第2話 WEBはBLだ!
「君のコーディングは未熟だ」
さらりと髪をなびかせながら俺にダメ出しをするのは、俺の指導員である黒髪美人の衣笠沙織さん。
入社してから一週間。
帰りはいつも終電ギリギリで、肉体的にも精神的にも疲労が見えつつある。
自席をもらい、私物を置いてもいいと言われたデスクの上も充実してきた。
俺の隣のデスクには指導員である沙織さん。俺の背後のデスクには武藤さん。その隣はエミリーさんがいる。
少しずつ暖かい季節に近づきつつあり、薄手の格好でも過ごしやすくなっているが、沙織さんは未だに厚手のニットを着ていた。
朱色のニットに黒いロングスカート。豊かであろう胸が自ら主張するように山を生み出している。その山に垂れかかる煌びやかな黒髪がまた美しい。これが大人の色気というものなのか。
「聞いているのかい?」
「は、はい! 聞いてます」
「それならいいんだが……。というわけでHTMLの基本から叩き込んであげよう」
「お、お願いします」
すると沙織さんはデスクの横にかけていたカバンの中から眼鏡を取り出してかけると、ホワイトボードを持ってきた。
「いいかい? HTMLコーディングの大前提は『始まったら終わる』だ。わかるよね?」
「はい。囲むってことですよね――」
「ちがう!」
「えっ?」
すると沙織さんはホワイトボードにHTMLの基本の形を書いた。
<>〜</>
「これがHTMLだ」
「だから囲ってるじゃないですか――」
「ちがう! これは囲っているんじゃない……愛し合っているんだよ」
「…………は?」
「わからないのかい? これは攻めと受けなんだよ」
「攻めと受け……だと?」
「そう。始まりが攻め、終わりが受け……。見たまえ、受けが棒を受け取っているじゃないか!」
「く、腐ってやがる……」
まさかまともだと思っていた沙織さんが腐女子だったとは……。恐るべし、これが社会の闇か。
「そう、WEBはBLなんだよ!」
沙織さんは両手を大きく広げ、偉大なる神を讃えるかのように叫んだ。
「君はまだ未開拓地域に指定されているのかい?」
「まだも何も今後開拓される予定はございません」
「素晴らしい!」
「はい?」
「これは育てがいがある」
「そりゃあ新入社員ですし」
「これは掘りがいがある」
「掘られてたまるか!」
「なんだいその口の聞き方は?」
沙織さんは眼鏡をくいくいと触りながら、腕を胸の下で組む。
ただでさえ自己主張してくるような大きな胸が持ち上げられて、もうはちきれそうだ。
男ゆえの自然反応だろう。嫌でもそこに目がいってしまう。
「えーっと、これはその……つい……」
「まあ許そう。私は堅苦しいのは嫌いだ。敬語でなくなるくらいは多めに見よう」
沙織さんはホワイトボードを片付け、かけていた眼鏡もカバンにしまう。
あれしか書かないのならホワイトボードを出す必要はあったのか?
眼鏡をかけた理由もわからない。
そうか、沙織さんは雰囲気から入る人なのだろう。
再びデスクに座ると、沙織さんは改まったように口を開く。
「それでは……イメージしよう」
「……イメージ?」
「そう、イメージだ。何事においても頭の中で想像することが大事だ」
「な、なるほど」
「思い浮かべるんだ……部屋の中に一つのベットがある……その上で戯れるのは弱気な青年と肉食系の青年……弱気な青年から漏れ出すのは甘い吐息……それでも肉食系の青年は攻め続ける……アアッ!」
「それただのBL!!」
もうこの人の頭の中はかけ算が駆け巡っている。飛び交っている。
HTMLの基本を教わるつもりが、いつの間にかBLを叩き込まれてしまっていた。
仕事に集中しなくては……。
俺はデザイン通りにHTMLを構築していく。
<span>〜</span>
「……スパン……スパン」
「き、急に耳元で囁かないでくださいよ!」
「聞こえるかい? スパンスパンとお尻を打つ音が……」
「……ぐはっ! ちょっと想像できた自分が恥ずかしい……」
「うん、良いイメージだ」
沙織さんは笑顔を見せると、マグカップのコーヒーをすする。
俺の指導員はとんでもなく腐っていた。
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