エキサイティング!

あいはな

第1話 素晴らしき社会人生活の始まりかな

 四月一日。

 今日はエイプリルフールでもある。

 午前中のうちに一回嘘をついても許される。しかし、午後には種明かしをしなければならない。

 新社会人は思うはずだ。自分がもらった内定は嘘ではないだろうかと。

 俺はそんな恐怖を覚えつつも、期待に溢れている。

 なぜなら、夢であったWEBデザイナー人生が始まるのだから。


 …………。


 すみません。嘘です。

 今日入社するまでは本気だったけれど、その夢は一瞬で消え去ったのです。だから嘘をつきました。

 いいじゃないですか。

 だって今日はエイプリルフールなんですから。


「おはようございます。今日から入社、そしてこのチームに配属になりました。新垣あらがき啓介けいすけと申します。至らないところもあるとは思いますが、これからよろしくお願いします」


 俺は社会人マナーに則り、三十度ほど頭を下げる。

 すると、歓迎の拍手が俺を包む。

 もしかして歓迎されていないのではないかと不安がよぎったが、その心配は無さそうだ。

 拍手が止むと、社長は会議があるからと俺の肩を叩いて部屋を後にした。


 ここ『株式会社フールス』は多分野に展開しており、ネット社会での地位の確立を目指している。

 その目標の達成に向けて、ここ三年で中小企業から大企業へのステップを順当に踏んでいるらしい。


 作業の効率化と充実を計る目的でそれぞれの分野で作業スペースが確保されている。この部屋がWEBチームのスペース。四つのPCデスクが二つずつ背を向けて並び、奥にはミーティングなどで活用されるだろう大きなテーブルがあった。

 それほど広くはないが四人で使うには十分すぎるほど。


 四人というのは、俺以外に先輩が三人いるという意味だ。あろうことか、先輩は全員女性。

 おしとかやかな雰囲気で毛先を軽く巻いている黒髪の美人。

 この中で背が一番小さく、右側の髪をくくっている可愛い系の先輩。

 地毛であろう輝かしい金髪を大胆になびかせている外人さん。

 この人たちとこれから仕事をしていけるなんて楽しみでしょうがない。


 社長が部屋を出てから数秒の沈黙があり、その沈黙を破かんと俺の前に歩み寄ってきたのは、一番印象の強い金髪の外人さんだった。

 俺の前に立つと、目をキラキラと輝かせながら手を差し出して握手を求めてくる。

 俺は英語が苦手なため、とりあえず何も言わずに外人さんの手を握った。

 嬉しそうに笑顔でこちらを見てきたため、同じように笑顔で返す。

 手を離すと、外人さんは先ほど立っていた場所へ戻った。


 …………。


 それだけっ⁉


 もっと何かあるはずだろ! よろしくとか、頑張ってとか励ましの言葉はないのか?

 あ、もしかして日本語が苦手なのかもしれない。

 すると外人さんが右手の人差し指を立て、天高く突き上げた。


「このチームでテッペン取りマスルっ!」


 マスル?


「『ル』じゃなくて、『よ』って言うのよエミリー。マスルの発音が良すぎてマッスルに聞こえたわ。嫌いじゃないけど」


 黒髪の美人さんが、外人さんの間違いを訂正する。外人さんはエミリーさんっていうのか。


「ほら見なさい。新入社員くんが困惑の表情をしているわよ。まるで初めて掘られる前の可愛らしい雛のように」

「何言ってるかわからないですヨ。はい自己紹介ネ。私はこのWEBチームのリーダー、エミリー・ノースロップですっ! よろピーマンッ!」


 元気ハツラツなエミリーさんはピースをしながらフレンドリーな挨拶で場の空気を一変させる。

 ピースなのか、ピーマンなのか、はっきりさせてほしいところだが……。


「それ流行らないわよ。私は衣笠きぬがさ沙織さおり。プログラム系を担当しているの。私のことはお姉さんと思ってもらっていいわ。よろしくね」


 ツッコミを入れてから挨拶したのは、黒髪の美人さん。この人はしっかりとしていて頼りになりそうだ。

 そしてゆっくりと恥ずかしそうに俺の前にきたのは、


「え、えーっと、武藤むとう睦美むつみです……デザイン系を担当しています……たぶんあなたより年下なので私のことは先輩として見ないで……や、やっぱり少しは先輩として見てほしいです……年下なので敬語は使わなくていいですよ」


 可愛らしく見えたのは年下だったからか。

 ということは高卒でデザイン職に就いたってことか。すごいエリートなんじゃないか?

 だけど――、


「む、武藤さん? いくらなんでも近すぎないかな……?」

「へ?」


 武藤さんは俺の目の前、俺の胸あたりに顔がぶつかりそうな距離にいたのだ。


「ご、ご、ごめんなりゃしゃいっ!」

「気にしなくていいよ……」

「よぉし! それじゃあ早速君の担当を発表しマス! 君にはを担当してもらいマス!」


 コーダーとは、HTMLコーダーのこと。

 つまり、HTMLを組み立てていく大事な工程だ。

 俺にできるのか?


「スムーズにコーディングできるタイプじゃないですよ? あまり過度な期待はしないでくださいね」

「ダイジョブ! さおりんが全て教えてくれるでヤンス」

「せめて語尾は統一させなさい。というわけで私が君の指導員となる。よろしく頼むよ」

「よ、よろしくお願いします」


 よかった。この人が指導員なら俺の未来も明るそうだ。俄然やる気が出てきたぞ。

 すると、エミリーさんが思い出したように口を開く。


「あ、そうですマス。えーと、Kスケベくん」

「人をスケベ呼ばわりしないでください。啓介です」

「ニューヒーローに怒られた⁉ まあいいです。うちは基本終電帰りなのでよろしくネ」

「…………………………………………………え?」


 終電帰り……だと?

 なんだそれ聞いてないぞ?

 会社説明会の時、そんな説明は一切なかった。

 確かにWEBデザイナーというのは時間に追われているという噂を聞く。

 終電が基本って、社畜じゃないか。


「安心したまえ。残業代は少し出る」

「少しじゃ安心できませんよ!」

「出社は午前中にしてくれれば問題ない。どうだい? ホワイトだろ?」

「ブラックじゃないアピールはやめてください」

「まあ物は言いようだ。とりあえず仕事してみよう」


 このあとめちゃくちゃ仕事した。

 初日の労働。

 九時出社。

 一時間休憩有り。

 退社時間は終電ギリギリ。


 もう辞めてもいいですか?

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