金属生命体

 コギトが繁華街で見つけた頭が吹っ飛ばされた遺体を回収した、その翌日。 

 成金の傲慢な老人から鍵を受け取ったコギト達三人は、住宅街の北にある、少しだけ寂れた屋敷の前にいた。

 「もう既に気味悪いんだけど……」

 ハナは、二の腕をさすりながら言った。

 「ハナちゃん、もしかしてお化けとか苦手?」

 コギトがハナに聞いた。

 「まあ、ちょっとだけ、ね……。ロブ君は?」

 「……うーん、得意でも苦手でも無い、かな」

 「なーんだ、つまんないの」

 「つまんないって……」

 ロブは苦笑した。

 「はいはい、そろそろ入ろう。……雨降りそうだし」

 コギトが空を見上げて言った。先程まで快晴だったのだが、今は鼠色の雲が覆っていた。

 「うわー、なんか、いかにも『これから閉じ込めますよー』みたいなかんじね」 

 ハナが実に嫌そうに言った。

 「たしかに。でもまあ、行かないといけないわけだし」

 コギトは苦笑しながら言うと、ジャケットの左下のポケットから鍵を取り出して、観音開きのドアの右側にある鍵穴に差し込んだ。鍵を左回りに回すと、カチリ、と音がした。

 「ま、こないだまであのジサマが住んでたわけだし、開くよねえ……」

 コギトはそう言うと、ゆっくりと扉を開けて中に入っていった。ロブとハナも、それに続いた。

 

 屋敷の中は薄暗かったが、、無人になる前からかなり手入れがされていたのか、埃はほとんど積もっていなかった。

 コギト達は、それぞれがそれぞれの死角を補うようになるべく固まって屋敷を調べ始めた。

 「意外だ……」

 コギトはそれだけ呟くと、周囲を見渡した。

 「やれやれ、あのジサマ、見取り図すら教えてくれなかったからなあ……」

 コギトがぼやいていると、

 「そんな条件で引き受けるコギトがお人好しなだけよ」

 ハナがバッサリと言い放った。

 「はは、たしかに」

 コギトが苦笑したその時、コギトの左手前のドア勢いよく開かれ、ゾンビが二体飛び出してきた。

 「…………」

 コギトは無言で右腰の『シルバーバトン』を音も無く抜くと、

 「ほい、ほいっと」

 気軽な声をだしながら、ゾンビの首を撥ね飛ばした。そのたった二撃で、二体のゾンビは文字通り土に還った。

 「……なんでそんなに簡単に割りきれるの」

 ロブがコギトに言った。

 「うーん……、何でだろう……、そりゃあ、こんな事しなくていいならしないよ。でも、しないといけなかったからかな」 

 コギトはそう言って、『シルバーバトン』を鞘に落とし込んでから先に進み始めた。

 その体は、ほんの少しだけ、誰にも気づかれない程度に震えていた。

 

 コギト達が進んでいると、

 「これまた豪華なドアだねえ……」

 行く手に、派手な彫刻がなされたドアが立ち塞がった。

 「な、なんか、ゴテゴテしすぎて気持ち悪いよこれ……」

 ロブが物凄く嫌そうに言った。

 「奇遇ね、ロブ君、私もよ。……それに」

 ハナは同意して、それからコギトを見た。

 「……うん、なんだか、ヤな雰囲気が漂ってるね」

 「そ、そうなの?」

 ロブは、改めてドアを見たが、

 「そうかな?」

 特にコギトの言う『ヤな雰囲気』は漂っていなかった。

 「いや、何て言うかな、スターマンとかが出してる『敵の気配』みたいな感じの何かがドアの向こう側から漏れ出してるんだ」

 「それもPSIの力?」

 「多分、ね」

 「…………」

 それを聞いたロブの表情が、ほんの少しだけ曇った。

 「ロブ君?」

 「あ、な、なんでもないよ。それで、どうするの?そこの部屋って、入るの?」

 ロブは慌てて話を切り替えた。

 「うーん……、ほっとくって手もアリなんだけど、それで『解決』って訳にはならないだろうし……、開けて、中に入る」 

 「……やっぱりかあ」

 ロブは天を仰いだ。少しだけそうして、

 「まあ、行ってみようか」

 そう言った、その時だった。 

 『ヒヒヒ引き返せ、死ぬぞ?コギト、ロブ、ハナ。ヒッヒッヒ』

 「っ!」「わっ!?」「きゃっ!?」

 不気味な声が響き渡り、三人はそれぞれ驚いたが、その後、声は聞こえなくなった。

 「な、なんなのよ……?」

 ハナが呟いた。声は震えていた。

 「この屋敷に住む事にした悪霊とかかもね?」

 コギトは若干面白がって言った。 

 「や、止めてよコギトさん……」

 「……ごめん、冗談キツかったね」

 「そうだよ」「そうよ」

 「ごめんごめん」

 コギトは、両手を合わせて謝った。

 「……さて、開けてみますか」

 コギトはそう言いながらドアに向き直った。

 ドアノブに手をかけると、

 『ギャーッ!』

 「………」「うわっ!?」「きゃっ!?」

 悲鳴が響き、ロブとハナが抱き合った。

 「あっ、ご、ごめん!」「あ、ごめんなさい!」

 二人は慌てて離れた。顔が赤くなっていた。

 「……なしたの?二人共」

 コギトが振り向いて聞いた。

 「なんでもない!」「なんでもない!」

 二人は、顔を真っ赤にして言った。

 「う、うん?」

 コギトは首を傾げて、ドアノブをひねって、ドアを開けた。

 

