第八章 子どもだけの国 

PSIテレポート

 洞窟の中に、三人の少年少女が倒れていた。

 一人は、鴉の濡れ羽色の長い黒髪の、カーキ色のジャケットに黒いズボンを履き、丈夫そうなブーツを履いて、ポーチがいくつもついたベルトを巻いた少女だった。その右腰には銀色の四角い鍔の剣を、左腰には楕円形を横から押し潰したような鍔の剣を差していた。それぞれ、柄頭は穴が開いた楕円形だった。 

 もう一人は、短い銀髪で、赤いシャツに茶色いズボンを履き、少女とは少し違うデザインの丈夫そうなブーツを履いた、ポーチがいくつもついたベルトを巻いた少年だった。その右腰にはこの世界ではまず見かけないはずの物体が納められた革の帯――ホルスターがあった。

 最後の一人は、黒髪のショートボブの、ややくすんだピンク色のワンピースを着て、その下からジーパンを履き、二人とは違うデザインの丈夫そうなブーツを履いた、ベルトを巻いた少女だった。腰の後ろには、プレートメイスが二本差してあった。 

 三人の周囲には、大きくて丈夫そうなリュックサックが三つ置かれていた。

 「……う」

 長い黒髪の少女が呻いて、顔を上げた。杏仁形の大きな目かつ大きな黒い瞳、小振りだがよく通った鼻筋、桜色の薄めな唇が目を惹く顔立ちだった。

 少女は、辺りを見渡すと、

 「……あれ?」

 小首を傾げた。

 「ロブ君、ハナちゃん、起きて」

 長い黒髪の少女は、銀髪の少年、ショートボブの少女の順番に体を揺さぶった。

 「……う……」「……ん」

 ロブと呼ばれた少年と、ハナと呼ばれた少女はそれぞれ呻いて、ゆっくりと起き上がった。

 「ここは……?」「ここは……?」

 ロブとハナは、それぞれ辺りを見渡した。 

 「一つ言えるのは、ここはロブ君の国の近くじゃないって事だね」

 長い黒髪の少女はそう言うと、一番大きなリュックサックを引き寄せて背負い、立ち上がった。

 「どういう事、コギト?」

 ハナが、長い黒髪の少女を見て言った。

 「うーん……、わからない」

 コギトと呼ばれた少女は、困ったような笑顔で首を横に振った。

 「あ、こっちロブ君の、こっちがハナちゃんのね」

 コギトはそう言うと、それぞれのリュックサックを手渡した。

 「ありがとう……」「ありがと……」

 ロブとハナは、礼を言ってリュックサックを受け取った。

 「んで、何でロブ君の国の近くの洞窟と違うか分かるのかって言うと、壁の色だね。これ、明らかに鍾乳石の色なんだけど、ロブ君の国の近くの洞窟だと、灰色の岩だったんだ」

 コギトは、ペタペタと壁を触りながら言った。その岩の色は、橙色と肌色の中間の色、つまり鍾乳石だった。

 「そうなの?」

 「うん。……二人共、立てる?」

 「あ、うん」「大丈夫」 

 ロブとハナは、リュックサックを背負って立ち上がった。

 

 洞窟の曲がりくねった道を抜け、光が差す入り口を抜けると、そこは、

 「あら、やっぱり」

 コギトが呟いた。

 そこは、林の中だった。少し行ったところに、舗装された道があった。

 「どこ、ここ?」

 ハナが呟いた。

 「私にもわからない。とりあえず、この道を辿ってみよう。……どっちに行く?右?左?」

 「じゃあ、右」「じゃあ、左」

 ロブとハナが同時に行った。

 「…………」「…………」

 「ジャンケン、ポン!」「ジャンケン、ポン!」

 ロブとハナは、ジャンケンをした。

 ロブがパー、ハナがグーだった。

 「よし!」「っちゃあー……」

 「それじゃ、行こうか」

 コギトとロブとハナの三人は、舗装された道を右側に歩き出した。

 

 「あれ、国だ」「あれ、国だ」「あれ、国だ」

 三人の声が揃った。

 三人は、城壁を――国を見つけた。

 「って、あれ……?」

 コギトが、目を細めた。

 「どうしたの?」

 ロブがコギトに聞いた。

 「あれ、子どもじゃない……?」

 「えっ?」「えっ?」

 城門の前に、男の子が一人、立っていた。

 「今日こんにちは。どうしたの?」

 コギトは、男の子に話しかけた。

 「お、おまえわだれだ?」

 「私は、コギトと言います」

 「僕はロブ」

 「私はハナよ」

 「ぼくわもんばんだ。うわーん!」

 突然、男の子は泣き出した。大泣きだった。

 「ど、どうしたの?」 

 コギトが、珍しく慌てた。  

 「あーっ、またここにいたんだ!」

 突然、徒歩の旅人の通用口から、短い黒髪の少年と長い黒髪の少女が出てきた。コギトより年下で、ロブとハナより年上に見えた。

 「ダメじゃない!国の外に出たら!」

 少女が、男の子をたしなめた。

 「あ、あのー……?」

 コギトは、状況がイマイチ掴めていなかった。

 「あっ、旅人さん、ですか?」

 少年が三人に聞いた。

 「はい、私はコギトです」

 「僕はロブです」

 「私はハナです」

 三人は、それぞれに名前を名乗った。

 「あー……、そうでしたか」

 少年は、気まずそうに言った。 

 「あの、門番というか、入国審査官が見当たらないのですが……?」

 コギトが少年と少女に聞いた。

 「あの、実は……」「あの、実は……」

 「?」「?」「?」

 

