を生身の者達の護衛に付け、いつでもここを脱出できる準備をしておいてくれ。望みは薄いが……やはりここは一時撤退し、地上で政府に協力を要請するしかあるまい」

「了解しました」


 瀧上さんと「新人類の巨鎧体」に起きている異変には、伊葉さんや茂さん、甲侍郎さん達も感づいているらしい。R型の面々は生身の人々を庇うような位置に向かい、G型は矢面に立つように、前面に出ていく。


 どうやら甲侍郎さんは、超人的な力を持たない生身の人間から、優先的に逃がしていくつもりでいるらしい。……こんな無茶苦茶な計画を立てたりはするけど、やっぱり人命救助って本懐を忘れたわけじゃなかったらしい。


 ――そういう気遣いってモンを、このコンペティション自体にも注いで欲しかったところなんだけどな。


「りゅ、龍太……」

「――心配すんな。何があっても、俺達がきっと逃がしてやる」


 ふと、腕に小刻みな震動が伝わる。見下ろしてみれば、矢村が不安げな表情で俺の腕にしがみついていた。

 その今にも泣き出しそうな顔は、いつも快活に振る舞っていた彼女からは想像もつかない面持ちだが――事前情報もなしにあんなヤバいものを見せられたとあっては、ここまで怯えるのも仕方ないだろう。俺より実戦経験が豊富なはずの救芽井でさえ、僅かに肩を震わせているのだから。


「う、うっ……!」

「心配ないわよ、鮎子。もう、凱樹がアレで戦うことなんてないんだから」

「……ほ、んと……?」

「本当よ。だから、心配しなくていいわ。お姉ちゃんが、付いてるからね」


 一方、矢村以上に「新人類の巨鎧体」を恐れていた四郷は、所長さんの一言を契機に少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。上下に揺れていた肩の振れ幅が、次第に小さくなっていくのがわかる。

 ……瀧上さんが、「新人類の巨鎧体」で戦うことがない……? やっぱり、所長さんは何か知っている?


「四郷所長。差し支えなければ、今の話を詳しく聞かせて頂きたいのだが」


 その言葉に反応した俺が問い質そうとする前に、甲侍郎さんが声を上げる。周りを見渡すと、他の皆も所長さんの言ったことに注目しているようだった。


 当の彼女自身も、皆の反応は予想していたらしい。周囲の視線を一身に浴びていると分かっても、彼女は眉一つ動かさないのだ。

 「新人類の巨鎧体」が動きを見せない理由。その実態に近づけると期待している人々は、彼女が口を開く瞬間を静かに待ち続ける。

 そして、そんな彼らを一瞥した彼女は、ふぅ、と小さなため息をつくと、神妙な面持ちのまま語り始める。その視線は、かつて愛した「ヒーローの成れの果て」へと向かっていた。


「……『新人類の巨鎧体』は、接続機がパイロットの脳波を直接受信することによって起動する。接続器に凱樹の脳波をシャットアウトするように調整すれば……」

「脳波をシャットアウトだと? どうやって」

「先日、地上の階にある電子制御室でちょっと、ね。私の知らないところで、凱樹自身が『新人類の巨鎧体』に手を加えてる可能性もあったから、上手く行くかは半分博打だったけど」

「……やはり、この事態は想定済みだったのだな。『新人類の将兵』にはプログラミングは通じなかったのか?」

「凱樹自身が造った『新人類の将兵』のシステムに干渉するには、アリーナのあの端末に向かうしかないからね。コンペティションを控えて神経質になっていた彼が、毎日陣取ってるようなところに近づけってのが無理な話よ。――彼自身にも、どこか私のすることを予感してる節があったし」


 甲侍郎さんと所長さんのやり取りを聞く限りでは――どうやら瀧上さんが搭乗できないように、所長さんが小細工をしていたらしい。

 そういえば彼女は夕べ、電子制御室に行っていたと聞いている。瀧上さんを止められるかどうか、という「賭け」のために。

 ……その実態が、このシステムの改竄だったってわけか。確かに瀧上さんが「新人類の巨鎧体」を使えなくなれば、あの巨人は脅威ではなくなる。操る人間が居なければどんな兵器も鉄屑にしかならない、という簡単な結論は、小学生でもわかることだ。


 ――だが、それで終わりなのか?

