第54話 男の夢には酸素が詰まっていた

 俺の手にある「腕輪型着鎧装置」。

 そこに納められている着鎧甲冑の名は、聞き覚えのないものだった。


「『救済の超機龍』……? 聞いたことない名前だな。新製品か?」


 ――と言いながら、試しにちょっと右腕に巻いてみる。おぉ、なんかめちゃくちゃフィットしてるぞコレ。


「半分は正確だけど、半分はハズレね。新型には違いないけれど、売り物じゃないのよ」

「は? じゃあ非売品ってことか?」


 売り物じゃない、ということは結構な価値のあるものだったんだろうか。なんか安易に腕に付けちゃったけど、急に怖くなってきたぞ……。


 ウッカリ落としたりなんかして、傷物にしたらコトじゃないか。とりあえず早く外して、元に――


「そうね。正しくは――あなたの専用機ってところなんだけど」


 ――戻そうってところで、救芽井はそんなことを言い出しおった。


「は、はぁあ!?」


 専用機? ……俺の!?


「私が直々に設計した、初めての着鎧甲冑よ。……『R型』と『G型』の要素を兼ね備えた、『救済の龍勇者』シリーズにおける最高峰! それが『着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー』なのよっ!」


 自分が初めて設計を担当した――というだけあってか、やたら鼻高々に語る彼女。今までは、少し落ち着いてるくらいの佇まいだったのに、「救済の超機龍」とやらが絡みだした途端にこのテンションである。


 し、しかし専用機って……!

 俺にそんなもん寄越してどうしようってんだ!? つーか、どんだけ俺を買い被ったら気が済むんだ、救芽井エレクトロニクスッ!


「政府から、『着鎧甲冑の最高傑作を一台だけでも生産して欲しい』っていう依頼があってね。それなら、龍太君の専用機を作り上げようってことに決まったのよ。お父様もノリノリだったわ」

「あの人がノリノリとか、ヤな予感しかしないんですけど!?」


 娘の裸を偶然見てしまった男を、責任を取らせるためだけに、婚約者に仕立て上げてしまう程の豪胆さ……もとい無計画さを持った甲侍郎さんのテンションがマックスとか、どう考えてもロクな展開が浮かんで来ない!


「お父様、本当に嬉しそうだったわ。凄く泣いたり怒ったり、最後には笑ったり。龍太君のこと、なんだかんだで気に入ってるみたいだったし……」

「今度会ったら、泣きながら『殴らせろ』とか言ってきそうだな、それ……」

「ちょ、ちょっと待ちぃや! なんで政府が欲しがっとる最高傑作を龍太が持たないかんのんや!?」

「龍太君に、婚約者として相応しい威光を持ってもらうためよ! これで彼も、晴れて着鎧甲冑を所持できるエリートヒーローの仲間入り! 私の夫『救芽井龍太』として、これ以上の栄誉はないわ!」

「なんか俺の全然知らない世界で、とんでもねーことになってる気がするんですけど!?」


 なんだ「救芽井龍太」って! 早くも俺の将来設計が固定されようとしてねーか!?

 くっ、高校を卒業したら兄貴が務めてるエロゲー会社に入ろうと思ってたのに! ……大学? 俺の脳みそで入れるかこんちくしょー!


