草原のセスナ
三日後。
コギト達は、無事に街道に辿り着き、それに沿って草原を目指していた。
朝、街道の脇を少し分け行った所で寝ていた三人の中で、いつも通りコギトが真っ先に起きて、
「さて、と。兎でも出てこないかなー、っと」
そんな事を呟いたが、兎は現れなかった。
三人の旅人が、焚き火が消えた跡を囲んで、携帯食料をお茶請けのようにして食べていた。
「おいしくない……」
ハナはそう言いながら、携帯食料をもそもそとかじった。
「ハナちゃん、ぼやかないぼやかない。仕方ないんだよ、獲物がいなかったんだから」
コギトはそう言うと、お茶を啜った。
「でも、三日続けて携帯食料は
ロブが言って、
「まあ、ねえ……」「でしょ?」
二人は同意した。
携帯食料を食べ終えて、お茶を飲み干して、焚き火の跡を片付けた、その後。
コギト達三人は、街道に出た。
歩き始めて、
「舗装された道って、こんなにいい事だったんだね……」
ロブがしみじみと言った。
「ロブ君それ街道に着いてから二十回目だよ」
コギトはそれに対して、八回目のツッコミを入れた。
「でも、歩きやすいのはいい事よね」
ハナが、舗装された街道の道を
「まあ、ね。その代わりに、モグラなんかが土を掘れなくなるんだけどね」
コギトがそう言った、その時だった。
「っ、敵だ!」「敵!?どこから!?」
コギトとハナが同時に言って、それぞれの武器に手を伸ばした。
「うそ!?」
ロブも、少しだけ遅れて『拳銃』に手が伸びた。
三人は、それぞれの死角を補うために、それぞれの武器がすぐさま使えるように多少の距離を取って、コギトが前方を、ロブとハナが後方を見るように、三角形になって並んだ。
暫くして、
「上か?」
コギトがちらりと上を見ると、
「やばっ!二人共、上だ!」
コギトはそう言うと、右腰の『シルバーバトン』を左手で引き抜いた。
「上!?」「えっ!?」
ロブとハナが振り向いて上を見ると、そこには、
「何あれ?」「え、円盤?」
小さな銀色の円盤が浮いていた。
円盤は、PSIレーザーγをハナに向けて放った。
「させない!」
コギトはハナを庇うようにして右ステップを踏んだ。レーザーはコギトのジャケットの左上のポケットに付けられたバッヂに集束して、円盤に向かって跳ね返った。レーザーは、円盤に命中した。
その瞬間、ハナの目が見開かれて、
「PSIレーザーβ!」
ハナは、そう唱えながら円盤に右手の掌をかざした。
びきゅん。
掌からペールイエローのレーザーが放たれ、円盤を撃ち落とした。
「う、うわわっ!?」
その後ろで、ロブがあわてふためいた声を上げた。
コギトとハナが振り向くと、ロブが、かつてコギトがロブが住んでいた国で目撃したロボットに酷似したロボットに向かって発砲していた。
「あいつ、あの時の!?」
コギトは思わず声を上げたが、
「ロブ君、一旦止めて!」
そう言ってロブの隣に立った。
「えっ!?」
ロブは驚きながらも発砲を止めた。
「よし……、オフェンスアップ!」
コギトは、ロブの手を取って言った。コギトとロブの体を、一瞬だけ琥珀色の光が包んだ。
「いくよ!」
「えっ?えっ?」
「私と一緒に飛び蹴りして!」
「そっか、わ、わかった!」
コギトとロブは、同時に少しだけ腰を落として、
「シュッ!」「たっ!」
飛び上がって、
「ディエエエエエエエイ!」「たああああっ!」
叫びながら飛び蹴りを叩き込んだ。
蹴りはロボットの頭部と左肩にぶち当たり、ロボットを吹っ飛ばした。
ロボットは、動かなくなった。
「何なのよ、コイツら……」
ハナが、一ヶ所に集めた円盤とロボットの残骸を見ながら言った。
「わからない。でも少なくとも、コイツに似た奴は見た事あるよ」
コギトは、ロボットを『シルバーバトン』の切っ先でつつきながら言った。
「コギトさんが、真夜中に見たっていう?」
「そ、よく覚えてたね、ロブ君」
「で?コイツら、どうするの?」
ハナが、残骸を睨み付けながら言った。
「うーん……」
コギトは暫く考えてから、
