第53話 部室はちゃんと許可を取って使いましょう

 結局、救芽井の部活創設は一旦見送りという形になった。


 やけにあわてふためいていた校長先生に別れを告げ、校長室を後にした俺達。

 その全員の表情が、げんなりしたものになっている、ということは言うまでもないだろう。


 程なくして、この展開に一番納得できなかったであろう、ミス唯我独尊を地で行く救芽井殿が声を荒げた。十分くらい携帯電話でなにか話してたみたいだけど、一体なにがあったし。


「信じられない! 名声以上にデメリットになるものがあるとでもいうの!?」

「ま、まぁまぁ……校長先生が言ってた通り、人数さえ集まればオーケーなんだしさ。カッカすることないじゃん」

「甘い! 甘すぎるわ龍太君! 私が夕べのお風呂上がりに十箱食べたチョコアイスより甘いわよ!」

「お前はカロリー計算が甘すぎるわ!」


 彼女の健康状態を案じるツッコミだったが、当の本人はまるで聞く耳を持たない。オイ、割とマジで心配になるからマジメに聞きなさいよ。


「私の栄養摂取量はどうでもいいの。問題なのは、このままだと着鎧甲冑の市場進出が、出遅れることになりかねないってことよ!」

「どういうこった?」


 俺の忠告をガン無視しつつ、救芽井は現状の危うさを身振り手振りで必死に訴えて来る。駄々をこねる子供のように、L字に曲げた腕を上下に揺らしていた。

 ついでに、おっぱいも。


「我が救芽井エレクトロニクスは、最新鋭の発明のおかげで世界的に有名になってはいるけれど、その目玉商品たる着鎧甲冑はコスト問題がまだ解消されてないの。だから日本進出といっても、すぐに支社を立てるには、スポンサーの確保とは別に、相応の価値を証明する必要があるのよ」

「そら、そうやなぁ。お金掛かるモン作るんやったら、ちゃんと使いモンになってくれんと困るやろうし」


 救芽井のやたらゴチャゴチャした説明に、矢村がうんうんと相槌をうつ。あれ? もしかして、あんまり付いていけてないのって俺だけ?


「その証明には、救芽井家の人間である私が直々に指揮を取る、『着鎧甲冑部』が最適なのよ。私達のような若者の手でも、たくさんの命を救えるという性能が証明されれば、どれだけコストが伴うものだとしても、政府は着鎧甲冑を認めざるを得なくなるのよ」

「それであんなに息巻いてたのか? しかし、校長先生からはイマイチな返事しか来なかったぞ……」

「案外、前に同じようなことしようとして、しくじった部活があったりしたんかもなぁ」


 救芽井の隣で、冗談めかして笑う矢村。だが、彼女のジョークからは結構なリアリティが感じられた。

 確かに校長先生のアレは、悪い方向に進む展開を懸念してるような雰囲気があった。既に見切られたフォームでボールを投げてるピッチャーにダメ出ししてる、野球監督に近いものがあったんだ。


 ……だけど、こんなヒーローみたいなマネする生徒がウチにいたのか?


 ――ん? ヒーロー……?


「ちょっと龍太君! いつまでポケッとしてるのよ! 早く来なさい!」


 頭の中につっかえた何かがある。そんな気がしたのだが、深く考える暇もなく救芽井に怒られてしまった。

 気がつけば、彼女と矢村の二人は既に廊下を歩き出していたのだ。俺は一旦考えるのをやめ、彼女らの後を追う。


 ◇


 しばらく救芽井の後ろを歩く俺と矢村だったが、両方とも彼女が何処に行くつもりなのかは把握していない。


「なぁ、龍太。救芽井ってどこに行きよんやろか?」

「俺が知るかよ……。そういやお前、なんかすごいニュースがあるとか、さっき歩きながら言ってなかったか?」

「あ! そうそう大ニュースあるんやで! なんでも一昨日から、十年前の総理大臣だった伊葉和雅いばかずまささんが来日しとるんやってさ! なんか救芽井の話を聞いたけん、一目見たくて来たんやって!」

「伊葉和雅、か。……にしても救芽井目当てって、えらくミーハーな総理大臣がいたもんだな。つーか、なんで十年前の元総理大臣なんだ? ――いやそれより、なんで俺達、部室棟まで来てるんだよ……?」


