知恵となけなしの勇気

 翌日。

 コギト達四人は、同時に起きた。コギトとハナは、それぞれの武器の手入れを念入りに行った。

 医者を起こさないように、こっそりと出ていった。

 その様子を、医者はベッドの中から薄目を開けて見ていた。

 「……昨夜はああ言ったが、私はお前さん達に賭けてみる事にしたよ。……娘よ」

 医者はそう言うと、トッダラゾキアの怪物に殺された娘に会うために、再び眠りに就いた。

 

 「ついに辿り着いたか……」

 エドが、“それ”を見上げながら言った。

 コギト達は、四日かけて、遂にトッダ山の登山口に辿り着いて、そこから聖なる山を見上げていた。  

 「これが、聖なる山、トッダラゾキア……」

 アニーが恐れるかのように言った。

 「これは、たしかに……」  

 「うん、邪悪な気配が漂ってるね……」

 コギトが、今までになく緊張した面持ちで言った。  

 「……おい!あれ!」

 エドが、トッダ山の中腹辺りを指さした。

 三人がその場所を見ると、トッダ山の中腹辺りから、全長三メートル程の、赤青二色に分かれたカプセル錠のような物体が飛んで来ていた。

 「っ!あれは!?」

 コギトには、見覚えのある物体だった。

 「何!?」

 ハナがコギトを見て聞くと、

 「……カラス村に降りてきた、スターマンの船、って言えばいいのかな……。とにかく、そんな感じの奴」

 コギトは、早口で答えた。

 「スターマンの……!?」

 ハナは驚きながら言うと、カプセル錠型の宇宙船を睨んだ。

 「ねえ、スターマンって!?」

 アニーがコギトとハナを交互に見て聞くと、

 「……カラス村と、黒雲みたいな影に襲われた国で私達が戦った、銀色の人型の何か」

 「何、それ……?」

 「見ればわかると思う」

 そうこうしている内に、カプセル錠は、四人の目の前まで降りてきた。

 カプセル錠の、赤と青に分かれた境目から円錐形に光が差して、そこから人型の何かが降りてきたのだが、

 「銀色じゃない……!?」

 コギトが目を見開いた。

 その姿は、白金色だった。  

 『……こぎと、はな、すけッとヲつレテココマデたどリつイテシマッタカ……。ろぶハ……ハハッ、おジけづイタノカ?』

 スターマンは、鼻で笑いながら言った。

 その言動に、四人は無言で睨み返した。

 『なんダ、ずぼしカ?』

 「てめぇは……」

 エドが、地の底から響いてくるかのような低い声で言った。

 『おれハ、すたーまんさいごノひとり、……らすとすたーまんダ』

 ラストスターマンと白金色の人型が名乗った瞬間、エドの姿がかき消えた。

 「ああ、そうかよ」

 エドがそう言った時には、エドはラストスターマンの真後ろに飛び込んでいた。

 『ナッ!?』

 「お、らぁ!」

 エドは、一瞬気合いを溜めて、渾身の左回し蹴りをラストスターマン叩き込んだ。

 『グオオ!?』

 ラストスターマンは、コギト達から見て左側にすっ飛んでいった。

 「おら次行くぞぉ!」

 エドは猛々しく吠えると、ラストスターマンに向かって走り出した。

 『オ、ノレ……!PSIレーザーγ!』

 地面に転がったラストスターマンは、走り出したエドの頭を狙って、命中した対象の命を刈り取る、一撃必殺のレーザーを放った。

 それを、エドは首を左に傾けて避けた。

 『なに!?』

 「ああああああああああああああああああ!」

 エドは雄叫びを上げながらラストスターマンにのしかかった。

 『ンナッ!?』

 マウントポジションを取ったエドは、ラストスターマンに猛然と殴りかかった。

 「ああああああああああああああああああ!」 雄叫びを上げながら、狂ったように殴り続けた。 「ああああああああああああああああああ!」

 ラストスターマンの首の辺りから、嫌な音が聞こえても殴り続けた。

 「ああああああああああああああああああ!」

 コギトが羽交い締めにして止めるまで、殴り続けた。

 

