第16話 午前は訓練、午後は勉強。……休みは?

 さて、朝っぱらから救芽井家の地下で戦闘訓練に引っ張り出された俺ですが。


「なにやってるの! 次、右が来るわよ! 左からも蹴りが来るからね!」

「ちょちょ、そんな一遍に……! あふん!」


 ……絶賛フルボッコです。

 つーか、「解放の先導者」って無人ロボットの癖して多機能過ぎんだろ。体中に武器仕込んでる上に、格闘までこなしおる。

 距離を取れば機銃で蜂の巣。間合いを詰めたら爪を出して殴り掛かって来る。これはね、うん、無理ゲーって言うもんなんだよ。


 「解放の先導者」の自律行動を管理しているという機械がある、ガラス張りの部屋からは救芽井の怒号が引っ切りなしに響いて来る。三十メートル四方の薄暗いアリーナにいる俺達を、安全地帯からガン見していらっしゃるわけだ。


 そんな彼女の隣では、黄色いトレンチコートに着替えてきた矢村が、非常識極まりない光景に目を回していた。


「まぁ、あれが当然の反応だよな――って、おわぁッ!?」


 よそ見してたら「解放の先導者」の爪が飛んできた! 怖ッ!


「ぐぁうっ!」


 爪を屈んでかわしたと思ったら、今度は顔面をサッカーボールのごとく蹴り飛ばされてしまう。もりさ――いちれんじくんふっとばされた!


 そのまま床にたたき付けられ、ゴロゴロと転がる俺の体。タイガーショットを決められた気分だぜ……。


「いってて……」

「――! いけない! 早く距離を詰めなさい!」

「な、なにィ!?」


 救芽井の指示に、俯せていた俺は慌てて跳ね起きる。


 すると――まぁ大変。体中から生えてるガトリングの筒が、全部俺に狙いをつけているじゃありませんか。

 すごく……多いです。アーッ!


 ◇


 ……あれから、どうしたんだろう。

 気がつけば俺は横向けに倒れていて、辺りには埃が舞っている。「解放の先導者」は既に機能が止まっていて、動き出す気配はない。

 それでいて、俺は着鎧が解かれている……ってことは、負けちまったんだな……俺。


 少しだけ首を持ち上げて、観戦していた救芽井と矢村の方に目を向ける。二人共、心配そうな顔で俺をみていた。

 ああ、やっぱり後で負けたこと、怒られるんだろうなぁ……。それだったら、せめてもう少し気絶した振りして休憩を――


「ヤムチャさーん!」

「誰がヤムチャだ! ――あ」


 し、しまった! 矢村の予想外のボケに思わずノリツッコミを……!


「ふぅん、まだそんな元気が残ってたのね。じゃあ、第二ラウンド行くわよ。早く着鎧しなさい」


 次いで、救芽井の非情な宣告……! や、やばい! すでに「解放の先導者」動き出してるしぃぃッ!


「さぁ、実戦には休みなんてないのよ! 第二ラウンド開始ッ!」

「――ぷぎゃああああああッ!」


 ◇


 結局、午前の間だけで五回戦まで訓練は続き、俺は一勝も出来ずに終わってしまった……。せいぜい避けるのがやっとで、攻撃を仕掛けられる所までには至らなかったわけだ。


 そんな数時間ぶっ続けの訓練で、心身共にボロ雑巾と成り果てた俺は、今度はどういうわけか、白くて丸い形の棺桶みたいな機械に放り込まれていた。


「棺桶じゃないわ。救芽井家が開発した、最新鋭のメディックシステムよ」


 俺の感想を見抜いた救芽井が、口を尖らせる。もうこいつ、エスパーって認識でいいんじゃないかな。

 しかし、地下室にはこんなものまであったのか……。妙な機械があったもんだ。

 この機械、傷や疲労もすぐに取り去ってしまうスグレモノらしい。五分くらい入っていただけで、擦り傷も疲れも消え失せてしまっていた。


「いつ『技術の解放を望む者達』との戦いで、樋稟が酷い傷を負うともわからんからの。備えあれば憂いなし、ということじゃ。電力消費量が洒落にならんのが難点じゃがの」

「洒落にならないって、どのくらい?」

「今使用した分は、海外の研究所からの送電じゃが……五十万ドル相当の電気代が飛んだのう」

「サ……サーセン……」


 何気にしれっとゴロマルさんまで地下室に来てるし……。おいどうすんだよ。いきなりミニマムサイズのじーさんが出て来て、矢村が固まってんぞ。


「あ、えーと」

「フムフム、龍太君の奥さんの賀織ちゃんで間違いなかったかの? わしは樋稟の祖父、救芽井稟吾郎丸じゃ。旦那様には、随分とお世話になってのぅ」

「ゴロマルさァァァんッ!?」


 なに捏造してんだじーさんコラボケッ! 救芽井も顔真っ赤にして何か不服そうな顔してるし! これ以上ややこしい状況作ってんじゃぬぇー!


