雪と少女 

 世界は春の中頃だというのに、この国はそんな事関係なく、年中ずっと、雪が積もっている。純白とその他に覆われた景色を楽しみつつ、雪かきするのがこの国で生きる人々の日課だ。ちなみに山奥にあるにはあるが、雪崩の心配は一切無い。

 かくいう私、ハナ(ファミリーネームはない。私のお父さんもお母さんも同様)も、その一人だ。

 「ああ、寒い……」

 私は、開けたドアの隙間から入る風に辟易しながら、雪かきシャベルを持って外に出た。

 夜中に降ったのか、昨日雪かきした地面は新雪に覆われていた。しかもすねの辺りまで。

 「早く来ないかなあ……」

 私は一言ぼやいてから、雪かきを始めた。

 

 「ああ、もう駄目だ!ベッドにダーイブ!」

 「疲れたあ……」

 コギトとロブがユキ国に辿り着いたのは、真昼になってからだった。

 なんとか安めのシャワー付きの宿屋を見つけると、すぐさまチェックインして、宛がわれたベッドが二つある部屋で各々の行動に出た。コギトは部屋に入るや否や防寒着を脱ぎ捨てていって窓側のベッドに倒れ込み、ロブは部屋の入り口でへたり込んだ。

 「いやあ、雪道を歩くのは体力がいるってのはわかってはいたけど、まさかこの国がこんなに山奥にあるだなんてね……」

 コギトがやれやれと首を振った。

 「うん……疲れた……」

 ロブに至っては、『疲れた』しか言えなくなっていた。

 「……今日は、このまま外に出るのはやめにして休もう」

 「……だね……」

 二人は、宿屋で休息を取る事にした。

 

 翌日。

 コギトとロブは、宿屋周辺の道路の雪かきに駆り出されていた。

 「雪なんてどのくらいぶりだろう……」

 コギトはサクサクと済ませていったが、

 「……はあ、はあ、はあ、!なんでそんなに余裕なの!?」

 ロブは体力不足なのか、かなりバテバテだった。

 「……鍛えてますから、シュッ!」

 そう言うとコギトは、右手で敬礼を崩したような仕草をした。

 「それ、理由に……なってるか」

 「うん」

 

 「いやあ、コギトさん、ロブ君、お疲れ樣!これ、お礼のポトフね」

 宿屋の主人は、椅子に座ったコギトとロブにポトフが入ったマグカップを差し出した。

 「ありがとうございます」

 「ありがとうございます……」

 コギトとロブは、礼を言ってマグカップを受け取った。

 「あっ、そうだ、この国にハナちゃんって子がいる筈なんですけど、どこにいるかわかりますか?」

 コギトは、ポトフに口をつける前に聞いた。

 「ハナちゃんかい?そりゃあ有名だよ。この国、狭いからね」

 「有名、なんですか?」

 先にポトフを食べ始めていたロブが聞いた。

 「ああ、不思議な力が使えてね、それでいて皆に優しいんだよ。……ハナちゃんに何か用かい?」

 「ええ、ハナちゃんの忘れ物……帽子を預かっているので、届けに行きたいのです」

 「本当かい?なら、ここから南東に歩いて三十分の所にある教会にいけばいいよ。ハナちゃん、そこに住んでいるから」

 「わかりました。ありがとうございます」

 コギトは礼を言うと、ポトフを食べ始めた。

 

 コギトとロブは、宿屋の主人に言われた通りに歩いて教会に向かっていた。

 「この辺は雪かきが行き届いてるね。いいことだ」

 コギトが、嬉しそうに言った。

 「歩きやすいってこんなにいい事だったんだね」

 ロブもそれに同意した。

 「だねえ。……っ!?ロブ君、戦闘準備!」

 コギトはそう言うと、『シルバーバトン』を音もなく引き抜いた。

 「こんな街中で!?」

 ロブは、驚きながらホルスターから『拳銃』を抜いた。

 建物の影から姿を現したのは、身長二メートル、顔以外の全身が白く長い毛で覆われていた。

 「び、ビッグフット!?」

 ロブが驚いて言った。  

 「……雪男?」

 コギトは、首を傾げた。

 ビッグフットは、コギトとロブに気が付いて襲い掛かった。

 「来るよ!」

 「うん!」

 ビッグフットは、氷塊を作り出し――PSIコオリαを試みて、コギトに投げつけた。

 「うぐあっ!?」

 氷塊は、コギトの額に命中した。仰向けにひっくり返った。

 「コギトさん!?」

 「いっ、たあ……!」

 コギトは右手で額を抑えながら立ち上がった。額が切れて血が流れていて、ライフアップαをかけていた。

 「っ、くそっ!」

 ロブは、『拳銃』を三連射した。

 全ての弾頭が命中して、ビッグフットは怯んだ。  

 「シュッ、ヘアアア!」

 それを見た瞬間、コギトは飛び蹴りを放った。ビッグフットの鳩尾みぞおちに突き刺さって、ビッグフットはおとなしくなった。

 「あー、痛い痛い……。やっぱりライフアップ便利だなあ」  

 そう言ったコギトの額に傷は無かった。

 「……これ以上変なのに出くわす前に教会に行こう」

 「そうだね」

 