 「…………」

 エドは、項垂うなだれて座り込んでいた。

 「……落ち着いた?」

 コギトが聞くと、

 「……ああ」

 掠れた声が返ってきた。

 「何があったのさ?親の仇みたいに殴って」

 「その通りだよ……」

 「えっ?じゃあ……」

 「ああ、そうだ、あいつが、あいつが俺の親を殺しやがったんだよ!」

 エドは、叫ぶように言い放った。

 「…………」「…………」「…………」

 エドがラストスターマンを殴り始めた時から絶句していたハナとアニーを含めた三人は、さらに押し黙った。

 「……ああ、まだ俺の目的は終わってねえよ。あいつの親玉を一泡吹かせてやらないと気が収まらねえからよ」

 エドはそう言うと、顔を上げた。

 「……そっ、か。エド、引き続きよろしく」

 コギトはそう言うと、エドに手を差し伸べた。

 「……ああ、こちらこそ頼む」

 エドはそう言うと、コギトの手を掴んで立ち上がった。

 コギトは、エドの手を離して、

 「二人共、登るよ」

 ハナ、アニーの順番に見て言った。

 「……ええ」「……そう、ね」

 ハナとアニーは、おそるおそる頷いた。

 「……それと、エド」

 「……ああ、わかっている。怒りに身を任せるな、だろ」

 エドは、苦笑して言った。

 コギトは、一瞬ポカンとして、

 「……わかってるなら、いいんだ。あんな戦い方続けたら、身も心ももたないよ」

 ホッとした笑顔を浮かべた。

 「そうだな。そうだよな。……約束する、もうあんな戦い方はしない。絶対にだ」

 エドは、笑った。

 子どもが泣きそうな笑顔だった。

 

 三十分後。

 「いや、いくらなんでも敵多過ぎでしょ!?」

 たこのような化け物を切り伏せ、この日難度目かわからない戦闘を終えたコギトが叫んだ。

 コギト達四人は、トッダ山の中腹の少し前まで登っていた。辺りは葉を落とした木が目立ち始め、空気が乾ききっていた。

 「って、また!?皆、戦闘準備!」

 コギトはそう言いながら、愛剣である左手の『シルバーバトン』を前に伸ばし、右手の『シュトロームソード』をその後ろに引いて構えた。形振なりふり構っていられない状況にまで追い込まれていた。

 「山の上からだ!」

 エドが叫んだ。

 現れたのは、“所謂悪魔”のような外見の敵だった。翼を生やしていた。

 「オフェンス、ディフェンス……!オフェンス、ディフェンス、クイックアップ!」

 クイックアップ――文字通り任意の対象の敏捷びんしょう性を上げるPSIを閃いたコギトは、『シルバーバトン』を掲げて叫んだ。その瞬間、四人を琥珀色の光が包んだ。

 「PSIコオリべー……っ!γ!」

 ハナは、PSIコオリβを試みようとして、PSIコオリγを閃いた。

 突如、悪魔のような敵が凍りついた。

 「えっ!?」

 「コギト、こういう技!」

 ハナが叫ぶように言った瞬間、アニーとエドが駆け出した。

 「たああああっ!」「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」

 アニーとエドは、敵の凍り漬けを殴り飛ばした。

 敵は、氷ごと粉々に砕け散った。

 「ふー……」「……終わったか」

 「もう、PSIを使う気力が殆ど残ってないよ……」

 「私も……」

 コギトとハナは、へたりこんだ。

 「え!?PSIって有限なの!?」

 アニーが驚いて聞くと、

 「あー……、正確には、PSIって、結構集中力が必要なんだよ。使い続けると、集中できなくなってきて、最後には使えなくなっちゃう、使えても物凄く弱くなっちゃう、そんな力なんだよ」

 コギトは、よろよろと立ち上がりながら答えた。

 「ええっ、ど、どうするのよ……?」

 「こうなったら、可能な限りPSIに頼らないで戦うしかない、わ、よ……」

 ハナも、ゆっくりと立ち上がった。

 「大丈夫か?……行くぞ」

 エドが、息を整えながら言った。

 