 ドアの向こうの部屋は、ガラス製の背が低いテーブルを挟んでソファーが向かい合っていた。左腰に片刃曲刀、左手に盾を装備した甲冑と、奥の部屋へと続くドアがあった。

 「へえ……、ソファーの趣味、好きだな……」 コギトは、ソファーの背もたれに触れながら言った。

 「まあ、見た感じ、応接室、よね」

 ハナは、部屋にある調度品を見て言った。

 かしゃん。

 「あれ、今……」

 「何、ロブ君?」

 コギトとハナがロブを見ると、ロブの顔は青ざめていた。

 「か、甲冑が……」

 「甲冑が?」「甲冑が?」

 「動いたような……」

 その時だった。

 かしゃ、かしゃん。

 「っ!」「へ?」

 「あっ……」

 コギトとハナが振り向くと、甲冑が動き出していた。

 「ハナちゃん下がって!」

 コギトはハナを庇うように前に出た。

 甲冑は、三歩前に出ると、  

 『私の名はスーザンと言います。コギトは、どなたですか?』

 コギトが一歩前に出て、

 「……私ですが、何でしょうか」

 『私は、貴女を抹殺しろと、サンドロス様の命を受けています。私は、卑怯な戦いはしたくないのです。……尋常に勝負を』

 女性の声でスーザンと名乗った甲冑はそう言うと、左腰に差してあった、鍔に美しい彫刻がなされている片刃曲刀をしゃりいん、という音を立てながら抜いた。

 「……わかりました。ロブ君、ハナちゃん、よっぽどじゃない限りは手出しは無用だよ」

 コギトはそう言うと、ハナをさらに下がらせて、ロブとハナを部屋の隅に下げさせてから『シルバーバトン』を音もなく引き抜いた。左足を前に半身になり、『シルバーバトン』の刀身を体に隠すように構えた。無印流剣術むじるしりゅうけんじゅつ基本の構え。 

