第32話 扉の向こう
晶はマンションの扉に手をかけた。その扉は心の扉に似ているように思えた。滅多に他人を入れなかった扉の中。入れたのは直樹と…。
扉を開けると玄関に小さい何かがあることに気づく。それは歩いて少しよれた小さなスニーカーだった。
ガタガタガタン。何かにぶつかりながら靴を脱ぐのさえもどかしく急いで脱ぐとリビングのドアを開けた。
そこには小さいのがいて二人掛けのソ
ファの端。音に気づいて振り向いた顔。
「ハル…。」
どうして…。何をどう声をかけていいか分からないでいる晶に遥が口を開いた。
「おかえりなさい。」
涙が溢れそうになる。変わらない声。変わらない…。
しかし遥の次の言葉でそれはストップすることになった。
「直樹さんが、アキはあの人に世間を欺くためだったことが知られてこっぴどく捨てられたって。」
な、何を…。世間を欺く…俺が直樹に惚れてるってアレか?
「だから遥ちゃん悪いんだけど、もう一度一緒に暮らしてやってくれないかって。」
…ッ。捨てられた…。いや。大筋は合ってる。でも…。クソッ。
「捨てられたんですね。アキも案外カッコ悪いです。」
「!」
呆気に取られていると遥は部屋に行ってしまった。
クッソ!
晶も自室へ行くとすぐに電話をかけた。
「あぁ。アキ。かかってくると思ってた。」
電話の向こう側では相変わらずの笑い声が聞こえる。
「直樹…お前…。言ってることとやってることが違うだろうが!だいたい俺はまだお前に惚れてることになってるのか。」
アハハハッと大笑いが聞こえる。ブスッとしたままそれが終わるのを待つ。でもなんだろう。俺も笑いたい気分だ。
「アキは遥ちゃんに何か言うつもりだったのか?」
「何かって…。」
いや…。なんだ…。俺にもよく分からないが…。口籠る晶に直樹が平然と言った。
「よく考えたら遥ちゃん男性恐怖症だろ?いきなりアキが愛の告白なんてして不安定になっても困るなって。」
「なっ。そんなもんするわけないだろ。相手はクソガキだぞ。」
滑稽な表現に顔が赤くなるのを感じた。愛の告白ってなんだよ。
「じゃどうするつもりだったんだよ。」
「どうって…。」
クククッと笑っている直樹にさすがに腹が立ってきた。はぁと椅子に座って背もたれにもたれかかる。ギィーと小さな音がした。いつもの自分の部屋にホッとするとつぶやくように口にした。
「女って…スゲーわ。」
晶の言葉にさすがの直樹も驚いた声を出した。
「なんだ。アキから女を賞賛する言葉が聞けるとはな。」
「そんなんじゃない。…嫌味だ。」
沙織といい、遥といい、自分の一歩先を行っている気さえした。
「男なんて女に敵わないのさ。」
実感のこもった声に晶も苦笑しつつ同意した。
「あぁ。本当だな。」
今日は休んでもいいぞ。と言う直樹に意地でも行く。と伝えて電話を切った。
さすがに緊張気味に遥の部屋の前に立つ。深呼吸をしてからノックした。
「ハル。俺は仕事に行く。ハルも仕事始めたんだろ?行ってこいよ。それで…夜は一緒に飯を食おう。俺が作る。リクエストは…おまかせだよな?」
返事があるのか分からなくて一気に話した。すると「はい」という声がした。返事があることがこんなに嬉しいことかと驚きながら玄関に向かう。
でも…。例え返事がなくても、まだ遥がよそよそしくても、もう迷ったりしない。
事務所に向かいながら、前に直樹が言っていた「遥ちゃんとは信頼関係を築いてる途中だろ?」の言葉を思い出す。
そう。まだ途中なんだ。お互いに面倒なものを抱えてる。だから普通以上に揺れたって仕方ないんだ。
でももう俺は間違えない。もしかしたら信頼関係は崩れてしまったのかもしれない。だったら一から作ればいい。きっと俺とハルとなら出来るはずだ。そうさ。似た者同士だ。
遥はマンションに来る前に直樹と話したことを思い出していた。聞きたいこととお願いしたいことがあると急に電話で事務所に呼び出された。
「遥ちゃんはアキってどんな奴だと思ってる?」
「え…。」
いきなりの質問に驚いて考え込む。そして感じたことをそのまま話した。
「なんでもできて大人で優しいですけど…。」
「けど?」
「たまに私と同レベルかそれ以下かもって思う時があります。」
ハッ…アハハハッ。腹を抱えて大笑いする直樹に、晶にとってまずいことを言っちゃったかな…と心配になる。でも…もうそんな心配もいらないか。寂しい気持ちでいると直樹が涙を拭きながら、肩をたたく。
「遥ちゃんさすがだ。その認識は間違ってない。説明する手間が省けたよ。」
クククッとまだ笑っている。笑いを抑えられないまま続きを話す。
「つまりあいつは図体はデカイがガキなんだ。だからきっと遥ちゃんが男性恐怖症でも大丈夫だったんだね。」
そうなのかな?違う理由の気もするけど…。そんな思いの遥を知ってか知らずか直樹はまた前と同じ嘘をつく。
「アキはあの人に世間を欺くために会っていたことがバレちゃってね。」
「あの人って…婚約者の方ですか?」
「婚約って…そこまでじゃなくて曖昧なものだと思うけどね。婚約破棄となると慰謝料とか色々と問題が出てくる。」
珍しく弁護士らしいことを口にした直樹はニッと笑った。
「まぁともかくこっぴどく振られたんだ。慰めたりすれば余計にひねくれるだけさ。…遥ちゃんなら分かるだろ?」
またクククッと笑っている。つまり簡単に言えば弱っている晶の側にいてやってくれないか?と言いたいのだろう。しかも慰めたりせずに。
でも…。遥は釈然としていなかった。優しい晶は誰でも助けるのではないか。の答えが出ていなかった。それでも晶が必要としているならとマンションに帰ることにしたのだった。
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