「――い、いえ! こちらこそ、いつも夫がお世話になっとって……」


 お前も乗らなくていいから矢村ァァァッ!


「そ、そうや! アタシらまだ入籍しとらんかったし! 早く婚姻届出さなな〜!」


 いつまで引っ張んの!? ねぇ、このネタいつまで引っ張んの!?


「あなた達、いつまでふざけてるのよ!」


 おお! やっと救芽井がその名の通り、救いの手を――


「疲労回復したんだから、すぐに訓練再開するわよ! 今日は寝かさないんだから!」


 ――救いじゃねェェェッ! 完全に名前負けしてるよ救芽井さん! 俺を救うどころかとどめ刺しに行ってるよ!


「なにを言っとんや! 龍太は午前中ずっと訓練ばかりでクタクタなんやけん、午後は勉強に決まっとるやろ!」

「そのクタクタはたった今解決したでしょう!? あなたこそ無茶を言わないで! 今の状況は、訓練で地下室に行く途中で説明したでしょ!? 今は受験勉強なんかに時間を割いてるヒマはないの! あなたも変態君も、そんな場合じゃないっていうのがわからないの!?」

「確かにそうかもしれん! そうかもしれんけど――やからって、こんなん龍太が可哀相や! それに……こんなんばっかりになってしまったら、アタシらがアタシらじゃなくなっていくみたいで、怖いんや……」


 ……おお、なんか対立が深刻になってないか? なまじ両方とも正論だから、なんとも言いづらい。

 ――二人共、今後のことについて真剣に考えてくれてんだよな。ありがたいけど、俺にはもったいない気遣いだ。


「樋稟や。今日のところは賀織ちゃんの言い分を聞いてやればどうじゃ」

「お、おじいちゃん!?」


 そこへ口を挟んできたのは、なんとゴロマルさん。どうやら、矢村の気持ちを汲んであげてるみたいだ。


「メディックシステムは怪我や体の疲れは取り除けても、精神的な疲弊までは治療できん。メンタルヘルスの面で見ても、休息は立派な訓練の一つなんじゃよ」

「で、でもっ……」

「それに、今朝の訓練で彼は随分と腕を上げておったではないか。たった二日の訓練で、『解放の先導者』の猛攻をかわせるようになったんじゃから。お前がそれくらいのレベルまでこぎつけるには、一週間は要しただろう?」

「〜〜ッ!」


 ゴロマルさんの追及に、救芽井はぐぅの音も出ない、という表情になる。まぁ、男と女じゃ運動能力の差異ってのはあるのかもな。それでも今の時点じゃブッチギリで俺の完敗なんだけどね。


「どうじゃ? お姫様になりたいんじゃったら――もっと器量を持たなくてはのぅ?」

「も、もぉぉぉッ! わかったわよ! 今日はおじいちゃんに免じて、好きにさせてあげる! だけど、明日のしごきは今朝みたいに優しくしてあげないんだからねッ!」

「ホ、ホントなんっ!? やったぁぁぁ! ありがとぉ救芽井ッ! やった、やったで龍太っ!」

「か、勘違いしちゃダメよ! あくまで『休息』として、なんだからね! 調子に乗ってデートとかに連れ出したら承知しないわよ!」

「それでもええ! なんでもええ! 龍太のために時間取れるんやったら、なんでもええよ! きゃはーッ!」


 ようやく折れた救芽井の返答に、矢村は両手をブンブン振りながら大歓喜。俺の背中をバシバシ叩きながら、地上まで飛び出して行きそうな程のハイテンションになっている。

 俺の受験勉強の時間を確保できたってだけで、我が事のようにここまで喜ぶなんて……ちょっとビックリだ。


 ――こりゃあ、もっと勉強頑張らないと矢村に申し訳が立たないなぁ〜……。嬉しいやら、悲しいやら。


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