第29話 「あの時に飲んだ紅茶が美味しくって…。こちらで扱ってる?」

 今回のお話ですが、私が紅茶葉の販売店に勤務していた時に、よく言われたお話です。


 題名の通り、「以前に飲んだ○○な紅茶が美味しくて、それを探しています。こちらに取り扱いはありますか?」というお話を、店頭でよくされました。それについての私なりの一家言です。



 結論から申し上げて、「その希望は叶えられません」と言うしか無いです。





 何故かと言うと、まず同じ紅茶を取り扱っていない事がほとんどです。紅茶は農産物ですので、ダージリンひとつ取っても、生産年・生産時期・茶園で味わいが変わってきます。香りを付けた着香紅茶ちゃっこうこうちゃ(フレーバードティー)ならば、同じアールグレイでも香りの質や度合いも違ってくるでしょう。


 仮にその飲んだ紅茶を、扱っているお店で入手出来たとしましょう。それでも同じ味わいは出せません。

 水が違います。

 機材が違います。

 淹れる人間が違います。

 周りの雰囲気が違います。 

 何もかもが違いますので、全く同じ味わいを体験出来る事は、ほぼ無いと言って良いかと。


 そんな訳ですので、多少は似通った紅茶は提供出来ますが、同じ味わいを作り出す事は出来ません。


 例外的にブレンドティーに関しては、『ティーブレンダー』という専門職の方が味を観ながらブレンドの度合いを調整していますので、年間を通じて均一な味わいを提供してはいます。それでも「去年と今年ではほんの僅かに違う」なんて事も。その味の違いは、素人では全くわからないくらいですが。





 よく茶道の世界では『一期一会いちごいちえ』という言葉を使われます。目の前に居る人とはもう二度と会う事はない、だから後悔しないよう茶を立てなさい。という意味合いで使われます。


 紅茶も同じで、そのお店で飲んだ紅茶はその場でしか味わえない唯一無二のものなのですから、ゆっくりシッカリ味わって頂きたいのです。






 気楽に味わいつつも、二度と会う事はない味わいを、じっくりと舌と心に沁みさせて下さいませ。

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