 「そうでしたか……」

 コギト達三人は、城門の近くの宿屋のフロントにいた。テーブルの席に付いていた。

 三人は、自分達のお茶をプラスチック製のマグカップに淹れて、少年と少女と、お茶を飲みながら話をしていた。

 「はい……、朝起きたら、大人達が皆、一人残らずいなくなっていたんです」

 少年は、ぽつりぽつりと喋った。

 「あの、私、見たんです。真夜中に、黒雲みたいな影がこの国を覆ったの」

 少女が、せきを切ったかのように言った。

 「黒雲……」  

 コギトが呟いた。

 「何か、心当たりがあるんですか?」

 少年が、少しだけ身を乗り出した。

 「この……、ハナちゃんのお父さんとお母さんをさらったのも、黒雲みたいな影なんです」

 コギトが言って、ハナが何度か頷いた。

 「そうだったんですか……」

 少女が嘆くように言った。  

 そこに、十数人の子ども達が来た。

 「おにいちゃん、あそんでー」

 「おねえちゃん、だっこ!」

 「はいはい」「はいはい」

 少年と少女は同時に返事をすると、子ども達をあやし始めた。

 「……皆、面倒を見ているのですか?」

 ロブが、少年と少女に聞いた。

 「うん、まあね」

 「大人達がいなくなっちゃったから、私達と、他にも何人かが、国のあちこちで子ども達の面倒を見ているの」

 そんな会話をしていると、コギトの側に、一、二歳程の小さな子どもが二人歩いてきた。

 「…………」「…………」

 子ども達は、じっとコギトを見つめた。

 「ど、どうしたの?」

 「……おっぱい!」

 二人の内、女の子が言った。

 「ぼくもおっぱい!」

 もう一人、男の子も言った。

 「……ごめんねー、お姉ちゃん、おっぱい無いんだー……」

 コギトは、申し訳なさそうに言って、二人の頭を撫でた。

 その時だった。

 どこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 「ありゃ?」

 「おっと、お腹減ったのかな?皆、ちょっとごめんね」

 少年が一言ことわってから、立ち上がって、赤ん坊の側に行こうとして、

 「あ、いいよ。私が行く」

 代わりに少女が向かった。

 「…………」「…………」

 不意に、コギトとハナが立ち上がった。

 「コギトさん?ハナちゃん?」

 ロブが呼び止めようとしたが、

 「おにーちゃん、あそんでー」

 子ども達が取り囲んで、呼び止め切れなかった。

 

 「あれー……?オムツでもないの?」

 少女が、困った様子で言った。

 「どうしたんですか?」

 コギトが少女に聞いた。

 「この子、泣き止まないんです。ミルクかと思ったらそうでもないし、かといって、オムツでもないし……」

 「コギト、さっきの聞こえた?」

 遅れてやって来たハナが、コギトに聞いた。

 「あ、ハナちゃん。さっきのって事は、ハナちゃんも?」

 「うん……」

 ハナは、何度か頷いた。

 「あの、聞こえたって……?」

 「あ、いや……。そうだ、この赤ちゃん、何か不思議な事ってありませんか?」

 コギトが言いにくそうに言った。

 「不思議な……?うーん……。あっ、そういえば、揺り籠に置いていない物がいつの間にか置かれていたり、哺乳瓶がカタカタ揺れたりはしますね……」

 コギトとハナは、顔を見合わせた。

 「コギト……」

 「うん。多分だけど……、試してみる価値はあると思う」

 コギトはそう言うと、ハナと共に意識を集中し始めた。PSIテレパシーを試みた。

 『……わたし、は……』

 「おっ」「うん?」

 コギトとハナが、さらに意識を集中し始めると、

 『わたしは、このベビーのいしき。わたしのこえがきこえてますね』

 「!?」「!?」

 『わたしはベビー。はじめまして、コギト、ハナ。わたしのなまえはまだありません』

 「何だろ、赤ちゃんっぽくない……」

 ハナが、思わず呟いた。

 『そこはごあいきょう。あなたたちをここによんだのは、あなたたちにおしえたいPSIがあるからなのです』

 「教えたい、PSI?」

 コギトが首を傾げた。

 『そう。そのなはズバリ、PSIテレポート』

 「テレポート、ですか?」

 『これさえあれば、どこにだっていけますよ。コギトがさいしょにめざめたもりにだって、ロブのくににだって、ハナのくににだって、どこにでも』

 「便利ね!是非とも覚えたいわ」

 ハナが言った。

 『すなおでなによりです。では……、それっと』

 「お、閃いた」「お、閃いた」

 『あくようしてはいけませんよ』

 そう言うと、ベビーの意識の声は聞こえなくなった。同時に、赤ん坊は眠った。

 「……誰と話してたんですか?」

 少女が、コギトとハナに聞いた。

 「あー……、信じられないかもしれませんけど、この赤ちゃんの潜在意識とです」

 ハナが言った。

 「えっ?」

 「この赤ちゃん、PSI……超能力が使えるみたいですよ。よく無事でしたね」

 コギトもそんな事を言ったので、

 「そうなんですか……?」

 少女は、首をフクロウの如く曲げた。


 「さて、とりあえず、PSIテレポート、使ってみますか」

 コギトは、気を取り直して言って、PSIテレポートを試みた。すると、

 「えっ」

 コギトは、突然走り出した。

 「ええ――っ、ちょっと待ってここ室内!室内だからあああああああああああああああ!」

 コギトは悲鳴を上げ、そして、

 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 壁に盛大に激突にした。

 幸いにもコギトに怪我は無く、壁もあまりへこんでいなかった。

                 ―続く―

 

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