第14話 やっぱり彼女はスーパーヒロインでした

「な、なななな、なんやコイツッ!?」


 悲鳴と共に、矢村がベンチから飛び跳ねる。いやね……ホント、どうしましょう。


 ・逃げる

 ・戦う

 ・110番

 ・救芽井に連絡


 普通に考えれば、選択肢はこの四つだろうが……まず、110番はナシだ。そんなことしたら、向こうもろともこっちもバッドエンドだ。

 なら、戦う? いやいや、「救済の先駆者」になっても、たった一体に勝てなかった俺に、如何様な戦力を期待しろと?

 んじゃ、救芽井に連絡? ……これが一番理想かも知れないけど、そんなことする暇をあっちが与えてくれるかどうか。ケータイ出す途中にブスリとかシャレにならないんですけど。


 ――というわけで、逃げるが勝ち!


 俺はガバッとベンチから立ち上がり、ダッシュ!


 ……するというところで、踏み止まる。


 ちょっと待て。矢村はどうなるんだ?


 もしここで、俺が一人で逃げ出したとして……矢村が捕まったら、残された彼女はどうなるんだよ? 救芽井が言ってたように、捕まって記憶を消されるのか?

 ――マズい、マズいだろ、それはッ! 俺はどうせ記憶を消されたって、元がバカだからダメージは浅いかも知れないよ!?

 だけど、矢村は違う。この娘は俺なんかより、きっと凄く勉強頑張ってたんだ。だから、成績がいい。

 そんな彼女の記憶なんか消されたら、本人の今までの努力はどうなる!? 勉強は教えてもらえなくなるかも知れないし!


 それを考えちまった以上、俺は矢村を置いて逃げることはできない……! 俺にとっても彼女にとっても、マイナスにしかならないぞ、コレは!

 「解放の先導者」は大した動きは見せず、ベンチの前で立ち尽くしている俺達二人をガン見するばかり。ウィーンウィーンって音を立てつつ、様子を伺うように首を捻っている。

 今はまだ何もしてこない感じだけど、それがずっと続くはずがない。多分、俺達が動き出した途端に襲って来るつもりだろう。

 何の事情も知らない矢村は、突如現れた得体の知れない輩に怯えているのか、俺に身を寄せて腕を抱きしめた。くぅっ、こんな時に彼女にもうちょっと胸があれば、柔らかさのお陰で少しは緊張がほぐれたかも知れなかったのに! 今はそれすら許されないとはッ……!


 あー、まぁ、それどころじゃないのはわかってんだけどね。これくらい余裕こいてないと、冷静に頭回んないと思うし。

 それに、「急がば回れ」って言うじゃん。こんな時こそ、減らず口が言えるくらいの度量がないとね。俺はただのKYなだけですけど。


「りゅ、龍太? なんなんかな、こいつ。なんか、普通の人やないって感じするんやけど……」

「ああ、まぁ確かにな」


 普通じゃないっつーか、そもそも人じゃないっつーか……。ま、人みたいに動くロボットだ! とはなかなか思わないだろうし、そういう見方が妥当だよな。

 矢村は俺を庇うように前に出ようとしているが、全身が小動物みたく震えている。腕も掴んだままだし、相当ビビってるのがわかる。

 けど、目の前にいる奴がどういう輩なのかも知らないんだし、不安がるのは仕方ないよな……。


 俺は「解放の先導者」から矢村を隠すように、ズイッと進み出た。


「龍太!?」

「えーと、なんていうか……。こういう時くらい、カッコつけさせてくんないかなーってさ」


 我ながら歯が浮くような台詞だけど、「俺の方がコイツに詳しいから」みたいなことをバカ正直に話したら、間違いなく後で追及されちまう。ここは、キザに振る舞ってごまかすしかない!

 ドン引きされるかな、と恐る恐る表情を伺ってみるが……顔を伏せられてしまい、敢え無く断念。なんか頭から湯気が噴き出してるような気がしたけど、幻覚だよな?


