ドラゴンの試練
「そう言えば、さ」
玉座の間を退出し、入り口の扉に向けて歩きながら、コギトが口を開いた。
「二人共、クイーンの前で殆ど話さなかったよね。何で?」
コギトは、ロブとハナに聞いた。
「え?だって……」
ロブが言いにくそうにもごもごと喋り、
「緊張、してたんだもの……」
ハナが包み隠さずに全て伝えた。
「ああ、そういう事なのね」
コギトが、納得した様子で呟いた。
「とりあえずさ、どうする?このままドラゴンと戦いに行く?」
コギトが振り返って、二人を見て聞いた。
「いや……、緊張しちゃって疲れたから、明日がいいかな」
「ロブ君に同じー……」
「……そっか、そうだよね。あ、そうだ、ということはさ、今日もあの宿屋に泊まる事になるんだけど……」
「それが、どうかしたの?」
ハナが首を傾げた。
「今日夕飯と明日の朝ご飯もカレーライスになるけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」「大丈夫よ」
「そっか。……後、ご飯って食べてどう思った?」
「変わった味かな、と」「変わった味かな、と」
「息、随分合ってるね……。まあ、そうだよねえ……。麦とかパンとかと比べたら、変わってるよね」
実のない会話をしながら、三人は歩いていった。
翌日。
この日は、珍しくロブとハナがコギトと同時に起きた。それぞれ、念入りに武器の手入れをした。朝食はやはりカレーライスで、三人は、三日目のカレーライスを堪能した。
「女将さん、ありがとうございました。カレーライス、やっぱりとてもおいしかったです」
コギトが三人を代表して言った。三人は、ペコリと頭を下げた。
「うん、大丈夫よ。あれから、お客さん来なかったし」
「また、食べに来ますね」
「ええ、また、腕によりをかけるのをまってるわね」
女将は、とても様になっているウインクをした。
コギトは、今度はコンパスを見る事なく、魔物に出会う事もなく、三十もの井戸がある場所に辿り着いた。
「井戸、多すぎるでしょ、ここ……」
ロブがそんな感想を呟いた。
「でしょ?でも、どれが正解かは、覚えてるから、安心して」
コギトはそう言うと歩き出し、、井戸の中の一つの前で立ち止まった。
「これが正解?」
ハナがコギトに聞いた。
「そう。……先に言っとくけど、この中に飛び込まなくちゃいけないから、気を付けてね」
コギトはそう言うと、井戸の穴の上にひらりと身を乗り出して、落ちていった。
「ちょっ!?」「ちょっ!?」
ロブとハナは、慌てて井戸を覗き込んだ。真っ黒な穴が広がっているだけだった。
「大丈夫大丈夫、ここ、見た目よりずっと浅いから!」
コギトの声が井戸から聞こえてきた。
「…………」「…………」
二人は顔を見合わせると、
「ジャンケン、ポン!」「ジャンケン、ポン!」
コギトに教わったジャンケンをした。
ロブがグー、ハナがチョキだった。
「……それじゃ、お先にどうぞ」
「うう……」
ハナは井戸の縁に腰かけると、
「もうっ!」
悪態をついてから、井戸の底に滑り落ちていった。
「……でもこれ、最後が一番怖いんだぞ……」
ロブも、ハナと同じように落ちていった。
ロブが井戸の底に落ちてきたのを見て、コギトはリュックサックから掌に納まる程小型かつ高出力な、この世界ではオーパーツの部類に入る懐中電灯を取り出して、電源を入れた。
「便利ね、それ」
ハナが感心した様子で言った。
「まあね。最初にここに降りた時もこれ使ったぐらいだもん」
コギトはそう言うと、以前進んだ方向に明かりを向けた。
「……こっちで、合ってるね。」
左右を水の流れが早い用水路に挟まれた、まっすぐな赤レンガの道が照らし出された。
「ここから、一時間歩くよ。前に言った、巨大な鮫が出るかもしれないから、警戒を怠らないようにね」
「わかった」「はーい」
一時間後。
「……結局、鮫、出なかったわね」