「そうだ、ハナちゃん、レーザーβって言ってたよね?」
「あ、うん。まあ、ね。コギトがレーザーγを跳ね返したのを見たら閃いた感じかな」
「あれってさ……」
コギトはちらりと円盤の残骸を見て、
「円盤、半分消し飛ばしたよね」
「あ……」
ハナが声を漏らして、
「なんか、嫌な予感……」
ロブが呟いて、
「うん。レーザーβで、消し飛ばしちゃって」
コギトが、ちょっとだけ笑いながら言った。
「やっぱり」「やっぱり」
その少し後に、びきゅん、びきゅん、とレーザーβが放たれる音が二回響いた。
その一時間後。
「うわあ……!」「すごい……!」「壮大ねえ!」
コギト達三人は、それぞれ思い思いに感嘆の声を上げた。
コギト達は、街道を抜けて、短い草が生えた草原に出た。
草原は、地平線まで続いていて、先が見えなかった。
「それで、ここに辿り着いたらどうすればいいの?」
コギトがハナに聞いたが、
「え?……わかんない」
そんな返事が返ってきた。
「あー……、ひょっとして、ただ『北東に向かえ』って感じだったの?」
ロブがおそるおそる聞くと、
「そう……」
そんな返事が返ってきた。
「…………」「…………」「…………」
三人は黙り込み、
「とりあえず、まっすぐ進んでみようか」
「そうだね……」「そうね……」
まっすぐ進む事になった。
その二時間後。
「うあー……、これ、本当に進んでるの?」
「コギト、それ言わないで。私も自信なくなってきた……」
「人影どころか、敵影もない……」
コギト、ハナ、ロブの順番に、三人はぼやいた。
それでも三人は、何とか歩き続けていた。 その時だった。
「うん?」「あっ!?」「あれは……!?」
三人は、一斉にそれに気がついた。
どこまでも続く広大な草原の真っ只中に、巨大な倉庫が二つ隣接された一軒家が見えてきた。
一軒家に近付いてみると、一人の老人が、コギトがこの世界では絶対に見かけないだろうと思っていた物を、長い棒の先端に雑巾のような布を付けた物で小躍りするかのように洗っていた。
左右に板が広がっていて、胴体は細長く、その先端にはプロペラが、さらに後端には上に伸びた短い板が付いて、車輪が付いているそれは、
「せ、セスナ機だ……」
コギトは、驚愕のあまりあんぐりと口を開けた。
「せすな?」
ハナが言葉の意味がわからずに呟くと、
「セスナ機。軽飛行機の事、なんだけど……まさか、この世界に飛行機なんて存在しないでしょ?」
コギトがそう言ったが、
「いいや」
ロブが一言で否定した。
「えっ?」
「この世界って、大昔に大きな戦争があったんだって、僕が住んでいた国の国立図書館の最重要機密事項が書かれた本のコーナーにあった本に書いてあったよ」
「へえ……って、何でそんな事知ってるの?」
「忍び込んだ」
ロブは、何故か自慢気に言った。
「それ、バレたらヤバイんじゃないの?」
ハナが呆れた様子で言った。
三人がそんな力の抜けるやり取りをしていると、
「おーい!お前達!遠巻きに話してないで、こっちに来ないか!」
老人に呼ばれた。
コギト達三人は老人に招かれ、家の中に入ってお茶を飲みながら話をする事となった。
それぞれが自分が持っていたお茶を淹れて、テーブルについてから、
「そうか、まさかお前さん達みたいな子どもが旅をしているとはな……、世界も平和になったもんだ」
老人は、しみじみと言った。お茶を一口飲んだ。
「あの、あなたが先程洗っていた物なんですが……」
コギトが、おそるおそる聞くと、
「ああ、軽飛行機の事か?俺の所有物さ」
「軽飛行機と言うのですか?」
ロブが、ほんの少しだけ身を乗り出して聞いた。
「なんだボウズ、興味あるのか?あれに」
「はい、勿論です!」
ロブは、元気よく答えた。
「ふふ、軍事物、好きなのか……。あれは、大昔の大戦で使われた戦闘機を、いらないからと、俺がもらい受けたのさ」
「……セスナが魔改造されて戦闘用に、か」
コギトが呟いた。
「セスナ?」
「あ、いえ、こっちの話です。……あの、その大戦の事なんですが……」