 最初に集まっていたウチのクラスの教室に戻るのかと思えば、ツカツカと素通りしてしまったのだ。

 今、俺達が歩いているのは、もといた校舎から少し離れた、いわゆる部室棟と呼ばれる場所なのである。


 どこへ行こうと言うのかね。……と、その旨を問い質してみると、彼女は背を向けたまま淡々と答えた。


「さっき校長先生から、部室の空きが一つあるって聞いてね。さっそくお邪魔させて頂くことにしたわ」

「おいおい、まだ認められてもないのに、勝手に使っちゃマズいだろ? 見つかったらどうすんの」

「見つかる前に条件を揃えておけば済む話よ。……ここね」


 恐ろしい程ごり押しを続ける救芽井は、使われていない空き部屋にしては、妙に綺麗に掃除されたドアの前に立つ。


 なんか変な匂いがするけど……なんだ? ……ワックス?

 いや、ワックス掛けなら終業式前に終わったはずだし……。


 そこに掛けられていた名札を見た俺と矢村は、思わずジト目になってしまった。


「『芸術研究部』……か。去年、矢村が殴り込んで壊滅させた部活だよな」

「『写真とか絵とか書いたり、研究したりする部活』って触れ込みやったけど、裏じゃ女子の着替え盗撮したり、それをネタに脅したりしよるような連中ばっかやったからな。思わず、ブッ潰してもうたんやったなぁ……」


 矢村が言う通り、ここにいた部員は芸術をカサに着て、性犯罪レベルのオイタを繰り返していたらしい。

 それをクラスメートの女子から相談された矢村がブチ切れて、殴り込みを働いて全員検挙。……というちょっとした事件が、去年の今頃に起きていたわけだ。


 ちなみに俺は最初、「危ないから」と矢村の殴り込みを止めようとしていたはずだった。

 ……はずだったんだが。


 「芸術研究部」の連中が、彼女の着替えまで盗撮しようとしていたことを聞いた途端、気がつけば矢村以上に俺が暴れていたらしい。

 なんで止めるつもりだった俺までが、そんなことになっちまったのかは今でもわからない。

 ついでに言うと、なんでそのことを彼女に喜ばれたのかもわからなかった。普通、訳もなしに暴走する男とか気味悪がるもんだと思うんだが。


 まぁ、そんなこんなで芸術研究部は解散することになり、寂れた部室だけが残されたわけだ。

 だけど、目の前にある元芸術研究部の部室は、入り口の周りがかなり綺麗にされている。ほっとかれた部室って、得てして埃まみれになるはずなんだけどな。


「ここが、いずれ私達『着鎧甲冑部』の部室になる場所よ。さぁ、入って」


 そんな俺の疑問をよそに、救芽井は率先してドアノブに手を掛けた。


 ――そして開かれる、真っ白な世界。


「……はあっ!?」

「えぇえっ!?」


 異世界にでも紛れ込んでしまったのだろうか。俺と矢村は、大口を開けて素っ頓狂な声を上げる。


 壁の色や本棚、テーブルに至るまで、全て純白に塗装された別世界が、この部屋一帯に広がっていたのだ。


 設備こそ普通だが、清潔感がまるで違う。埃など一寸も見つからないし、まるで学校の施設じゃないみたいだ。

 約七畳半の小さな部室には違いないが、明らかに他の部活で使われる部屋とは別次元の領域である。


「随分と放置されていた部室だったらしいし、劣化が酷いだろうと思ってね。我が社の配下に命じて、掃除だけは先に済まして貰ったの」

「……まさか、校長室を出てから電話してたのって、それか!?」

「ええ。狭い部屋だし、私達がここに着く前に片付くと思って」


 お、恐ろしい……! 金の力、マジパネェっす……!

 部屋の奥にある窓から校舎の外を見てみると、「救芽井」というイニシャルが付いた作業着を着た数十人の男達が、一斉にこちらをガン見していた。

 救芽井は、その威圧感にガタガタしている俺の隣に立つと、にこやかに手を振って見せる。


「ご苦労様! 部室、なかなか悪くないわね!」


「樋稟お嬢様ッ! 我等一同、あなた様のお役に立てたことを、生涯の誇りに思いますッ!」


 彼女のお礼に対して、遠くにいる男達の先頭に立っていた中年男性が声を張り上げた。三十代後半くらいのガチムチマッチョマンである。

 そのリーダーらしき男性に続いて、数十人の男達全員が「光栄でありますッ!」と怒号のようなお礼を口にした。結構な距離があるはずなのに、ビリビリとこちらまで声が響いて来る。