曲がり角に辿り着いたハナが呟いた。
「まあ、ねえ……。さて、二人共、準備はいい?」
コギトは、リュックサックを降ろしながら、ロブとハナに聞いた。
「うん」「ええ」
二人は返事をすると、リュックサックを降ろした。
リュックサックは、纏めて左側の通路の入り口に置かれた。
「じゃあ……行きましょうか!」
コギト達は、やけに天井が高い広場にはいった。
「あれ、明るい……!?」
コギトは、怪訝な表情になって呟いた。以前来た時には、懐中電灯がないと何も見えない程暗かったからだった。
「あそこ!天井が崩れてる!」
ロブが指さしながら言った。天井が崩れて、明かりが差し込んでいた。
その時だった。
『何者だ』
広場の奥から、声が響いた。
コギト達が声のした方を見ると、そこには、
「……ドラゴン!」
コギトが呟いた。
広場の奥で眠るドラゴンは、全長八メートル程で、頭には二本の角が生え、鋭い牙を生やし、全身を紅い鱗や甲殻が覆っていた。背中には全身を覆える程の大きさの翼が生えていた。前脚、後ろ脚、共にとても発達していた。開いた瞳は、空色に輝いていた。
『何者だと聞いている』
ドラゴンは、空色の瞳でコギト達を見据えて言った。
「私は、コギトと言います!」
コギトは、凛とした表情で、大声で言った。
「僕はロブです!」
ロブもそれにならって大声で言い、
「私はハナ!」
ハナもそれに続いた。
『そうか。コギト、ロブにハナよ。何用だ』
ドラゴンが言った。
「あなたが、六つ目のメロディーを持っていると、クイーンリリーに教えていただき、ここに来た次第です!六つ目のメロディーを、教えていただく訳にはいかないでしょうか?」
コギトが、はっきりと言った。
『そうか、クイーンが……。ならば、我と戦い、見事勝利したならば、第六のメロディーを授けよう』
「望むところ!」
ハナが威勢よく叫んだ。
『我は、お前達の六つ目のメロディーを持っている……、取り返してみるがいい』
ドラゴンはゆっくりと起き上がった。コギト達を睨み付けて、
『出来るものならば!』
咆哮混じりに言った。
「オフェンスアップ!ディフェンスアップ!」
コギトは右腰の『シルバーバトン』を左手で引き抜くと、『シルバーバトン』を掲げて唱えた。
三人の体を、一瞬だけ琥珀色の光が包んだ。
『PSIホノオ、γ!』
ドラゴンは唱え、口から業火を吐いた。
「ちょっ!?……っ!サイコキノシールドβ!」
コギトがそう唱えると、三人の体を薄い殻のような膜が覆った。
「うわっ!?」「くっ!?」
ロブとハナが顔を覆ったが、
「あれ?」「あれ?」
いつまで経っても、二人が焼かれる事はなかった。
業火は、三人の眼前で止まって、後方に流れていた。
「コギト、これって!?」
「さっき閃いたサイコキノシールドの強化版だよ!」
コギトは、業火で音が通りにくかったので、叫ぶように言った。
PSIホノオγが止まった瞬間を狙って、コギトは走り出した。
『甘い!』
ドラゴンは、その発達した右脚をコギトに降り下ろした。
「ふっ!」
コギトは急ブレーキをかけて止まり、一歩飛び退いた。寸前までコギトがいた場所を、右脚が穿った。
『ぬっ!』
「たあああっ!」
コギトは右脚を駆け昇ると、肩の位置でドラゴンの顔面目掛けて飛び上がり、
「シュアアッ!」
『シルバーバトン』で鼻っ柱を切り裂いた。
『グッ!』
ドラゴンは、呻きながらもコギトをはたき落とした。
「ぐあっ!?」
「コギト!……っ!PSIコオリβ!」
それを見たハナが、プレートメイスを持った右手を突き出して唱えた。
ハナの右手の前に大きな氷塊が産み出され、ドラゴン目掛けて真っ直ぐに飛んでいき、
『グオッ!』
ドラゴンの腹に叩き込まれた。
「次は僕だね……五連装ペンシルロケット!」
ロブは、どこからともなく五本が一束に纏められたペンシルロケットを取り出して、一斉に発射した。ペンシルロケットは、全てドラゴンに命中した。
