鍛冶師

 翌日。

 コギトとロブが泊まっている宿屋の前で待ち合わせをした三人は、朝市が行われている商店街に向かった。

 「どうして商店街に行くの?」

 ハナがあくびをしながらコギトに聞いた。

 「ん?あー……刃物屋さんはどこにあるのか宿屋の主人に聞いたら、商店街に普通にあるって言ってたからかな。で、朝市をやってるって聞いて、善でも悪でも急げって事で」

 「ふーん……」

 「ナイフ、痩せちゃったの?」

 ロブが言った。

 「ん?いや……、刃物屋は語弊があったね」

 「というと?」「どういう事?」

 「刃物屋、じゃなくて、武器屋だね」

 

 「刀剣鍛冶?」

 武器屋の店主は聞き返した。

 「そうです」

 コギトは頷きながら言った。

 「ふむ……」

 店主は、顎をさすりながら考え始めた。暫くして、

 「アテは確かにあるが……またどうして?その腰の剣が駄目になりかけてるのか?」

 「まあ、そんなところですね」

 「そうか……。わかった、紹介状と地図を書くから、ちょっと待っててな」

 店主はそう言うと店の奥に引っ込んだ。

 「……コギトさん、その剣、まだ使えるんじゃあ……」

 ロブが小声で言った。

 「だって、言えないでしょ?ドラゴンの甲殻を使って剣を作ってもらいに行く、だなんて」

 コギトも小声で言った。

 「……まあ、確かに」

 「でしょ?」

 そんなやり取りをしていると、店主が戻ってきた。

 「お待たせ。紹介状と地図ね。……それと、一つ忠告しておく事が」

 「何ですか?」

 「例の鍛冶師な……気難しい所があるんだ。気を付けてくれよ」

 それを聞いた三人は、何とも言えない表情になった。

 「……わ、わかりました」

 コギトが、代表して言って、紹介状と地図を受け取った。

 武器屋の店主に紹介された場所は、ユキ国の山奥の村だった。

 

 ハナのやや軽装な荷物を用意して、三人は鍛冶士がいるという場所に向かったのだが、

 「ここからは雪かきされてないのかあ……」

 ロブがげんなりした様子で言った。

 「まあ、仕方無いよ。行かないと始まらないんだから。……行こう」

 「だね……」「ええ」

 

 コギト達が山奥の村に辿り着いたのは、正午を回った少し後だった。

 「つ、つかれ、た……」

 ロブは、ヘトヘトになっていた。

 「ロブ君、大丈夫?」

 ハナがロブに言ったが、

 「あんまり大丈夫じゃない……」

 ロブからはそんな返事が返ってきた。

 「も、もう少しだからさ、ロブ君、頑張ろ?」

 コギトはロブを励ました。

 「うん……」

 「じゃあ、行こっか」

 コギト達は、紹介された鍛冶師の元へ、ロブの体力を気にしながら急いだ。

 

 熱された玉鋼に金槌が降り下ろされ、金属質の澄んだ音が何度も何度も響き渡った。

 幾つもの工程を経た玉鋼は、少しずつ伸ばされ、肉厚の諸刃の直剣へと姿を変えていく。

 「……ふう」

 金槌を降り下ろしていた老人が溜め息をついて、降り下ろすのを止めた。

 「……出来た」

 老人はそう言うと、出来たばかりの、研がれてもいない剣に頭を少しだけ下げて祈った。  いい剣となりますように、と、打ち始める前と同じように。

 「……すいませーん、ごめんくださーい……」

 不意に、女性の声が聞こえた。店として使っている部屋からだった。

 「……誰だ?」

 老人はそう言うと祈りを早々に切り上げて、店に向かった。

 

