第55話 出動プロセスは割と小難しい

 ひとまず着鎧を済ませた俺は、ノートパソコンを抱えた救芽井に、部室棟の裏庭まで連れ出されてしまった。なんでも他の生徒や教員達には、まだ知られたくはないらしい。

 幾つかの大きな木陰に包まれているこの場所は、避暑地としてなかなか重宝されている。部活の時間であれば、大勢の汗だくの野郎共でごった返しているような場所だ。


「さて! それじゃあさっそく、あなたの新しい力を知らしめに行かなくちゃね!」

「龍太が絡んだ途端にこのテンションやな……」

「あら? それはあなたも同じじゃない」


 彼女に続いて裏庭まで来た矢村は、妙なところを指摘された瞬間に、顔を赤くして黙り込んでしまう。この二人の恥じらうツボがイマイチ見えて来ないんだよなぁ……。


「なぁ、急に裏庭に呼び出してどうしようってんだ? 高校生にありがちな『告白』でもしようってのか」


 話が終わるまで静観していようとも考えたが……矢村ばかりが弄られてるように見えて可哀相だったんで、話題の流れが変わるような冗談を飛ばしてみることにした。

 すると、救芽井はボッと茹蛸のような顔色に一瞬で変化してしまう。矢村より赤いな……。

 表情はだらしなく蕩け、「そ、それもいいかな……」といった独り言が垂れ流しになっていた。――冗談だってのは伝わってんだよな?


「――じゃ、じゃなくて! さっき言った通り、『救済の超機龍』の性能を人々に知らしめに行くのよ! 人をガンガン助けて、知名度を上げるの!」

「……てことは要するに、この着鎧甲冑のデビューってことになるのか。じゃあ、なんで学校の中でコソコソする必要があったんだ?」

「住民より先に学校側に存在を知られたら、『救芽井エレクトロニクス』より『松霧高校』の名が先に上がっちゃうのよ。世界最高峰の着鎧甲冑を世に送った学校、としてね。その後に、この着鎧甲冑の存在をこちらから発表しても、そのニュースが出た後だとインパクトに欠けちゃうの」

「つまり……話題性を学校側に取られないため、サプライズのために、敢えて学校には何も話さないってことか」


 俺の答えに満足げな笑みを浮かべた救芽井は、力強く頷く。


「でも、あんなに着鎧甲冑部の創設を推した後なんだから、学校側にはすぐに嗅ぎ付けられると思うんだけどな。そうじゃなくても、お前は着鎧甲冑そのものの開発に絡んでるんだし」

「『開発に絡んでる』のは、あなたも同じでしょ? まぁ、嗅ぎ付けはするでしょうね。でも、こちらが認めない限り『確証』までは得られないから、向こうは迂闊な情報公開は出来ないのよ。その間に、創設の条件を揃えれば私達の勝ちってこと」

「勝ちって……勝負事なのか? これは」

「――当たり前じゃない! 私達の行くべき道を阻む障害とは、なにがあっても断固戦うべきなのよ!」


 救芽井は俺の発言に目を見開くと、鋭い顔つきになりながら拳をギリギリと握り締める。……どうやら、学校側の対応がよっぽどシャクに障ったらしいな……。


「――というわけで! これから龍太君には『パトロール』に出向いて貰うわ。将来の着鎧甲冑部創設の時に向けての、『PR』も兼ねて、ね。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。人助けも見回りも結構なコトなんだが、具体的に何をすりゃいいんだ? ろくな説明もなしに町中に放り込まれても――」

「私が通信でサポートするわ。こっちに来て」


 救芽井は片膝を着くと、抱えていたノートパソコンを開いた。俺は訝しみつつ、同じ表情だった矢村と顔を見合わせると、その画面を覗き込んだ。


 ――真っ黒な背景に、緑のラインが幾つも交差している。どうやら、この町のマップになっているらしい。

 この学校を中心にした地図が、画面いっぱいに広がっていた。


 その中における、道路や家の中に当たる場所では、小さな青い点がゆっくりと動き回っていた。なんだ……こりゃあ?


「救芽井。これって――」

「見ての通り、松霧町全体を表した電子マップよ。ちょろちょろ動いてる青い点は、生命体に反応している部分なの。大体は人間の位置を表していると思っていいわ」

「人間の位置? 人がどこをほっつき歩いてるのかが丸わかりってことなのか?」

「そうよ。ノートパソコンだと処理落ちがままあるから、部室のパソコンでやった方が効率がいいんだけどね。今回だけは、あなたに説明するための『特別措置』」


 人差し指を俺の唇(に当たるマスクの部分)に当てると、救芽井は妖艶さを匂わせる笑みを見せてきた。「特別」っていう点をやたらと強調してた気がするけど……。


「はいはい! それがどうしたって言うんやっ!?」


 それの何かが気に食わなかったのか、矢村は怒気を孕んだ声を上げて、俺と救芽井の間で手を振って遮ろうとする。


「ムッ……まぁいいわ。この青い点は、ある条件に達すると――ハッ!」


 一瞬だけしかめっ面になった救芽井だが、次の瞬間には何かを見つけたような驚き顔に変わっていた。相変わらず、表情のバリエーションが凄まじいな……。

 彼女は何かに気づいたらしく、急に険しい顔になったかと思えば、カタカタと超高速でキーボードを叩きはじめた。その凄みに、俺と矢村は思わず息を呑む。


「来たわね……龍太君! 『救済の超機龍』の初陣よ!」

「ど、どうしたんだ!?」

「説明は移動しながらで教えてあげる。龍太君、松霧駅前の交差点に急行してッ!」


 キーボードを叩く作業が終わったかと思えば、救芽井はいきなり切羽詰まったような声を上げた。俺は彼女が口にした地点を耳にした直後、ノートパソコンの画面を注視する。


 ――松霧駅前の、交差点。


 そこに相当するものと思しき場所の辺りには、赤く点滅する光がうごめいていた。

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