 ……彼らの近くには、何台かのトラックが駐車している。部室一つを完璧に整備するためだけに、あんな大人数を呼び出したって言うのかよ……。

 つーか、近所迷惑ってレベルじゃねーし。


 何より恐ろしいのは、彼らの作業が、俺達が校長室からここに来るまでの間に終えられていた、ということだろう。

 なんでも救芽井によれば、白ペンキで隈なく塗装した後に、火炎放射機を改造して作った巨大ドライヤーで急速に乾かし、その上にワックスをかけ、もう一度巨大ドライヤーで……という流れ作業を数分でやってのけたのだとか。


 救芽井があの部下達に連絡してから、俺達がここに来るまでの時間は十分もなかったはずだと言うのに。救芽井エレクトロニクスの影響力は、常識さえ打ち破ってしまうようだ。

 これだけ人を動かせる経済力があるのに、未だに支社一つ立てられていないのは、それだけ着鎧甲冑にお金が掛かるからなんだろうな。


 ……そんな値段を聞くのも億劫になるような代物に、二年近く前から手を出してたってのか、俺は。


「お、おっかなー……。金持ちって、ホンマに凄いなぁ……」

「……さ、さて、あのオッサン達も帰ったことだし、どっか座るとこないかなー……と?」


 ガチムチマッチョマン共が立ち去るのを青い顔して見送った後、俺と矢村はどこかに座って気を休めようと椅子を探す。


 ――その時、俺の目にあるものが留まった。


 テーブルの上に設置された、一台のコンピュータである。


 そこから幾つもの細いケーブルに繋げられた、金属製の腕輪。

 ……俺がよく知っている形状だ。二年前の戦いで、随分とお世話になったからな。


「『腕輪型着鎧装置メイルド・アルムバント』……?」


 そう、着鎧甲冑のスーツを粒子に分解し収納している、収納ケースの役割を持つ特殊ブレスレット。

 連絡用の通信機まで搭載し、必要とあらば一瞬にして着鎧甲冑を纏うことができるのだ。まさしく、ヒーローものにありがちな変身アイテムそのもの、と言ったところだろう。


 中三の頃は、確か全ての着鎧甲冑の基盤プロトタイプになっている「救済の先駆者ヒルフェマン」の行動を、コンピュータを介して管理・サポートしていたんだよな。じゃあ、ここにあるパソコンも……?


 ――既に救芽井は、ここで着鎧甲冑を運用するための準備を整えていたんだな。

 ここまで迅速かつ徹底的に、人命救助のために動いてたのかと思うと、ちょっと怖いくらいの意気込みを感じるよ。


 それにしても、この腕輪……こんな色使い、見たことがないな。


 救芽井によると、「腕輪型着鎧装置」のカラーリングは、そのまま着鎧後……つまり変身した後の体色に比例しているのだとか。


 「救済の先駆者」は緑、古我知さんが兵器として作っていた「呪詛の伝導者フルーフマン」は黒、そして現在量産されている「救済の龍勇者」は、救助用の「R型」も警察用の「G型」も、全て白色で統一されている。

 だが、今俺の目の前に置かれているブレスレットは、そのいずれにも該当しない色で塗装されていた。以前、矢村に着鎧甲冑のことを取り上げた雑誌を見せてもらったことがあるが、その時もこのカラーリングは存在していなかった。


 ――赤いんだ。


 今にも火が噴き出して来そうなくらいの、燃えるような真紅。

 それを見るだけで、この「腕輪型着鎧装置」に納められているであろう着鎧甲冑が、他のものとは明らかに異質なものなんだろうと考えさせられてしまう。

 気がついた時には、既に俺は正視しているだけで圧倒されてしまいそうな、その紅の腕輪に手を伸ばしていた。


 それを掴んだ片手に広がる、ズッシリとした鋼鉄ならではの重量感。その重みに、俺は思わず息を呑む。


 そんな俺を見た救芽井は、子供にご褒美をあげる母親のような、愛しげな微笑みを俺に向けた。


「あら、気になる? 今現在における、最高峰のポテンシャルを持った最新型着鎧甲冑、『救済の超機龍ドラッヘンファイヤー』なんだけど」


 ――この手に眠る着鎧甲冑の名を、彼女が自慢げに明かしたのは、その直後のことである。


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