「さぁ、とにかく着鎧してみて。『腕輪型着鎧装置』のサイズも含めて、全てあなたの体に完璧にフィットするように作ってあるわ!」

「俺に合わせて作ってんのか? 道理でやたらしっくり腕に嵌まってるわけだ……」


 中三の時は「救済の先駆者」の腕輪を付けていたが……確かアレは、元が救芽井の使っていたモノっていうだけあって、ちょっと腕がキツかった覚えがある。

 その辺も、きっと配慮してくれてるんだろう。腕輪自体は結構重いはずなのに、ほとんど手首の血管等に掛かる負担はない。


 しかし、自分のための専用機が用意されてたっていうのに、俺ってばあんまり動じてないよな……。

 なんか驚きの感覚が麻痺してきてないか? 大丈夫かよ俺……。


「とにかく……やってみるしかないか! ――着鎧甲冑ッ!」


 もう少し頭の整理はしたかったが、いちいち感傷に浸って救芽井を待たせるのも悪い。

 俺は腕輪に付いているマイクに、久々にあの音声を入力した。


 そして、深紅の腕輪の中から、同色の発光体が噴水のように溢れ出て来る。

 俺がそれらを目で捉えるよりも先に、赤い光は帯のように俺の体に巻き付いていった。


 二年近く経験していなかった、俺の中における「非日常」の象徴。

 それが今、「日常」の象徴とも言うべき学校の中で行われている。


 ――なんとも、不思議な気分じゃないか。


 だが、悪い気はしない。


 着鎧を終えた時にいつも感じていた、力がみなぎる感覚を思い出してしまった、今となっては。


「ふぅ……」


 自分の手足が、赤いレスキュースーツに包まれているのをこの目で確認し、俺は一息ついた。どうやら、予想通り「救済の超機龍」ってのは、赤が基調らしい。

 手足の動作に支障がないかを確認するため、俺は軽く手首と足首を捻る。……うん、どこも変な感じはしないかな。


「――うん! やっぱり龍太君はそうでなくっちゃ! カッコいいよっ!」


 俺の着鎧した姿を前にして、救芽井は子供のようにはしゃぎながら、ズイッと顔を近づけて来る。まるでキスでもするんじゃないかってくらいの近寄り方だったからか、途中で矢村に羽交い締めにされてしまったけど。


 そういや、俺って今どういう格好なんだろう? 救芽井はカッコいいと言ってくれたが、常人とは微妙にズレている彼女にそう言われてもイマイチ腑に落ちない。

 なので、俺は部室に置かれていた鏡の前に立ち、自分のフォルムを確認してみることにした。


 唇型のマスクに、燃える様な赤一色のレスキュースーツ。

 着鎧甲冑ならではの、どことなく古臭いデザインを感じさせるソレは、間違いなく「昭和のヒーロー」を好む甲侍郎さんの趣味が出ているせいなのだろう。


 ふと、黒いベルトに装着されている、長さ四十センチ程の電磁警棒に目が行く。確か「G型」が許されている唯一の装備品だったよな。

 確かに彼女が言う通り、この「救済の超機龍」には、「G型」と「R型」の両方の機能が用いられてるらしい。


 ――ん? だけど、「R型」の特徴だったはずの救護用バックルが見当たらない……?

 腰に巻かれているベルトは「G型」に準拠したモノであり、「救済の先駆者」や「R型」に常備されていたはずの「救護用バックル」らしきものは見当たらなかった。

 後ろの腰に手を回してみると、応急処置セットらしき、小さなバックパックは付いていたのだが……人工呼吸システムに必要な、酸素タンクらしきものが見当たらない。

 そのため、俺の腰に付いていたバックパックは、「R型」のソレと比べるとすこぶる小さいモノだった。


 さすがにそこまでは手が回らなかったのかな……?


 もしかしたら心のどこかで、俺は随分な欲を張ってたのかも知れない。うげ、恥ずかしい……。

 自分の浅はかさを悔いつつ、俺は頭を掻こうとして――


「……?」


 ――手に触れた妙な感覚に、思わず眉を潜めた。

 なんだこれ? ぷにぷにしてて……柔らかいな。


 その柔らかいナニかを見ようと視線を上げた俺の目に……側頭部から伸びている、闘牛のような二本の角が映り込んだ。


 体のほとんどが赤色で統一されているのに対して、そこだけが真っ黒に塗装されていたのだ。

 長さ二十センチ程度の短い角だが――他の着鎧甲冑では考えられないようなその意匠に、俺はいつの間にか目を奪われていた。

 こんな尖んがってて危ないモノ、人命救助が任務の着鎧甲冑に付けてて大丈夫なのか?


 ……待てよ。まさか、さっきのぷにぷにの正体って……。


 俺は考えたくもないような仮定を敢えて立てると、その妙な角に手を伸ばしてみた。


 そして手の感触に伝わる、柔らか〜いぷにぷに感。

 ……この角、なんでこんなに良い子に優しい作りになってんの!? 下手なソフビ人形より子供に優しくないかコレ!?


「あ、どうかしら龍太君? その酸素タンク。お父様が『男の子はこういうのが大好き』って言ってたから、プレゼントだと思って付けてみたんだけど」


 ――これが酸素タンクかァァァッ!


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