「何だ?」
「その跡が、どこにも見当たらないと言いますか……、まるで、皆が皆、それを忘れているみたいな気がするのですが……」
「どうしてそう思う?」
老人の問いに、コギトはお茶で口を湿らせて、
「……私は、戦争の跡って、どんな形であれ多少は残ると思うんです。例えば、もう二度と、こんな事してはいけない、みたいな戒めとして、だとか。……それなのに、風化するのが早すぎます」
「はは、まあ、な。だって、」
老人はそこで一呼吸入れて、
「その戦争は、二百年前の事だからな」
「……へ?じゃあ、あなたは?」
コギトは、椅子ごと一歩後ずさった。
「大戦時の悪魔の技術が産み出したクローンさ。寿命は、確か二万年だったかな?」
老人は、肩をすくめて、自嘲気味に言った。
「そうでしたか……。納得しました」
コギトとハナが青ざめる中、ロブだけが、納得したように頷いた。
「何で?」「何で?」
「……さっき言った本には、大昔ってだけしか書かれてなかったんだ。でも、それって大体は何十年か前か、本当に大昔の事に対してしか使われないでしょ?なのに、コギトさんが言ったように、風化するのが早すぎるな、って」
「ははは、ボウズ、お前頭いいな」
老人は実に愉快そうに笑った。
「ありがとう、ございます」
「あの、どうして老人の姿に?」
ハナが聞くと、
「だって、この格好の方が、色々知ってても誤魔化せるだろ?」
そんな答えが返ってきた。
「……まあ、たしかに」
「さて、久々に笑わせてくれたお礼だ、表の軽飛行機に乗せてやるよ」
「いいんですか!?」
「いいんですか!?」
「いいんですか!?」
三人の声が揃った。
「うっ……ひゃああ――!高――い!」
ロブが叫ぶように言った。
「これは……気持ちいいわね!」
ハナも嬉しそうに言った。
コギトはというと、
「二人共、楽しそうだね……。でも、これはいいね……!」
同じく楽しそうだった。
「ん?」
コギトが急に下を覗き込んだ。
「どうしたの、コギト?」
「今、変な形の木が……」
「いやっほおおお――――!」
ロブが半分おかしくなりかけた所で、遊覧飛行は終わった。
「貴重な体験、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
三人は、ペコリと頭を下げた。
「いいんだよ、別に。たまにはコイツを飛ばさないとな」
「あの、遊覧飛行の途中で、変な形の木を見かけたのですが……」
「あー、
「ええ、これから……」
「なら、見に行ってから、戻ってきてくれないか?……イイモノ用意しておくからさ」
草原の小高い丘に、一本の木が生えていた。
その木には、顔がついていた。
寂しそうな表情だった。
小高い丘に、三人の人間がやって来た。
コギト、ロブ、ハナの三人だった。
「なるほど、たしかに人面木、だ」
コギトは呟いた。
「おまけに根が足みたいになってる……」
ロブがそう呟いた、その時だった。
「あれ、何だろ……」
ハナがそう言って、耳をそばだてた。
「どうしたの?」
コギトがハナに聞いた。
「……コギト、テレパシーって、できる?」
「ああ、うん……」
コギトは生返事をして、意識を集中し始めた。すると、
『あ、声、聞こえますか?』
木から声が聞こえてきた。
「うおっ、喋った」
コギトが驚いてのけ反った。
『……歌を、聞いてくれる?』
「ああ、うん、はい……」
『それじゃあ……』
Because I sing……
人面木はそれだけ歌うと、喋らなくなった。
コギトは、一息吸うと、
Time is frow……
Looks wind and water……
Life is no forever……
Because I sing……
滑らかに歌い上げた。
「うん、メロディーは合ってるね。さて、戻ろっか」
「そうだね」「そうね」
三人は、丘を下り始めた。
―続く―
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