 スーザンは、左手の盾を前に刀身を隠すように構えた。

 「…………」『…………』

 コギトとスーザンはぴたりと動きを止めた。 ロブとハナが見守る中、暫くの間そうして、

 『ハアアッ!』

 スーザンが気合いのこもった声を上げ、ガラス製のテーブルを踏み割りながら突っ込んだ。曲刀の間合いにコギトが入った瞬間、盾の影から横薙ぎに曲刀を振った。

 「っ!」

 コギトは、それを伏せる直前になるようにしゃがんで避けて床スレスレのローキックをスーザンの右足首に叩き込んだ。

 『うわっ!?』

 「シュアッ!」

 コギトは擦れるような気合いと共に、立ち上がるようにして斬り上げ、盾を持った左腕を肘から切り落とした。それを見てから、コギトは飛び退いた。

 「……終わりですか?」

 コギトはスーザンに言った。

 スーザンは、無言で、ゆっくりと立ち上がった。 

 『……申し訳、ありません』

 スーザンが一言謝ると、切り落とされた左腕と左手が持っていた盾が溶けた。

 「!?」

 コギトがそれに驚いた瞬間、左腕と盾が溶けて出来た液体金属が、左腕の切り口に飛んでくっつき、新たに左腕を形成し、さらに盾だった液体金属が片刃曲刀を形成した。 

 『私は貴女の事を少々舐めていたようです。ここからは、本気でいく事に致します』

 スーザンはそう言うと、左腕を突き出し、右腕を引くようにして構えた。

 「……はは、ヤバイな、多分」

 コギトは、顔をひきつらせた。

 『では……参ります!』

 スーザンはそう言うとコギトに突っ込んで、左の曲刀を上段、右の曲刀を横薙ぎに振った。

 コギトは、上段斬りを左ステップで回避し、横薙ぎに飛んできた斬撃をしゃがんで回避。

 「シュッ!」

 コギトは鎧の足の側面にある隙間に『シルバーバトン』の切っ先を突き刺して、足首を切り飛ばした。

 『申し訳ありません、効きません』

 足首はすぐに再生した。

 「やっぱり!」

 コギトは、飛び退いて距離を取って構え直した。

 スーザンは再びコギトに突っ込み、右斜め、左斜めに斬り降ろした。

 「シュアッ!」

 コギトはしゃがみながらスーザンを左足で蹴り飛ばした。スーザンの斬撃が空を切った。

 コギトが蹴り飛ばし、へこんだ跡は元に戻らなかった。

 「あっ……!う、うああああああああああ!」

 ハナは急に叫ぶと、腰の後ろに差してあったプレートメイスを両方引き抜きながらスーザンに突っ込んだ。

 「ハナちゃん!?」『何!?』

 「たあっ!」

 ハナは、メイスをスーザンの鳩尾みぞおちに叩き込んだ。鎧が大きくへこんだ。

 その跡は、再生しなかった。

 「えっ!?」  

 コギトはそれを見て驚いた。

 「うおおおおっ!」

 ハナは雄叫びを上げながら両手を広げた。

 「猛火怒涛もうかどとうの型ぁ!」

 ハナはそう叫ぶと、メイスを左右交互に降り下ろし始めた。

 『ぐっ!』

 スーザンは当然防御したが、

 どがががががががががががががががががが。

 ハナはそんな事お構い無しに降り下ろし続けた。

 やがて、スーザンの両手の剣は叩き折られ、打撃を全て受けるようになった。

 「はあぁ!」

 ハナは、止めにと、両手のメイスを同時に打ち込んだ。

 その頃には既に、甲冑は見るも無惨に破壊されていた。

 スーザンは、動かなくなった。

 

 暫くの間、スーザンが再生するのではないかと警戒してから、

 「……ハナちゃん、どうして飛び出したの?」

 コギトは、首を傾げながらハナに聞いた。

 「……だって、この甲冑、打撃のダメージが回復していなかったんだもの」

 ハナは、甲冑をメイスでさしながら言った。

 「まさか、コギトさんのキックだけで気づいたの?」

 ロブがハナに聞いた。

 「まあね。……私達の中で、純粋な打撃攻撃ができるのって、私だけよ?ロブ君の『拳銃』は、へんな所に跳ね返りそうで怖かったし」

 「へええ、跳弾なんてよく思い付いたね」

 コギトは感心した様子で言った。

 「ちょうだん?」

 ロブが首を傾げた。

 「ああ、簡単に言うと、弾が跳ね返って、狙った場所と別の場所に飛ぶ事だよ。……ロブ君、今度から撃つ方向とか、撃つ相手とか気をつけてね?」

 「はい……ん?」

 「どうしたの?」

 「そこの、ドアの方から何か……」

 ロブが指さしたのは、奥へ続くドアだった。

 

 コギトがドアを開けると、部屋の中にはピアノが鎮座していた。勝手に鳴っていた。

 「ひっ!?」

 ハナが、ビクリと震えた。

 その瞬間、ピアノの音がぴたりと止まった。

 「…………」

 コギトは、部屋の中に入った。ロブとハナもそれに続く。

 『……ありがとう』

 どこからともなく声が聞こえてきた。穏やかな、男の声だった。

 『ありがとう、あの甲冑を倒してくれて。お礼に、最近知った、ワンフレーズだけの曲を教えてあげるね』

 声はそう言うと、

 

 ……Life is no forever……

 

 そう聞こえるような曲を弾いた。

 「あっ……!」

 コギトは、目を見開いた。息を吸って、

 

 Time is frow……

 Looks wind and water……

  Life is no forever……

 

 「うん、前の三つのメロディーとも合うね」

 滑らかに歌って、言った。

 『……その、歌は?』

 「……私にも、よくわからないんですけど、多分、この歌を集めると、何かが起こると言われて集めてるんです」

 コギトは微笑みながら言った。

 『そっか……。いい歌声を聞かせてくれたお礼に、ここにはびこっている化け物共の事は任せてくれないかな』

 「いいんですか?……その前に、出来るんですか?」

 『まあね。こう見えて、色々出来るからね』

 「……どうする?」

 コギトは、ロブとハナを見た。

 「正直、もうヘトヘトね……。帰りたいわ」

 「ハナちゃんに同じ……」

 ハナとロブは、疲れきった様子で言った。

 「そういう訳ですので、よろしくお願いしますね」

 コギトは、どこにでもなく言った。

 『うん……、気をつけてね』

 

 コギト達が屋敷の外に出ると、空は晴れ渡っていた。

 「ああ……、空気が澄んでいる」

 ハナが、溜め息混じりに言った。

 「そうだねえ……」

 ロブもそれに続いた。

 「…………」

 コギトは、

 「……一つ、判った事がある。敵には、サンドロスという存在がいるって事だね」 

 それだけ言うと、ドアを閉め、鍵をかけた。

   

 コギト達が出ていった後。

 ゾンビや悪霊達の前に、人の形をした影が立ち塞がった。

 『さて……、全滅してもらおうか』

 影はそう言うと、右腕を針のように鋭く伸ばして、魑魅魍魎ちみもうりょうに突っ込んでいった。

                 ―続く―

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