 更に三十分後。

 ボロボロになりつつある四人は、よろよろと登り続けていた。その表情は硬く、暗かった。

 「…………」「…………」「…………」「…………」

 無言で登り続けていた。

 その視線の先に、山小屋が見えてきた。   その瞬間、四人の表情が明るくなった。足取りが、自然と軽くなった。

 「っ!皆、ストップ!敵!」

 コギトは大声を出しながら両腰の愛剣を音もなく引き抜いた。

 「もう!」「いい加減に……!」「しろよ……!」

 ハナは腰の後ろのプレートメイスを引き抜き、アニーとエドは拳を構えた。

 山道の脇から現れたのは、全長五メートル程の、巨大な、

 「グリズリー……!?」

 コギトが、愕然として呟いた。

 「熊公ってあんな大きくなるのか!?」

 エドがコギトの方を向かずに言った。

 「なる奴は、なるって聞くよ。……皆下がってて」

 そう言うと、コギトは三人を道の脇に寄らせた。

 コギトは三歩前、最前列に出て、構えずに立った。  

 「…………」

 コギトは、そこから動かずに、深めの呼吸を始めた。

 その場を静寂が包もうとして、

 グリズリーが、跳び跳ねるようにコギトに突撃してきた。呼吸が、唸りのように聞こえた。

 コギトは、グリズリーの腕の間合いに入る寸前に、両足を開いて、深く腰を落として、

 「シュアアァッ!」

 回転を加えて、左から振った『シルバーバトン』で両手首を切り落とし、そのまま一回転して、『シュトロームソード』で首を切り落とした。

 無印流剣術むじるしりゅうけんじゅつ奥義、『独楽こま』。

 グリズリーの首なし死骸は、四人が登ってきた斜面を二メートル程滑って、止まった。その首の付け根から、血がリズミカルに吹き出し始めた。

 「……ごめんなさい」

 コギトは、小声で謝ると、血が全く付いていない両手の剣をそれぞれ左右に振って、腰の左右に吊った鞘に納めた。

 「大丈夫だった?」

 コギトは振り向くと、三人に聞いた。

 「え、ええ」「う、うん」「お、おう」

 三人は、ぎくしゃくした動きで頷いた。

 四人は、山小屋に向かって歩き出した。

 

