光のページェント

ましの

第1話

 ゲートをくぐるとそこは柔らかな光にあふれていた。

 無数のキャンドルが村の小さな広場を埋め尽くす。

 幻想的な光景に持っていたカメラのファインダーを覗くと不意に女の子が横切った。

 ふんわりと広がる赤いチュールスカートに丈の短い黒のコートを着て、高く結ったツインテールが駆けるたびに頭の横で飛び跳ねている。

 少女は石畳の上に置かれたキャンドルを物珍しそうに眺めていた。瞳の中に移り込んだ灯りのせいでどこか悲しそうだ。

 わたしは吸い込まれるように彼女にレンズを向けていた。

 そのとき、

「ユイちゃん!」

 少女はその声に弾かれるように顔を上げる。先ほどまでの愁いを帯びた瞳はどこかに消えていた。

「パパ」

 広場中に響きわたるような声で答えると彼女は父親の元へ駆けていく。

 親子連れか。

 追いかけていって少女を被写体にしてもよいか許可を求めようかと思ったが思い直してやめた。

 久しぶりに人物を撮れるような気がしたけれど、チャンスを逃したというのなら恐らくそのときではないのだろう。

 わたしは納得して親子に背を向けると再びカメラを構えた。

 すると、

「あの。すみません」

 気の弱そうな声が遠慮がちに投げかけられる。

 振り向くと先ほどの父親がそこにいた。

「助けて、くれませんか?」



「つまり、パパさんは本当のパパさんじゃないって訳ですね」

 小さなレストランの隅の席でわたしは声を潜めた。

 ケイと名乗った男性は困惑している。

「この子が誘拐犯にされたくないならパパになれって」

 確かに、見るからに優柔不断そうな彼なら年端もいかぬ少女に駄々をこねられれば、一つや二つ言うことを聞いてしまいそうでもない。

「でもそれって、立派な脅迫じゃない?」

 ケイの隣に座った少女・ユイを見ると彼女はなにくわぬ顔でアップルジュースを飲んでいる。

「じゃあ、恋人になってって言えばよかったのかな? おばさん」

 何の悪気もなくかわいらしい顔でにっこりと微笑みながら「おばさん」と口にするユイに腹立たしさを覚えたがぐっとこらえる。子供相手にキレたら「おばさん」の株が下がってしまう。

 わたしはひきつる口元を必死に笑顔に塗り変えた。

「ユイちゃん、本当のお父さんはどこにいるの? お母さんでもいいけど。一人でこんなところに来るわけないよね」

「子供だから出来るわけないとか決めつけるのって、サイテーな大人よね」

 ストローをくわえながら平然と言い放つユイにわたしは思わずため息をついた。

「仕方ないですね。こちらのスタッフに迷子として届け出ましょう」

「それはダメ!」

 ケイに向かって言うとユイは慌てたように声を上げる。

「何か困ることでもあるの?」

 問い返すと少女は拗ねて唇をとがらせた。

「ホゴシャならいるよ。スズカが」

「お母さん?」

「ちがうよ。スズカはスズカ。帰る準備をしてるの。時間がかかるから、ここに来ただけ」

「じゃあ、ケイ君はあなたの暇つぶしに巻き込んだだけってこと?」

 そういうとユイは泣き出しそうに顔をゆがめた。

「違うもん。ユイのパパになって欲しかったんだもん」

 この子はこの子で複雑な事情があるのだろう。

 それ以上追求するのはやめてわたしは冷めきったコーヒーに口を付ける。

「わかりました。保護者さんが迎えに来るまでわたしも付き添いましょう。さすがにケイ君だけじゃ頼りなさ過ぎだから」

「ありがとうございます」

 ケイは安堵の表情で深々と頭を下げた。

「やったぁ! じゃあ、ママってよんでもいい?」

 はしゃぎだすユイにぎょっとしながらわたしは渋い顔でうなずく。

「お好きにどうぞ」



 園内の至る所でイルミネーションが輝いている。

 わたしたち三人はユイを真ん中に手を繋いで日本一長いと言われるバラの回廊をゆっくりと進んだ。電飾に飾られた回廊はまるで光のトンネルだ。

 ユイが繋いだ手を振り回しながらはしゃいでいる。

「いつか、ママとパパと一緒に、ここに来るのが夢だったの。でも、開発でユイの時代にはもうなかったから」

 うっとりと光の回廊を見上げるユイの言葉にわたしは違和感を覚えた。

「ねえママ、写真をとってよ。パパとママと三人の写真」

 ユイの言葉にわたしは戸惑う。

「でも、人物はうまく撮れないから」

 わたしは被写体の表情を上手く撮ることが出来なかった。レンズを通すと表情が曇ってしまうのだ。

「じゃあ、僕が撮りますよ」

 ずっと黙っていたケイが遠慮がちに声を上げる。

「スマホでも良いなら」



「ちょっとどうやったらこんな下手に撮れるのよ」

 ケイの撮った画像を見てわたしはあきれた。

 最近のスマホは画質もきれいだし、アプリだって性能が良い。それなりにきれいに撮れるのがスマホカメラだというのにケイの撮った画像はあまりにも酷すぎた。ピントは合っていない上にブレているし、画面全体が暗くて何が写っているのかわからない。

 ユイも出来の悪い画像を見て笑っている。

「す、すみません。僕、機械音痴なので」

「機械音痴って言うか相性の問題? ちょっと貸してよ」

 わたしはケイのスマホを取り上げると何度かシャッターを切った。

 うん。普通にきれい。

「ほら、おいで」

 わたしはユイの手を引くと腕に抱く。ぽかんとしているケイを手招く。

「ちゃんと、レンズ見てよ」

 その言葉に後にカシャッとシャッターが切れた。

「ほら、きれいに撮れるじゃない」



「ユイ様!」

 若い女性が小道を走ってくる。

「あ、スズカだ」

 ユイの言葉にわたしとケイは思わず物陰に身を潜ませる。

「スズカ、遅い!」

「申し訳ありません、ユイ様。少し手間取ってしまいました。さ、帰りましょう」

 保護者に手を引かれていくユイをわたしとケイはじっと眺めた。

「どうして隠れてるんですかね」

「どうしてかしらね」

 そういって顔を見合わせると笑いあった。



「ご両親にはお会いできましたか?」

「うん。もう少し一緒にいたかったけどね」

 そういって少女は指輪型のウェアラブルからホログラムを映し出した。

「その写真はユイ様の宝物ですね」

「うん。ママとパパの初めての共同作業だよ」

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光のページェント ましの @mashino124

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