 「新人類の将兵」を弄らせなかった瀧上さんが、「新人類の巨鎧体」にちょっかいを出されるケースを、本当に想定してなかったのか?

 瀧上さんは確かに、まんまと所長さんの賭けに引っ掛かって「新人類の巨鎧体」を操作する権利を剥奪されている。だが、今の彼は辺りをゆっくり見渡しているばかりで、よく見てみると取り乱すような雰囲気はまるでなかったのだ。

 切り札を失ったにしては……あまりにも冷静過ぎる。今までの彼の言動からして、怒り狂ってコックピットから飛び出して来るものとばかり思っていたのだが――あの様子からは、そんな威圧感は微塵も伺えなかった。


「……つまり、あの巨人は動けないということですね。鮎美さん?」

「そういうことになるわね。――凱樹自身が脅威であることに、変わりはないけど」

「大丈夫です。『新人類の巨鎧体』が動かないというのであれば、もはや恐れるものはない。――皆の衆、ケリを付けるぞッ!」

「よしっ……! 残る敵があの人だけなら、皆で掛かればなんとかなる、かもッ……!」


 そんな俺の心配を他所に、周囲では反撃開始の気運が高まりつつあった。所長さんの言葉に突き動かされ、声を張り上げる茂さんを筆頭に、全てのG型が「新人類の巨鎧体」へジリジリと近寄り始めている。その白い装甲服の集団の中には、「救済の先駆者」の姿もあった。

 嫌な予感が拭えない身としては、出来れば止めに行きたいところなのだが――俺の言い分に根拠がない以上、強く言ったところで彼らが止まるとは思えない。

 伊葉さんや所長さんは、沈痛な表情のまま一言も喋らずにいる。これ以上はもう見ていられない、という心象なのだろう。

 そして、俺と「必要悪」を除く全ての戦闘要員が、一歩、また一歩と、赤褐色の鉄人へと近づいていく。そんな彼らに対して、瀧上さんは見向きもしていない。


「……あなたは行きませんのね。お疲れになられている龍太様はともかくとして」

「予感があるからね。君も兄上を想うのであれば、深追いはさせない方がいい」

「……」


 一方、少しも前に出る様子を見せず、その場に留まり続けている「必要悪」。久水はそんな彼を訝しんでいながら、強く反論することはなかった。

 瀧上さんの様子を静かに見詰めている二人も、感づいているのかも知れない。――彼がこのままで終わるはずがない、と。


「こ、梢ぇ……」

「案ずることはありませんわ、鮎子。あなたは何があっても、ワタクシ達が守り抜いて見せるざます。そうでしょう? 鮎美さん」

「……そうね。その通りだわ。だからね、鮎子。あなたが怖がることなんてないのよ」


 それでも、彼女達は四郷を励ますことを欠かさない。機械仕掛けの肩を抱く二人を見ていれば、よくわかる。

 ――そりゃ、そうだろうな。この中で一番、瀧上さんのことで苦しんでいるのは、間違いなくこの機械の身体を持つ少女なのだから。


「龍太……救芽井達、大丈夫やろか」


 だが、追い詰められているのは彼女だけではない。全くの一般人でありながら、こんな状況の真っ只中に放り込まれている矢村の憔悴も、かなり険しいことになっている。

 もちろん、救芽井達に何かあれば俺も駆け付けるつもりだが、この娘を一人にするわけにもいかない。R型の人達を信用していないわけじゃないんだが……。


「大丈夫だよ、皆だって伊達にヒーローはやってな――」


 とにかく、今の俺にできるのは、彼女を励ますことだけ。そう思い、口を開いた時。


 瀧上さんと、顔が向かい合う。


 いや、俺じゃない。あれは、俺を見ているわけじゃない。


 ……だけど、自分の足元に集まってる茂さん達でもない。

 客席――それも、俺とそこまで離れていない場所にいる人間。その人物を、獲物を捉えた鷹のように、ただ真っ直ぐに見据えている。

 あの顔の先……まさかッ!?