 「そうでしたか、異変の元凶を止めに……」

 山小屋にいた、物腰の柔らかな若い男は、事情を説明したコギトの言葉を繰り返した。

 「なら、私に出来る事をしないといけませんね」

 男は、表情を引き締めた。

 「出来る事、ですか?」

 コギトが首を傾げた。

 「ええ。こう見えても、ヒーラーの修行をこの山で始めて十二年です。ここで何も出来ないなんて嫌です!それっ!」

 自称ヒーラーの男は、四人に向かって両腕を広げるように、勢いよく振った。

 直後、四人の傷が、服ごと完全に回復した。

 「これは……!?」

 ハナが驚いて呟やき、四人は男を見た。

 「これが、ヒーラーの力……傷ついたものを癒す力です」

 「確かに、なんか、集中力も戻ってきたような気がする……」

 コギトは、両手を握ったり開いたりを繰り返した。

 「ん?……あ!皆、窓の外見て、外!」

 アニーが何かに気づいて、窓の外を指さした。

 三人が窓の外を見ると、そこには、中規模のカルデラ湖が広がっていた。

 「湖だ……」

 「それもだけど、あれ、ボートじゃない?」

 「え?」

 コギトがカルデラ湖をくまなく探すと、

 「あった、けどさ……」

 コギトが見つけたのは、

 「どっちかって言うと、漁船じゃない?」

 ボートというよりは漁船だった。

 「何それ?」

 アニーが首を傾げた。

 「海って知ってる?」

 コギトはアニーに聞いた。 

 「まあ、お話で読んだ事はある」

 「海に魚を捕りに……漁に出る時に乗る船の事だよ」

 「ふーん……」

 「で、おいお前、あの漁船?は何だ?」

 エドが男に聞くと、

 「ああ、あれですか?あれ、私が来る前からあったみたいなんですよね。昔は動かせたのですが、今は古くなってて、エンジンを直さないと動かすのは無理ですね……」

 「ヒーラーさんが来る前からですか?」

 「はい、コギトさん。……何でもこの辺り、大昔の天才ジョニー・コーディ博士の研究所があったと聞くので、おそらくは……」

 「ジョニー……!?」

 コギトは驚いて聞き返した。

 「どうかしたのですか?」

 「……ジョニー・コーディって名前の人が、私の父方の曾祖父にいるんです」

 「そうでしたか……。コーディは珍しい名字ですが……」

 「……多分、同一人物だと思います」

 コギトは、頷きながら言った。

 「そうでしたか。研究所の方は山の中にはなかったので、おそらくは、湖の底に……」

 「……とりあえずは、あのボートを修理してみないと、確かめようもないですよね……」

 そう言ったコギトの表情が、急に青ざめた。

 「ど、どうしました?」

 「……ハナちゃん……」

 コギトは、男を見ずに、ハナを見た。ハナも青ざめていた。

 「……うん、この気配は……」

 「草原の巨大ロボット」「草原の巨大ロボット」

 コギトとハナの声が、ピッタリ揃った。

 「何それ?」「なんじゃそりゃ?」

 「前に、私とロブ君とハナちゃんの三人で、草原で戦った四メートルくらいの巨大ロボットの事」

 「ロボットかなんだか知らねえけど、倒したんだろ?」

 「あの時は、物凄く硬くて強力な兵器があったから良かったんだけど……、というか、あれが無いと正直勝てそうにないの」

 ハナが首を横に振った。

 「こ、ここにいれば凌げるのでは!?」

 「家ごと潰されて終わりです」

 男の言葉に、コギトは首を振った。

 「じゃあどうすれば……?」

 「んなもん、決まってるだろ」

 エドがコギトに顎をしゃくった。

 コギトは頷いて、

 「……私達が囮になります」

 決意のこもった声で言った。

 「で、ですが……!」

 「他に方法がありません。……いいよね、皆」

 「そうね」「うん」「当たり前だろ」

 「ヒーラーさん、あなたはここにいてください。私達が、傷を癒してもらうのに必要です」

 「わ、わかりました……。一つだけ約束してください。……死なないでくださいよ」

 男の願いに、四人は無言で頷いた。

 

 コギト達四人は、小屋の外に出た。

 「どこから来る……?」

 四人は、背中合わせになって辺りを警戒した。

 「あ……!皆、前、前!」

 コギトが慌てた様子で言った。 

 「じゃあお前ら、四方に散れ。後で山小屋に集合、な」

 「うん」「ええ」「わかった」

 「じゃあ……、行くぞ!」

 エドがそう言った瞬間、四人は四方に散ろうとして、

 「っ!」

 コギトだけが、ロボットに突っ込んでいった。

 「えっ!?」「なっ!?」「馬鹿!何やってる!?」

 「いいから皆散って!」

 コギトは叫びながら両腰に差した『シルバーバトン』と『シュトロームソード』を引き抜いた。

 「シュ、アアアアアアッ!」

 コギトは、ロボットに猛然と切りかかった。

 右の剣で左から右へ切り裂き、その隙を埋めるように左の剣で左から右へ流れるように切り、左の剣で左斜め切り上げ、次いで右の剣で垂直切り上げ、切り返して、両手の剣を揃えて右斜め切り下ろし、ぐるりと一度左回転して、真一文字に切り払い、左の剣だけで右から左に水平切り、右の剣を逆手に持ってアッパーカットの要領で切り上げ、左の剣を左から右に、巻き戻しの映像のように水平切り、右手の剣を順手に持ち直して切り下ろし、両腕を重ねるように構えてから両腕を広げるようにして切り払い、一度右回転して左、右の順に左水平切り、急制動をかけて右水平切り、両手の剣を大上段に構えて、左、一瞬空けて右の順に切り下ろした。

 無印流剣術むじるしりゅうけんじゅつの原型の、剣術とは言い切れない技の奥義、『スプリーム・ストリーム』。 

 激流のような攻撃は全てロボットの体に吸い込まれるように命中したが、

 「くそっ!厚すぎる!」

 ロボットの装甲が厚すぎて、全く意味が成さなかった。 

 ロボットは、右ストレートを放った。拳が、コギトに飛んで、

 「がっ、あ……!?」

 コギトを、十メートル程吹っ飛ばした。

 「コギト――!……あ」

 ロボットが次に狙ったのは、アニーだった。

 「ぎゃふっ……」

 アニーは、拳一撃で気絶した。 

 「アニー……!PSIコオリγ!」

 ハナは、PSIコオリγを試みたが、

 「……大き過ぎて凍り付かない……!」

 全く意味を成さなかった。

 ロボットは、ハナを蹴り飛ばした。

 「げほっ!…………う」

 ハナは、大木に激突して気を失った。

 「チッ、駄目、か……」

 エドは、それでも諦めずに走り続けた。

 ロボットは、そんなエドを嘲笑うかのように飛び立ち、エドの行く先に降り立って、

 エドを、踏み潰した。

 ロボットが足を持ち上げて、止めにもう一度踏もうとした、その時だった。

 ずどがん。

 ロボットの頭に衝撃が走り、爆煙が包んだ。

 『おい……お前……!』

 ロボットは、声がした方を、爆発の原因が飛んできた方を向いた。

 『お前……、何をしようとしている……!』

 そこには、戦車があった。砲塔に空いた穴、砲口から煙が登っていた。ロブの声が聞こえていた。

 『お前が、お前が僕の友達をこんな目に会わせたんだな……!』

 戦車の砲塔が動き、真っ直ぐにロボットを狙った。

 それを見たロボットは、飛び立とうとしたが、

 『主砲、てえぇぇ―――――――――っ!』

 ロブが、砲撃した。三連射だった。

 一発目でロボットの胴体の中央に風穴を開け、二発目と三発目は胴体にめり込んで、爆発した。

 ロボットは、仰向けに倒れた。

 『皆!……くそっ、僕がもっと早く来ていれば……!』

                 ―続く―

 

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