「どこから出したの、それ?」
ハナが首を傾げた。
「どこって、コギトさんが攻撃してる間に、リュックサックから取ってきたの!」
ロブが言った。
『中々、やるようだな!』
そう言うと、ドラゴンは飛び立とうとした。
「くそっ……」
コギトはよろよろと立ち上がったが、成す術が無かった。
「あれじゃあレーザーでも届かないじゃないのよ!」
ハナが悪態をついた。
「任せて!」
ロブは、『拳銃』をホルスターから抜くと、両手で構えた。ドラゴンの翼の付け根に狙いを定めて、
「当たれ」
祈るように言って、三発発砲した。
放たれた三つの弾頭は、真っ直ぐに飛んでいき、そして、
『ガアッ!?』
見事に、右の翼の付け根を貫いた。
ドラゴンは、激痛に耐えきれずに、落下した。
「シュ、アアアアアアアアアアアアアアア!」
コギトは、擦り切れるような雄叫びを上げると、左腰に差した『シュトロームソード』を、右手で音もなく引き抜いた。
「シュアアアアッ!」
コギトは、ドラゴンの側に駆け寄ると、顔面目掛けて、両手の剣を降り下ろした。
無印流剣術『双剣の型』奥義『双雪月花』。 剣の軌跡は、六芒星を描き、ドラゴンの角を切り落とした。
『……見事だ』
ドラゴンは、唐突に呟いた。
「えっ?」「えっ?」「えっ?」
三人は、ポカンとした表情になった。
『試練は、合格だ』
ドラゴンは、急に大人しくなった。
「私達の勝ちで、いいのですか?」
コギトが、首を傾げながら言った。
『ああ……。受け取れ。これが、六つ目のメロディーの楽譜だ。我は歌わん。自らが歌え、そして、歌い終え、覚えたのなら、譜面は返してくれ』
ドラゴンがそう言うと、コギトの前に、楽譜が現れた。宙に浮かんでいた。
「…………」
コギトは、両手の剣を左右に切り払うと、それぞれの鞘に納めて、楽譜を受け取った。
コギトは、楽譜を手にしたまま、二人の前に戻った。
「…………」「…………」「…………」
三人は、顔を見合わせると、
「やったね!」「やったね!」「やったね!」
それぞれ、右手でブイサインを作って突き合わせた。
「じゃあ……、」
ロブと、
「コギト、歌ってみて」
ハナが、コギトを真っ直ぐ見据えて言った。 「うん」
コギトは息を吸って、
Time is frow……
Looks wind and water……
Life is no forever……
Because I sing song of love and hopes ……
滑らかに歌い上げた。
『いい、歌だな……。眠くなってきた。譜面は、返して、くれ、よ……』
ドラゴンは、永い眠りに就いた。
「…………」
コギトは、ドラゴンの前まで行くと、
「お返ししますね」
一言添えて、譜面をドラゴンの顔の前に置いた。ロブとハナの前に戻ってきて、
「……行こうか」
「そうだね」「そうね」
三人は、広場から出ていった。
コギトは忘れてしまったが、かつて忘れ去られた男が座っていた穴の前に辿り着いた時。
「あっ!」
ハナが、突然声を上げた。
「な、何?どうしたの?」
コギトがハナに聞いた。
「ね、ねえ、ここから落ちるのよね?」
「うん」
「落ちた先は……?」
「あっ……」
コギトの顔から、血の気がさっと引いた。
「な、何?二人共、どうしたの?」
ロブが言って、コギトとハナがゆっくりとロブの方を見た。
「ここから落ちたら、ロブ君の国の近くに着くんだよ」
「え?……あっ」
「ロブ君も気が付いた?また草原を通り抜けなきゃいけないのよ……」
「うっわあ……」
三人を、重苦しい空気が包んだ。
「……ま、まあ、嘆いても仕方がないよ。とりあえず、行ってみよう」
「そうだね……」「そうね……」
三人は、どんよりした空気を背負ったまま、穴の中に飛び降りた。
―続く―
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