「……行くか」


 感情のない、淡々とした呟き。

 それこそが、攻撃の狼煙。


 その事実に気づいたのは、瀧上さんが小さな一言と共に、弾丸の如きスピードでコックピットを飛び出した後だった。


「なにィっ!?」

「速い! 客席に向かう気なのッ!」

「――R型部隊ッ! 奴を止めろォッ!」


 完全に虚を突かれたG型の面々や救芽井は、彼に頭上を大きく跳び越される形になっていた。

 G型部隊の最後尾に居た甲侍郎は、自分が抜かれたと悟る瞬間、咄嗟にR型全員に指示を出す。


「うッ、うおぉおぉッ! ――ぐはぁっ!?」

「ぎゃああぁッ!?」


 雇い主を指令を受け、四人のレスキューヒーローは、客席に向かう鉄人に果敢に飛び掛かる。だが、猛烈な勢いで突っ込んで来る鋼鉄の巨体を阻むには、体重差がありすぎた。

 四人同時に敢行されたタックルを軽々しく跳ね退け、瀧上さんはさらに迫る。宙に舞い上げられたR型の一人は、ダメージのあまり着鎧を解除されてしまった。


「凱樹君ッ! もうやめろ、やめるんだッ! これ以上戦っても、何も生まないのだぞッ!」

「凱樹ッ! あなたの戦いはもう、終わってるのよッ! もう、終わりなのッ! だから、もうッ……!」


 伊葉さんや所長さんの懸命な呼びかけも、瀧上さんの攻勢を食い止めるには至らない。彼は魔王のような両腕を広げ、客席に降り立とうとしている。


 そこまで来たところで、俺はようやく瀧上さんの狙う先に確信が持てた。

 彼の狙いは――久水だッ!


「龍太ッ!?」

「――くそッ、行かせるかァッ!」


 俺は矢村の制止を振り払い、その場から瀧上さん目掛けて跳び上がる。ほぼ同様のタイミングで、「必要悪」も高電圧ダガーを構えてジャンプしている姿が見えた。


「……ッ!」


 当の久水自身は、四郷の近くに自分が居たために、彼女が狙いだと思い込んでいるらしい。両手を広げて四郷を庇うように、毅然とした表情で瀧上さんを睨み上げている。


 ――違うんだ久水ッ! あの人の狙いはお前――


「……ムゥォアァッ!」

「くあッ!?」

「ムッ!」


 ――と、俺の注意が削がれていた瞬間を突いてか、あの光る鞭が飛び出してきた!

 俺は一瞬遅れそうにはなったが、なんとか鞭の先端を横薙ぎに蹴り、回避に成功。「必要悪」も、難無くダガーで切り抜けていたようだ。


「これで得物は――ぐわッ!?」

「ウッ……!?」


 だが、迂闊だった。

 光る鞭の奇襲をかわし、あとは瀧上さん自身に攻撃を加えて止めればいい。俺達は、そう思い込んでいた。

 しかし、それは彼による策のための布石に過ぎなかったらしい。俺達が瀧上さんに迫る瞬間――彼は、上腕に装着されていた光る鞭を発射するパーツを外し、俺達にぶつけてきたのだ。

 これにはさしもの「必要悪」も反応仕切れなかったのか、ダガーで受け流すことが出来ず、正面から刀身で防御することにより、辛うじてダメージを免れていた。俺に至っては腹部にモロにパーツアタックを受けてしまい、ハエの如く撃ち落とされてしまう。


 そして、落下していく俺が、上下に反転した視界の中で見たのは――久水を助けるべく、姉を跳ね退けて瀧上さんに立ち向かう四郷の姿だった。

 マニピュレーターの拳を振り上げ、勇敢に挑む機械仕掛けの少女。そんな彼女を前にした瞬間、瀧上さんは久水に向けていた首を、急激に彼女の方へ捻る。


 ――今まで、誰に邪魔されても久水だけを見据え続けていた彼が、急に四郷を凝視するようになった。


 それが意味するもの。


「……まさか。狙いは最初からッ……!?」


 それに気がついた時、俺は届きもしない手を必死に四郷に伸ばしていた。


 巨大な鉄拳を一撃で破壊する、魔王の豪腕。その圧倒的な力の前に、成す術もなく我が身を砕かれていく機械の少女。


 もはや、原形など、ない。


 残されたのは、力無く宙へと舞い上がる、水色の髪を靡かせた彼女の首一つだけなのだから。

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