第35話 ターコイズ

 朝。仕事に行く準備をしていると遥に声をかけられた。

「アキどこに行くんですか?」

「どこって仕事…。」

「今日は土曜ですけど、そんなに忙しいんですか?」

 遥の言葉に絶句する。土曜…だったのか。曜日が分からなくなるほどに参っていたとは…。

 遥に目をやると微笑んでこちらを見ていた。

 でも…そのおかげで大切なものが何かに気付けた。晶はフッと笑みを浮かべるとネクタイを緩めた。

「じゃ今日はどこかへ行こう。そういえば仕事始めたんだよな。…就職祝いになんか買うか?」

 別に直樹に言われたからじゃない。たまたまだ。そう自分に言い訳をしていると遥の目がキラキラしている。

 久しぶりに見るロボットの遥に目を細めた。お宝を見つけたみたいだ。

「いいんですか?欲しいです!お出かけするんですよね?着替えて来ます!」

 嬉しそうな遥に、ハハッ…物で釣るとかどんだけ…と自分の言動を嘲笑した。

 晶も一着しかない私服に着替え直す。「服、買いに行かないといけませんね」と言う遥に「それはまた今度だ」と断った。せっかく穏やかな日常が戻ったんだ。また過呼吸とか出るようなことはしたくなった。


 歩きながら何をプレゼントにするか話し合う。

「指輪はどうだ?まだ男性恐怖症が心配だ。」

 心配。と普通に発言する晶に遥はニコニコした笑顔を向ける。どうしたんだろう。アキがすごく優しい。

「どうして男性恐怖症だと指輪なんですか?」

「右薬指につけると恋人がいるっていう意味らしい。」

「恋人…。」

 戸惑ったような声を出す遥に慌てて訂正する。

「バカ。男避けだ。変な意味じゃない。」

 その言葉に安心した顔をする遥にホッとする。どんだけ必死なんだ俺は…。そう苦笑しながら。


 他の物も見られるようにと二人はデパートに来ていた。装飾品が置いてある階は男が少なくて晶は安心した。

「ほら。良さそうなの見てみろよ。」

 言われてショーケースの中を見てみても、まばゆくきらめいているそれらに遥は気後れして晶を見上げる。その様子にククッと笑った。

「やっぱガキにはまだ早かったか。」

 外に来てまで言われたガキというフレーズに遥の頬がむくれた。よっぽどご機嫌斜めのようだった。そっぽまで向いている。

 そこへ店員が来て、にこやかな笑顔を向けられた。

「どのようなものをお探しですか?」

「あぁ。こいつの就職祝いなんだ。でもまだ早いみたいだ。」

 店員の前なのにまだククッと笑っている晶に遥の頬は余計に膨れる。

「まぁ素敵ですね。早いだなんて。色々とございますので、きっと気に入られるのがございます。」

「あれは?」

 遥が控えめに指差した先には宝石の名前となにやら書かれたプレートが置いてあった。

 膨れていても見ているものは見ているんだな。お宝ロボットは性能がいいらしい…。

 心の中に浮かぶ遥へのからかいの言葉に一人楽しくなって顔がにやけてしまいそうだった。

 店員は遥に向かって説明していた。

「こちらは誕生石です。どの石がどんなパワーや言い伝えがあるのかを書かせていただいております。」

 1月から順に「ガーネット:真実・勇気・情熱」などと書かれてある。順番に見ていた遥の足が止まる。

 視線の先には水色に少し緑が混ざったような綺麗な石が指輪の側面に数個並んではめられていた。その指輪の石は12月の誕生石のようだ。「ターコイズ:魔除け・目標達成・友情」それは晶からしたら今の遥に必要なものばかりだった。

「きれい…。」

 つぶやいて釘付けになっている遥に店員がにこやかに説明する。

「ダイヤも入ったデザインですので、彼からの贈り物でもピッタリです。」

 ダイヤは4月の誕生石だった。そのプレートには永遠の愛と書かれてあった。

 複雑な顔をした遥はうつむくと小さくつぶやいた。

「…やめときます。」

 ったく…。面倒なのは相変わらずだな。晶は遥の頭をグリグリした。

「自分が気に入ったならそれでいい。石の意味なんて迷信みたいなもんだ。信じるにしてもターコイズの方を信じたらいい。魔除けとか今必要なものだろ。」

 男避けと魔除けって意味は一緒なのかな?適当な晶の助言に苦笑すると心が軽くなった気がした。


 帰り道、さっそくはめている遥は指を眺めながら歩く。

「へへっ。きれい…。」

「ったく。前を向いて歩けよ。危ないぞ。」

 注意しながらも嬉しそうな遥に晶の頬も緩む。それなのに口から出るのは相変わらずの憎まれ口だった。

「こんな石っころで喜ぶなんて、やっぱり女は分からないな。」

「石が嬉しいわけじゃないです。」

 遥は凛とした顔で言ったその後に、柔らかな微笑みを浮かべた。その全てが綺麗でドキッとする。

 急いで目をそらすと自分に問いただした。おいおい。クソガキだぞ。間違っても綺麗とかありえないだろ。

 それなのに早まっている鼓動は抑えられなかった。


「そういえば…。」

 思い出したように口にした遥の報告は晶にとって衝撃的なものだった。

「陽菜さんが今日ひまなら遊びに来てって言ってました。この後って予定ないですよね?」

 ちょっと待ってくれ。俺のこの服装とハルの絶対にそのままつけていく指輪。この装備で行くって言うのか…。

 とんでもなく憂鬱で行きたくもないが、その理由を遥に説明したくなかった。

 こいつ…。分かってやってんじゃねーよな?…んなわけないか。

 チラッと盗み見た遥はいつか見た空のようにどこまでも澄んだ瞳で晶を見つめていた。

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