 さて、矢村の様子は一先ず置いといて……これからどうするべきか。

 やっぱり矢村を逃がすことが第一になるんだろうけど、それについては気掛かりがある。


 それは、俺達の前にいる「解放の先導者」の狙い。

 奴が狙ってるのが「この件の真相を知る関係者」なのか、「この件の目撃者」なのか。それが問題だ。


 前者なら、狙いは間違いなく俺一人。「呪詛の伝導者」を「古我知さん」と呼んでしまった以上、俺が「技術の解放を望む者達」のことを知っていることは、向こうにも筒抜けなはずだから。逆に、何も知らない矢村はただの目撃者。「ちょっと姿を見られて、不審に思われたくらい」で片付けて、ほったらかしで済まされる可能性もある。

 後者なら、矢村も狙われることになる。あっちが、姿を見た者は一人残らず(記憶を)消す! というスタンスなら、彼女も俺と同じ危険に晒されてしまう。俺が彼女にチクってると向こうが思ってるなら、まずこっちの判断が妥当だろう。


 矢村のためにどうするべきかは、この二つのどっちが正しいかに掛かってる。

 前者なら、俺が一人で逃げ出すべきだ。「解放の先導者」を引き付けて、彼女をこの件から隔離できるんだから。

 だが、後者なら二人で一緒に逃げるしかない。そうしないと、さっき俺がやらかしそうになった時みたいに、彼女を見捨てることになる。


 そこのところを具体的に判別したいところなんだが……うーん、どうしたもんかね。

 真正直にこの旨を伝えて、ちゃんと答えてくれるとも思えないし。つーか、口利けるの? こいつら。


「おいコラ! 誰だか知らんが、見世物じゃないんですよ! どっか行ってくんない!?」


 ちょっと気になったので、試しに声を掛けてみる。もちろん矢村の前なので、何も知らないフリをして。


 すると――


『君がどこかへ行った方がいいんじゃないかな? 一煉寺――龍太君』


 ――ご丁寧に、返して来やがった。


 しかも、この声……!


「……古我知さん」


 俺は矢村に聞かれないよう、そっと呟く。そう、これは間違いなく、古我知剣一の声だ。


『君のことは、お兄さんからよく聞かせてもらったよ。よく出来た弟さんらしいね』


 「解放の先導者」の頭部から、スピーカーのように発せられる彼の声。その内容に、俺は思わず眉をひそめた。


「兄貴を、どうした?」


 今、俺は自分でもわかるくらい、険しい顔をしている。

 ……もし兄貴に何かあったら、もう手段は選べない。俺が、プッツンしちゃうからだ。


『どうもしちゃいないさ。少しお話してから、帰路についたところだよ。この「解放の先導者」は、僕の端末から遠隔操作している特殊なものでね。君の様子を伺わせてもらっていた』

「のぞき見とは、いい趣味とは言えませんな」

『君に言わせれば「悪の親玉」だろうからね。そういう評価は見え透いてるよ』

「……ちっ」


 俺は舌打ちしつつ、横目で矢村の様子を見遣る。彼女は困惑した表情で、喋る「解放の先導者」と俺を交互に見ていた。

 ――どうやら、俺と向こうの関係を隠すことは難しくなってきたみたいだ。漫画とかなら、こういう秘密はだいたい最後辺りまで隠し通せるもんなんだけどなぁ……やれやれ。


『本当は君が一人になってから、ご挨拶に向かうつもりだったんだけどねぇ。彼女とのイチャラブタイムがなかなか終わらないので、つい魔が差しちゃってね』

「差しすぎだ! あと別にイチャラブとかじゃないからな!?」


 くそぅ、古我知さんが俺達を見送ってたのは、一人になった俺を狙うためだったのか! ていうか、背後から悪寒がするのはなぜだ!?


「なんで、なんでイチャラブやないねん……」


 後ろから呪いの声がするけど、幻聴だよね? 聞き間違いだよね? 頼むから話をややこしくしないでくれぇぇぇッ!


 ――いや、待てよ! いま、いいことを聞いた気がする。

 「俺が一人になるのを待っていた」……これはつまり、狙いは俺だけってことになるんじゃないか? 矢村も狙うとしたら、俺が彼女と別れるタイミングまで待つ意味なんてないんだから。

 それに、古我知さんが最初に言ってたじゃないか。「君がどこかへ行った方がいいんじゃないかな」ってさ。そう、「君達」じゃなく「君」と。

 ……ってことは、矢村は向こうの眼中にはないって話になるよな。あくまで狙われてんのは、俺だけなんだから。

 よかった……それなら、矢村を巻き込むリスクは避けられそうだ!


 でも――「そう思わせることが罠」って可能性も無くはないよな。考え出したらキリがなさそうだけど……相手は俺より賢い奴なんだし。

 ……よーし、だったら「どっちでも大丈夫」なやり方で行くしかない!



