第37話 おまじない
だいたい夜に出歩くなって、夜ってほどの時間でもないしよ。
非難する視線を送りつつも、晶の思いはよく分かっていた。まだ1人で出歩かせたくないんだろう。それにしたって…。
「アキ。お前、酒セーブしてるだろ。」
ハッ。これだから長い付き合いは…。
「…帰らなきゃいけないからな。」
「別にいいじゃねぇか。泊まってけよ。久しぶりに記憶を失くすくらい飲もうぜ。」
記憶を失くす…晶は胸がドクンとした。嫌なこと思い出させやがって…。
「泥酔して変なことでもしたらシャレにならないだろ。」
晶の態度に何かやらかしたことがあるんだな。と直樹は心の中でニヤついた。
「変なことねぇ。そのくらいの方がアキにはちょうどいいんじゃねぇか?」
直樹はわざとニヤニヤして晶にはっぱをかける。
「バカ言え。相手はクソガキだぞ。」
クソガキ。そんな風に思えなくなっていることは晶自身も嫌というほど分かっていた。でも…。
「クソガキね…。もうちょっと自分の気持ちに素直になったらどうなんだよ。」
今の俺にどうしろって言うんだ…。苦々しい思いで吐き捨てるように報告する。
「自分の気持ちは…もう言った。」
隣で直樹が大きく息を吸ったことが分かった。よほど驚いたようだ。
「じゃ…あの指輪はそういう…。」
チッ。やっぱり指輪のこと気づいてやがったか。
「だから違う。大切だとは伝えた。でも…あいつは俺のことばあさんと同列なんだ。それ以上は何も言えないだろ?」
ばあさんと同列…とつぶやいた後、アハハハッと大笑いしている。
「だから直樹に言いたくないんだ。」
ムスッとする晶の肩に直樹が腕を回す。デカイ図体が心なしか小さく見えるその肩に。
「ハハハッ。天下のアキでも遥ちゃんには敵わないな。それでも…本当の気持ちは伝えた方がいいんじゃないのか?」
本当の気持ち…。胸がギュとつかまれる思いがする。
「今の関係が壊れるのが怖いんだ。笑っちまうだろ?俺はこのままがいい。」
本心なのかねぇ。好きな女と一つ屋根の下。このままでずっといられるものなのか…。不憫なやつ。
「男はどうして女に装飾品を贈りたくなるんだろうな。やっぱり俺の物っていう印をつけておきたいんだろうな。」
俺の物…。そう思いたいのにすくった指の間から砂が溢れ落ちるように遥との関係は不確かな物の気がした。
「まだ男性恐怖症が心配だからな。男避けだ。深い意味はない。」
男避けって、そのままだろ。遥ちゃんのためじゃなく、アキが遥ちゃんに悪い虫がついて欲しくないだけ。それに気づいてないのかアキは。
盛大に愉快だったが、ものすごく可哀想な奴にも思えた。
遥と二人になった陽菜は少し元気になった遥に問いかける。
「遥ちゃんは私と晶くんが仲良くしてると心配?」
目を丸くしてうつむいた遥に陽菜は優しく続ける。
「普通のことよ。大切なのね。晶くんのこと。」
大切…。そう大切。でもそうじゃなくて…。
「陽菜さんと私へのアキの態度が違い過ぎて…。」
しょんぼりする遥に、本当に可愛いんだから。と陽菜は苦笑した。
「それは遥ちゃんが晶くんにとって大切だからよ。」
アキにとって大切。確かにそう言ってくれた。でも…。
「陽菜さんにはちゃんと女性として接しています。いたわっているのも分かりますし。でも私にはいつだって子ども扱いだから。」
それをヤキモチって言うのよ。そう言いたいけれど、言ってしまっていいのか陽菜は悩んでいた。ゆっくり育んで行かないと壊れてしまいそうな繊細な関係の気がして、前回の嫌な記憶も蘇る。
「晶くんにとっては遥ちゃんは特別なのよ。」
特別…。大切でクソガキで小動物のロボットだって言われた。そのことに安心したはずなのに…。
女として見られて困るのは自分のはず。それなのに女性として接せられている陽菜がうらやましくさえ思った。
また分からなくなった自分の気持ちに不安になる。
「指輪…。素敵ね。指輪を贈るなんて晶くんもやるわね。」
陽菜の視線が指輪に向かっていた。
「でもこれもガキにはまだ早いか?って言われて。」
ますますしょぼんとする遥に、本当にこの二人は…とさすがの陽菜もため息が出る。
「晶くん。ガキって言って誤魔化してるのよ。」
「…何をですか?」
「そうね…試しにガキは好きって意味でクソガキは大好きに変換してみたら?」
「えぇ!?」
「たぶん遠からずってところよ。」
「そんなわけ…。」
そんなこと言ったら毎日のように大好きと言われてることになる。あのアキに…。真っ赤になる頬を押さえながら陽菜に抗議する。
「もう!陽菜さんからかわないでください。」
「いいから試しにやってみて。」
陽菜は楽しくなる自分に、私も直樹に毒されちゃったかしらね。と苦笑した。
帰ってきた二人は手ぶらだった。
「あら?飲み物は?」
「あぁ。遅くなる前に帰るってよ。」
「ガキはあんまり遅くまで遊ばない方がいい。」
言葉とは裏腹に優しく声をかけた晶の「ガキ」が自然に「好き」に変わる。
好きだから、あんまり遅くまで遊ぶな。心配だ。ってこと?
自分の都合のいいように変換される言葉なのに顔が赤くなる。
「どうした。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?今日は少しはしゃぎ過ぎてる。」
やっぱり子ども扱い…。でも…。フフッと遥は笑う。
「陽菜さんありがとうございます。面白いもの見つけた気分。」
「そう。なら良かったわ。」
元気を取り戻した遥は、意味が分からない顔の晶と帰って行った。
楽しそうな陽菜に直樹は興味津々だった。
「陽菜、遥ちゃんになんか言っただろ。」
「フフッ。内緒。」
「なんだよ。面白いことだろ?教えろよ。」
「おまじないをかけただけ。」
二人がうまく行くようにって。
「でも晶くん。女嫌いよくなったのかしら。そしたら周りの女の子が放っておかないわ。目移りしたりしないわよね?」
「今のままのアキがおもしろ…おっと違った。今のままだからいい奴なんだろ。」
クククッと笑う。本心言っちゃってるわよ。まったく…。
スマートで端整な顔立ちと美しい立ち振る舞い。女嫌いの時でさえ放っておかれない。そんな晶くんに遥ちゃんだけ大切にして欲しいなんて贅沢な希望なのかな。
そう思うのに、あの晶くんが来るもの拒まずで、女性関係にだらしなくなっちゃったらガッカリしちゃうわね。とも思って苦笑した。
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