最終章 トッダラゾキア
聖なる山へ
コギト、ロブ、ハナ、アニー、エドの五人で聖なる山トッダラゾキア、通称トッダ山に昇る事になった、その翌日。
「じゃあ、行こうか!」
旅荷物を背負ったエドが、気合い充分に言った。
その後ろには、沢山のチンピラのように見える若者がいた。
「あの、その人達は……?」
ロブが、軽く引きながら聞いた。
「ああ、俺の元子分達だ。マッドネスフィスト団は昨日解散して、見送りはしなくていいって言ったんだがなあ……」
エドは、呆れた様子で言った。振り返って、
「お前ら!見送りはしなくていいって言っただろうが!」
エドは、元子分達に怒鳴った。
「兄貴!俺達は兄貴に沢山世話になったんだ!それなのに、見送りの一つもしないだなんて、そんな事出来ねえよ!」
元子分の一人が言った。その周囲から、そうだ、そうだ、と同意の声が上がった。
「お前らの気持ちは嬉しいがな、それじゃあいつまでもゴロツキ扱いされるだけだ。俺は、情けなかった俺のケジメをつけに行くんだ。だから、お前らもケジメつけろ」
「……兄貴……」
「……心配すんなって、すげえ助っ人がいるんだ、すぐに帰ってくるさ。そん時は、もう一回だけ集まって、ばか騒ぎやろうぜ」
エドはそう言うと、コギト達に向き直った。
「……行こうぜ」
「ですね」
「……コギトだったか?敬語はいらねえよ。そんな扱いされる程、大層な事をやって来た訳じゃねえからよ」
エドは自嘲気味に笑いながら言った。
コギトは、一瞬だけ目を見開いて、
「……そうで……、そう。なら、フラットに話しかけるね」
少しだけ笑った。
「それでいい。……それじゃ、行こうか!」
エドが言った、その時だった。
「あ!お前らぁ!」
遠くから、声が聞こえた。
コギト達が声がした方を向くと、そこにいたのは、
「あれ、お爺さんだ」
ハナが呟いた。
「誰?」
アニーが首を傾げた。
「私達三人が草原で会ったお爺さん」
ハナが、アニーに老人の事を簡潔に紹介した。
老人は、老人らしからぬ速さでコギト達に駆け寄ると、
「お、お前ら、よくも戦車を放置しやがったな!」
顔を真っ赤にして怒鳴った。怒り心頭の様子だった。
「……あっ」
「『あっ』じゃねえよ畜生!遺跡の前に放置したまま、お前らどこ行ってたんだ!?」
「信じてくれないと思いますが……、マギカンティアという、どこもかしこもピンク色の世界に」
コギトが真顔で言ったのを見て、
「……ああ、そうかい……」
老人は、一気に疲れた表情になった。がっくりと崩れ落ちた。
「あの、大丈夫ですか……?」
コギトは、心配そうな表情で老人の顔を覗き込んだ。
「大丈夫じゃねえよ、もう……。あれだ、せめて、燃料代に、金貨一枚くれ」
「えっ……、修理費ではなくてですか?」
ロブが、驚いた様子で言った。
「ああ、燃料代だけじゃねえ。正確には、砲弾代もだ。装甲とかは、大方、あの巨大ロボットとの戦闘でぶっ壊れたと思ったんだろうが、全くの無傷だったよ」
「やっぱり戦車は最強ですね」
「否定はしない……。で、金貨は?」
老人は、掌をコギトに差し出した。
「あ、それなら……、どうぞ」
コギトは、ベルトに付けたポーチからがま口のような財布代わりに使っている袋を取り出すと、金貨を一枚取り出して、老人の掌に置いた。
「ありがとよ。これで、何とかなりそうだ」
老人はそう言うと、立ち上がって、その場から去ろうとした。
「……あの」
不意に、ロブが老人に声をかけた。
「……何だ、ボウズ?」
老人は、振り返ってロブに言った。
「……あの戦車、もう一度お借りする事は出来ないでしょうか……?」
「……また、あのロボットみたいなのと戦わなくちゃならないのか?」
「そうなるかもしれません。僕達は、この国から東に行った所にある、トッダ山に行くんです。そこには、これまでとは比べ物にならないような化け物がいるんです。……今は、少しでも多くの戦力が必要なんです。お願いします!もう一度だけ、戦車を貸してください!」
ロブは、深々と頭を下げた。