 三十分後。

 「ここだね」「ここかな?」

 コギトとロブは、教会の扉の前にいた。

 「じゃあ、開けるよ?」

 コギトがロブに言った。

 「ど、どうぞ」

 「よーし……」 

 コギトは、右側の扉に手をかけて、ゆっくりと開けた。

 「……すいませーん、おじゃましまーす」

 コギトが先に入って、ロブが後に入った。

 教会の中は、礼拝堂になっていた。

 「待ってたわ」

 不意に、誰かの声が聞こえてきた。

 コギトとロブが声がした方を向くと、そこには、黒髪のショートボブの、美少女と言って差し支えない容姿の少女がいた。くすんだピンクのワンピースを着て、その下からジーパンを履いて、そしてブーツを履いていた。

 「コギト君、ロブさん」

 少女は、ロブ、コギトの順に見て言った。

 コギトとロブは顔を見合わせて、

 「……逆」「逆だよ……」

 それを聞いて、少女は顔を真っ赤にした。

 「あっ、えっ、じゃあ、コギトさんに、ロブ君……?」

 「そうだよー」「うん」

 「…………」「…………」「…………」

 礼拝堂を、気まずい空気が包み込んだ。

 「あっ、そうだ、あなたがハナちゃん?」

 空気に耐えかねたコギトが、沈黙を破った。

 「えっ、あっ、はい……」

 「よかった、ちょっと待ってね」

 コギトはそう言うと、リュックを下ろして、その中からつばが一周しているピンク色の帽子を取り出した。ハナと呼ばれて返事をした少女の前まで行って、

 「これ、忘れ物だよ」

 帽子を差し出した。  

 「あっ、これ……!」

 ハナはそう漏らすと、帽子を受け取った。

 「届けて、くださったのですか?」

 「まあね。それと、敬語はいらないよさん付けもいらない」

 「……そう。……ありがとう。これ、大切な帽子なの」

 「どういたしまして。もう忘れちゃ駄目だよ」

 「うん」

 ハナは、頷いた。ハナは、少し考えてから、

 「あの、コギトさ……コギト、ロブ君」

 「なーに?」「どうしたの?」

 「その……私のお父さんとお母さんを、一緒に助けて欲しいの!」

 「……お父さんとお母さん、どうかしたの?」

 ロブが、神妙な面持ちで聞いた。

 ハナは頷いて、

 「お父さんとお母さん、黒雲みたいな影に、ずーっと東に連れ去られちゃったの。それで」

 「ちょっと待って、今、黒雲って言った?」

 コギトが、ハナの言葉を遮って聞いた。

 「えっ、う、うん……」

 「……黒雲。ここに来て、か。……あっ、ごめん。続けて」

 「……?その、それで、お父さんとお母さんが助かりますようにって祈っていたの。そしたら……」

 「そしたら?」「そしたら?」

 「『忘れ物の帽子を持ってくるコギトとロブに助けを求めろ。彼らはドラゴンの甲殻を剣に鍛え上げる鍜冶士を探している。その途中でお前の帽子を持ってやって来るから、力を貸してもらえ』って、お告げがあったの」  

 「へえ……」

 コギトが、何か納得したかのように頷いた。

 「だから、お願い!私と一緒に、お父さんとお母さんを助けて!」

 「……コギトさん」

 ロブが、コギトを見た。

 「ロブ君、答えは決まっているよ。……ハナちゃん」

 「うん」

 「黒雲の正体を突き止める事も、ハナちゃんが言っていたように、ドラゴンの甲殻を使って剣を打ってもらうのも、両方私の旅の目的だからさ、もちろん力を貸すよ」

 それを聞いた瞬間、ハナの表情がぱっと明るくなった。

 「ありがとう、私、がんばるね。私、ちょっとだけ危ない超能力が使えるから、それで皆をサポートするわ」

 「超能力……PSIの事か!そっかあ、頼もしいなあ!……あっ、ロブ君、こっちに来て」

 「あ、うん……」

 ロブは生返事をすると、コギトとハナの側に来た。

 コギトは、右手を二人に伸ばした。

 「?」「?」

 「手を重ねて」

 「ああ……!」「あっ、そっか!」

 ロブとハナは合点がいって、コギトの手に自分達の右手を重ねた。

 「それじゃあ、三人で頑張るぞ!」

 「おー!」「お、おー!」「おー!」

                 ―続く―

 

 

 

 

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