「矢村ッ! ここからすぐに逃げろ! 全力ダッシュで家まで帰れ!」

「え――えええッ!?」


 俺は両手を広げて矢村を庇い、避難するよう促す。もちろん、当の彼女は驚きの声を上げた。


 ――そう、逆に考えるんだ。俺じゃなく、彼女が逃げればいい。

 もし矢村も狙いのうちに入っているのだとしたら、「解放の先導者」は彼女を追おうとするだろう。その時は、俺が体を張ってでも奴を止めればいいんだ。

 それに、向こうの意図が本人の言う通りなんだとしたら、この時点で矢村を巻き込む可能性については即解決なはずだ。どっちに転んでも、彼女を危険に晒すリスクは削れる!


「ど、どういうことなん!? わけわからんのやけど! あいつ、龍太とどんな関係なん!?」

「今はそんなことどうでもいいだろ。いいから、早く帰るんだ! ご両親心配してるぞ?」

「お父ちゃんもお母ちゃんも、今は旅行に行っとるし!」

「え、マジで? あーもう、いいから早く帰りなさい! ご飯冷めちゃうよ?」

「一人暮らしなんやから自分で作るし!」

「あーご両親いないんだったらそうだよねー、あははー! ……はぁ」


 ……って、おいィ! なんでここまで帰りたがらないんだよー!? 意味不明な状況が怖くて、一刻も早く逃げ帰りたいってのが普通じゃないのかよ!?


「ねぇ、なんで龍太は逃げんの? 事情はようわからんけど、なんかヤバそうやん。一緒に、逃げよ?」


 上目遣いで「一緒に逃げるべき」と迫る彼女に、俺はますます困ってしまった。あのなぁ、狙いが俺一人なのに「一緒に」逃げたりなんかしたら、巻き込まれる展開しかないでしょーが!

 捕まっても命までは取られないから……とは言いにくいしなぁ。「なんでそんなことわかるん?」とか聞かれたらアウトだし。


「だーめーだ! 一人で逃げなさい!」


 だから彼女の身の安全のためにも、ここは鬼にならねばなるまい。俺は「一人で逃げるべき」の一点張りを通すことにする。

 確かに、こんな夜道に女の子を一人で帰らすのは忍びない。だが、この町に「技術の解放を望む者達」以上の脅威があるとも思えないだろう。よって、俺の判断が正しい! 以上!


「いーやーや! 龍太が残るんやったらアタシも残る! あんたを一人になんかできんもん!」


 そんな俺の強引な判決をものともせず、彼女はごり押しでこの場に残ろうとする。あーもー! いいから帰れよ! お前がここにいたら作戦が進まねーんだよ!


『君達、逃げる気がないなら……僕の都合で話を進ませてもらうけど、いいかな?』


 ――あ、やべ。


 どうやら、古我知さんは矢村が納得するまで待ってくれる程、お人よしでもなかったらしい。悪の親玉に良心を期待するのも変な話だが。

 彼が操っているのであろう「解放の先導者」は、あのヤバ気な爪を出してきた。ちょっと待て、殺す気満々!?

