第三章 デートという名のパトロール

第15話 厄介事にお一人様追加

 万事休すってところを救ってくれたのは、「救済の先駆者」に着鎧した救芽井だった。


 彼女は自宅のコンピュータで「解放の先導者」の出現を感知して、真っ先に駆け付けてくれたのだそうだ。矢村を狙おうとしていた他の連中も、ちゃちゃっと片付けてしまったらしい。さすが松霧町のスーパーヒロイン……。


 爆発寸前、古我知さんが『敵は「開放の先導者」だけじゃないんだよ』なんてブツブツ言ってたが、まぁ俺には意味わかんないし、今はどうだっていいだろう。

 その後、勝手に自爆して痕跡を消してしまった「解放の先導者」の末路を見届けて、俺達は一旦帰路についた。


 そして、あまりにもハードで緊迫感溢れる夜を過ごしたせいか、俺は自宅に帰った途端に死んだように爆睡してしまった。

 一方、救芽井は俺に「これに懲りたら、明日からちゃんと訓練すること!」とお説教した後、ササッと自分ちに引き上げてしまった。ゴロマルさんいわく、「好きな魔法少女アニメを見てる最中だった」らしい。


 ◇


 そんなこんなで一夜が明け、十二月二十四日――クリスマスイブがやってきた。


 俺は何事もなかったかのように(実際何事もなかったらしいが)就活に出掛けた兄貴を見送ると、玄関を出て朝日を浴びる。


「んーっ……今日はクリスマスイブかぁ。ま、俺には関係ないけどね」


 ――あぁそうだとも。クリスマスなんて俺には関係ない。意味不明なトラブルにぶち込まれた挙げ句、女の子にド変態扱いの俺には、クリスマスなんざ関係ねーんだよッ!

 あーもう、やめやめ! クリスマスのことなんて、もう考えねーぞ! クリスマスなんて存在しないんだ! 存在を認めたら負けなんだッ!


「……やれやれ。ただでさえ彼女もいないってぇのによ。今年は人生最凶のクリスマスになりそうだ」


「それは悪かったわね。変態君」


 ――おや。お隣りさんからのきっついお咎めだ……。

 いつの間にか俺と同じように、玄関から外に出ていた救芽井が、冷ややかな視線を送って来る。うわぁ、下手したら何かに目覚めちまいそう……。ま、緑のコート姿が可愛いからいいや。


「おう。夕べは助かったぜ、ありがとな」

「べ、別にあなたのためじゃないわよ。あの矢村って娘がピンチだったみたいだから、『ついで』で助けてあげただけよ。『ついで』で!」


 彼女は俺の言葉に頬を染めながら、ぷくーっと頬を膨らませる。照れ臭いのかな?

 ……にしても、「ついで」をそこまで強調しなくたっていいじゃない。「大事なことなので二回言いました」ってか?


「それにしたって、お前が助けてくれなかったら俺も矢村もおしまいだったさ。礼ぐらいは素直に言わせてくれよ」


 ちょっと苦笑い気味に、俺は感謝の念を伝える。照れさせちゃうんだろうけど、やっぱりお礼はちゃんと言わなきゃ俺の気が済まない。


「――ッ! だ、だからいいってば! そんなの……」


 彼女はますます顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。


 ……ん? 待てよ。俺、なんか忘れてるような……。

 えーと、夕べのことで確か矢村に――


 ――あ。


「龍太ぁぁぁぁ〜〜ッ!」


 噂をすればなんとやら。……いや、噂はしてないけど。


 ……そう、俺が忘れていたこと。それは、矢村に無事だという連絡をしておくことだった。

 夕べはあのドタバタでくたびれたせいで、それをしておく暇もなく眠ってしまったわけで。おかげで風呂にも入れてない……。


 あんなことがあったのに、連絡の一つも入れずに放置していた結果がこれだよ! 俺は涙を目に溜めた矢村の突進を受け、後頭部からアスファルトにダーイブ! ごふぁ!


「龍太、龍太! 怪我しとらん!? どっか痛ない!? 大丈夫なん!? 警察に電話しちゃいかんとか言い出すし、連絡も寄越さんし、ホント何かあったらどうしようって……!」

「いや……あの……矢村さん。今しがた死にそうでございまする……」

 アスファルトが雪に覆われていなければ……即死だったッ……!

「た、大変やぁぁーッ! 救急車、救急車! 110番やーッ!」

「それ警察……ぐふっ」


 俺の上に馬乗りになったまま、パジャマの上にジャンパーを羽織った格好の矢村が、一人でパニクっている。そんなナリでここまで来る辺り、よっぽど心配してくれてたみたいだな。ぐすっ、いい奴だホントに……。


「ちょっと、矢村さん! これから変態君には大事な訓練があるんだから、迂闊に怪我させるような真似しないで!」

「……! 出たな! 訓練だか何だか知らんけど、龍太は受験生なんよ! 勉強が大事に決まっとるやろ!」


 気がつけば、俺に「訓練」をさせようとする救芽井と、「勉強」をさせようとする矢村の対立構図が出来上がっている。どっちに転んでもしんどいのは一緒なんですけど……。


「だいたい、夕べのアレはなんなん!? 龍太、説明せんかい!」

「いや、それはその……」

「あなたには関係のないことよ! さぁ変態君、家に来なさい! 昨日の分までみっちりしごいてあげるから!」


 救芽井は問答無用といわんばかりに、矢村への返答に困っていた俺の腕をむんずと掴み上げ、強制連行しようとする。


「――関係ないことないやろ! ようわからんけど、龍太が危険な目に遭っとるんやとしたら、アタシにも関係あるッ!」


 ……その時、矢村は無理にでも我を通そうとする救芽井に釘を刺すように、声を張り上げた。俺はもちろん、救芽井も少なからずたじろいでいる。


「な、なによ……!」

「確かにアタシは、何の事情も知らんけど――やけど、龍太があんなに必死になっとるの、初めて見たし……見てて、辛そうやったし……放っとけんのやもんッ……!」


 ウルウルと涙目になりながら、彼女は必死に食い下がろうとしている。俺のことを心配して――くれてるのか?


「……救芽井。矢村が無関係じゃないってのは、本当だ。夕べの一件で、彼女が古我知さんの狙いに入れられたのは間違いないと思うから」


 そんな矢村が見ていられなかったからか、俺は気がつくと彼女を擁護していた。――そう、俺が一緒にいたせいで、矢村までもが「技術の解放を望む者達」にマークされちまったわけだ。本当に、面目ない……。


「……わかったわよ! こうなったら、二人まとめて面倒見るわ! その代わり、今日は訓練を重視するからね――って」


「龍太! 何があっても、あんたはアタシが守ってやるけんな!」

「ちょ、そんなにくっつくな! 昨日風呂入ってないし、汚いぞ!」

「そ、そうなんや……龍太の臭い……」


「……私の話、ちゃんと聞きなさぁぁぁいッ!」


 そして、しぶしぶ折れた(?)救芽井の怒号が、住宅街にビリビリと響き渡った。

 近所迷惑のオンパレードでござる……。

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