 「あれ、留守なのかな?開いてたのに……」

 コギトはそう呟いた。その後ろには、息も絶え絶えなロブと、疲れた様子のハナがいた。

 「……二人とも、大丈夫?」

 「も、もう無理……」

 「ロブ君程ではないけど同じく……」

 「お、お疲れ……」

 三人が力が抜けた会話をしていると、

 「はーい……」

 店の奥から老人の声が聞こえた。

 「あ、留守じゃなかった」

 コギトがそう呟いて少ししてから、作業着姿の老人が姿を現した。

 「……子どもが何か用かな?」

 老人は、開口一番にそう言った。

 「あの……、ここが、『エノキダ刀剣工房』ですか?」

 コギトがおそるおそる聞いた。

 「ああ、そうだが……」

 「よかった、間違ってなかった……。あっ、これ、紹介状です」

 「どうも……それで、御用は何かな?見たところ、お嬢さんは剣を扱うみたいだが……」

 「……」

 コギトは、背負っていたリュックを下ろし、布に包まれた何かを取り出した。立ち上がり、布を広げた。

 布に包まれていたのは、コギトがマギカンティアでクイーンリリーから賜った真っ赤なドラゴンの甲殻だった。

 「それは……」

 「……信じてもらえないかもしれないですけど……ドラゴンの甲殻、です」

 「……」

 「……これを使って、剣を一振り、打って欲しいのです」

 「……」

 老人は、作業着のポケットから、何かを取り出して、コギト達に見せた。

 それを覗き込むように見たコギト達は、目を丸くした。

 「これって……!?」「えっ……!?」「あっ……!?」

 それは、掌にぴったり納まる大きさの赤い鱗だった。コギトが取り出した甲殻を構成する鱗と同じ物だった。    

 「……俺の、お守りだ。……ドラゴンの甲殻だって事、信じるよ。……今夜は泊まっていきな。……色々、説明する事があるから」

  

 その日、コギト達は言われた通りに『エノキダ工房』に泊まる事にした。

 宿屋には、奇跡的に存在していた電話で連絡を入れて、チェックアウトした。

 

 コギト達は老人に連れられて、『エノキダ工房』の奥の居間に来て、ちゃぶ台を囲んで座った。

 「それで、話とは何ですか?」

 コギトは老人に言った。

 「……まずは、これを見てくれ」

 老人はそう言うと、後ろにある戸棚の下の段から巻物を取り出して、ちゃぶ台の上に置いて広げた。そこには、

 「ど、ドラゴン、ですか?これ」

 コギトはそこに描かれていた絵を指さして言った。コギトが井戸の底で見たドラゴンとよく似たドラゴンが、翼を広げていた。

 「……この世界には、大昔、ドラゴンが本当に存在していてな……、あるドラゴンは天空の支配者に、またあるドラゴンは国の守護神となっていたんだ。だが……百年前を期に絶滅してしまった」

 「それはまた、どうしてですか?」

 ロブの質問に、

 「はっきりとした原因はわかっていない。種全体が年老いて、子どもが産めなくなったからとも、おぞましい手段で乱獲されたからとも、その両方だ、ともいわれている」

 「…………」「…………」「…………」

 三人は、沈痛な面持ちで黙った。

 「まあ、絶滅したものは仕方がない。俺の持っているドラゴンの鱗は、たまたま大昔にドラゴンの巣穴だったと言われていた場所から拾ってきた物だ。……お嬢さん、あんたがどこでそれを手に入れたのかは、聞かない。ただ……」

 「な、何ですか?」

 「俺がドラゴンの甲殻を使って剣を鍛える事は出来ない」

 「なっ……、ど、どうしてですか?」

 「……」

 老人は、黙って巻物をさらに広げた。新たに広げられた面には、何かに向かって金槌を振るう人の姿が描かれていた。

 「ドラゴンの体を使った武具は、鍛え上げた本人しか使えない代物になると言われているんだ。そして、その事は既に実証済みだ。……真実だったよ。だから、出来ない。どうしてもそれを使った剣を手に入れたいのなら……」

 「自分で鍛えろ、と?」

 コギトが老人の言葉を継いで言った。

 「そうだ。……どうする?やるか、やらないのか?」

 「…………」

 コギトは暫く考えてから、

 「わかりました」

 そう言って老人をまっすぐ見据えた。

 「私が、鍛えます」

 コギトは、はっきりと言った。

                 ―続く―

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