『大人しくしてくれれば、怪我はしないさ。次に意識が戻った時には、悪い夢も醒めている』

 なんか気味の悪いことを口にしながら、ジリジリ近寄ってきたし……やっべーな、これは。


「矢村。マジな話だ。ここから離れろ」

「でっ、でも……!」

「マジな話なんだって、言ってるだろ! お前のためなんだ!」


 なおも食い下がる矢村だったが、これ以上付き合ってたら彼女も本格的に危ない。ちょっと厳しいかも知れないが、これくらい言わないと、俺は彼女を守れる自信がない……。


 そう、今はふざけてる場合なんかじゃなかったんだ。

 これは、命懸け・・・なんだ。本物の。


 矢村は泣きそうな顔で、ゆっくりと俺の手を離した。彼女の温もりが去った腕に、ひんやりとした風が吹き抜ける。


「龍太、アタシのこと……嫌いになったん?」


 縋るように、こちらを見上げる彼女。その小さな頭を、俺はそっと撫でてやる。


「嫌いな娘のために、逃げろなんて言うわけないだろ。バカなこと言うな」


 さすがに、こればっかりはマジだ。

 異性がどうのこうのを無視しても、俺は矢村が大事だと思ってる。いじめられてた上、顔も頭も運動神経も悪い俺に、いつだって味方でいてくれた友達なんだから。


「……うん。わかった。わがまま言うて、ごめん」

「あぁ。俺も言い過ぎたかも知れん」

「ええよ。――やけど、約束してな。絶対、明日も会うって」

「わかったわかった。商店街で、そういう話してたもんな」

「約束やからね! ――じゃあ、龍太。お休みなさい……」


 やれやれ、ようやく納得してくれたみたいだ。彼女は心配そうな顔をしながらも、俺に背を向けて走り出していく。


「あ、そうだ。おぉーい! 今日のこと、警察に言ったらダメだぞー! それも約束だからなーッ!?」


 闇夜に消えかけていく彼女の背中に、俺は思い出したように叫ぶ。向こうは戸惑ったように一瞬立ち止まったが、すぐに了解の意を示すように親指を立てて、今度こそ視界から立ち去った。

 あ、あぶねー……。危うく、全てを水の泡にするところだった。事情を知らない彼女からすれば、まず警察に連絡するのが筋だったろうしな。


『いい心掛けですね。彼女を少しでも巻き込むまいと……感動的ですね』


 だが無意味だ。――とか続けそうな声色だな、オイ。

 ……でも、「解放の先導者」の様子を見る限り、矢村を追う気配はない。俺の心配事は杞憂に終わったわけだ。


「さぁ、狙いは俺だけなんだろ? さっさと捕まえてみたらどうなんだ!」


 俺はサッと身構え、逃げ出すための隙を伺う。――その時、古我知さんはとんでもないことを口にした。


『おや? 何を勘違いしてるのかな? 狙いは君一人ではないんだよ』


「……なにッ!?」


 古我知さんの台詞に、俺の背筋は一瞬にして凍りついた。

 ――待て、どういうことだ!? 彼は矢村を追ってないのに……って、まさか!?


『おやおや、今稼動している「解放の先導者」が、僕の操るこの一体だけだとでも思ってたのかい? 君も夕べに見たことがあるだろうけど……本領の自律機動型は、複数で動けるんだよ』

「マ……マジかよッ……!」

『確かに、僕からは逃れられたよ。だけど、夜道を一人で歩く彼女が、自律機動型から逃げ切れるのかな?』


 ――ち、ちくしょうッ! 完全に誤算だった……!

 考えてみれば、確かに「解放の先導者」ってのは自動で動き回るモノだった。今俺の前にいるような、人が動かすタイプが特殊ってだけで、別にそれ以外のタイプが動けないわけじゃない……! 余りにもイレギュラーなコイツに惑わされて、完全に見落としていた!

 ってことは、今頃矢村は自動型の連中に――くそォッ!


『おっと、どこに行こうと言うんだい? 』


 矢村のもとに向かおうとする俺を、「解放の先導者」が阻む。ちょっ……なんでこんなに速いんだ!? 救芽井ん家の地下訓練室で戦った時は、こんなスピードじゃ――


「ごっ……!?」


 ――などと考える暇もなく、俺は膝蹴りを決められて吹っ飛ばされていた。

 腹筋なんて何のガードにもならない。息が詰まり、呼吸が苦しくなり、目眩がする。一瞬にして、俺は全く身動きが取れなくなってしまった。


『人が動かすと、スペックが同じでもずいぶんと違うんですよ。まぁ、仮にこの場にいたのが自律機動型だったとしても、龍太君が逃げ切れたとは思えませんが』


 うずくまって動けずにいる俺に、「解放の先導者」の機銃が突き付けられる。……あぁ、そうかよ。それがある以上、逃げられないってわけかい。


「く……そっ……!」

『君は本当によく頑張ったよ。ここまで食い下がれるなんて、本当に大したものだ。僕と関わったことなんて忘れて、その知恵を活かした将来を掴むといい』


 そんな勝手なことを抜かしながら、古我知さんの操縦する「解放の先導者」は俺を連れ去ろうとする。身じろぎもできない俺をひょいと抱え上げる様は、昨日救芽井がさらわれかけた場面を連想させた。


 ――ちくしょう! 矢村を守りたくって、なけなしの脳みそ回転させたってのに、なんてザマだ!

 こんな時、こんな時こそ、あの娘が……!


「私が、付いている限り」


 そんな俺の願望が、もしかしたら――


「そんな結末は有り得ませんよ。剣一さん」


 彼女を――「救済の先駆者」を、救芽井樋稟を、呼んだのかも知れない。


 気がつけば、俺の眼前には「解放の先導者」……と思しき残骸が、無残な姿で転がっていた。


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