「……わかった。ボウズがそこまで言うなら貸してやらん訳でもない。だがな、戦車は、草原の遺跡の前に置かれっぱなしになってるんだ。ここから、湿地帯を迂回して草原まで戻らないといけないから、嬢ちゃん達と合流するには時間がかかるぞ。それでもいいのか?」
「っ……!」
ロブは、泣きそうな表情でコギトを見た。
「……いいよ、行ってきな」
「……ありがとう」
「いいって。あの戦車があれば、心強いから」
「……許可はもらいました。ついていきます」
ロブは、老人に向き直って言った。
「そうか草原まではここから二日間かかるが、それでもいいのか?」
「この国からトッダラゾキアまでは四日かかる。山の中腹で合流できるだろうさ」
エドが答えた。
「そうか。なら決まりだな。……行くぞ、ボウズ」
「あっ、はい!」
ロブは、老人に駆け寄ろうとして、コギト達の方に振り向いた。
「……ここで、一度お別れだけど、すぐに合流するからね!」
ロブはそう言うと、老人に駆け寄って、並んで歩き出した。
「……俺達も行くぞ」
「うん」「そうね」「ええ」
ロブが抜けた四人は、並んで歩き出した。
ロブと老人と、逆方向に歩き出した。
三日後の夜。
「兎鍋は続くよどこまでも……っと」
コギトは、借りた鍋の中身の、トマトソース味のスープを一まぜしながら呟いた。
コギト達四人は、トッダ山の麓にある、孤独を愛する医者の小屋にいた。
「しかし、何でこう兎に縁があるのかな」
コギトは、夕暮れ時に目の前に現れた兎を思い出しながら言った。
「おいしそうだな」
コギトの右隣から、この小屋の家主である、黒ずくめの医者が話しかけた。
「そうですか?」
「ああ。私だけだと、どうしてもインスタントの食べ物ばかりになってしまうから」
「……この世界、インスタント食品ってあったんですね」
「ああ。知らなかったのか?」
「ええ、今まで見た事はなかったですね」
暫くして、兎のトマトソース鍋が完成した。
「お前さん達は、トッダ山に向かうのか?」
夕食の兎鍋を食べながら、医者が四人に聞いた。
「はい」
コギトは頷きながら、短く言った。
「止めておきな。あそこは今、化け物がウヨウヨしているんだ。行っても命を落とすだけだ」
医者は、少しだけ厳しい口調で言った。
「その化け物の親玉を止めに行くんです」
ハナが、真剣な様子で言った。
「お前さん達が、か?」
「そうです」
アニーが、キッパリと言った。
「……そうか……。そういえば」
医者は、何かを思い出したかのような表情になってからエドを見て、
「お前さん、エド、だったか?前に、ここに大怪我した状態で来ただろう。傷の具合はどうだ?」
「……ああ、心配いらねえよ」
エドは、吐き捨てるように言った。
「……そうか。ならいいんだ。今日は、ここでゆっくり休んでいってくれ。いいか、くれぐれも死ぬんじゃないぞ?約束してくれ」
医者は、念を押すかのように言った。
その夜。
「そういえば、お前達は今いくつなんだ?」
エドが聞いてきた。
「えっと、私は十一歳ね」
ハナが言った。
「私は、先週で十二歳になった」
アニーは、少しだけ嬉しそうに言った。
コギトは、
「……数え間違えじゃなければ、十代、中頃でいいとは思うんだけど……」
首を捻りながら言った。
「何だ、随分曖昧な言い方だな」
「……昔、数えるのを止めていた時期があつたからね」
「何があったんだよ……」
「……口に出すのも嫌な事、かな」
「……そうか。俺は、十八だ。……このナリと老けた顔立ちだからよ、結構歳をサバ読んで働いた事があるんだ」
「……どうしてですか?」
「両親が残したカネが少なくて、にっちもさっちもいかなくなっちまったからだよ。ちょっと恥ずかしいから、言わせんなよ」
エドは、顔を少し赤くしてコギトを小突いた。
「まあ、そういうこった、明日はトッダ山に登るんだ、もう寝ようぜ」
「そうだね」「そうね」「そうだね」
エドの言葉に三人は頷くと、それぞれベッドや寝袋に入り込んで眠りに就いた。
―続く―
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