第四章 雪景色と鍛冶の国   

二人の旅

 朝市が行われている商店街の出口に向かって、少年と少女が歩いていた。

 一人は、カーキ色の、ポケットが四つ付いたジャケットを着て、黒いズボンを履いた、背が高めで鴉の濡れ羽色のような艶やかな黒髪が腰の上辺りまで伸びた少女。ジャケットにポーチが幾つか付いたベルトを通して、その左腰には、鞘に納められた状態の、鍔が四角く、柄頭は穴の空いた楕円形の剣が剣帯に差してあった。

 もう一人は、赤いシャツを着て、茶色いズボンを履いた銀髪と眼鏡のやや背の低い少年。こちらは軽装と言って差し支えない服装で、腰には幾つかポーチが付いたベルトを巻いて、その右腰には、この世界ではまず見かけないものが、『拳銃』が納められたホルスターが付いていた。

 二人共に、丈夫そうで、かつ防水性に優れていそうな大きなリュックを背負っていた。その中には、保存食や着替え、食器など、詰められる限りの旅荷物が満載されていた。

 「これで、一通り旅荷物は揃ったかな」

 少女が少年のリュックを見て言った。

 「コギトさん、ごめんね、お金持ってもらっちゃって」

 少年が、謝るように礼を言った。

 「いいってロブ君、昨日も言ったでしょ?ちょっと儲かった所だったって」

 コギトと呼ばれた少女は、軽く手を振りながら言った。

 「それよりさ、よかったよね。説得があっさりと終わったのは」

 「そうだよね……。あんなにあっさり行くなんて思わなかったよ」

 ロブと呼ばれた少年は、感慨深げ半分、やや呆れ半分に言った。

 「まあねえ……。あ、そうそう、ここから歩いて十分程で、東の城門に辿り着くから、そこから出国ね」

 「あ、うん……」 

 ロブは、少しだけ俯いた。

 「……やっぱり不安?」

 「い、いや……、少し、だけ」

 「まあ、そうだよね。私だって、ロブ君ぐらいの年でいきなり旅に出るってなったら、とっても不安になると思うし」

 コギトはあっけらかんに笑いながら言った。

 「……コギトさん」

 「うん?」

 「どうして旅に出たんですか?」

 「……あー……」

 コギトは、一瞬言い淀んで、

 「……故郷に、帰るためかな」

 「え?」

 「私ってさ、気がついたら、故郷とは全く別の場所にいたんだ。所謂いわゆる神隠しってやつに遭ってね……、そこで会った人達に良くしてもらって……それで故郷に帰るために、旅に出たっていう……。まあ、矛盾してるよねえ、これってさ」

 コギトは、八割方本当の事を言った。

 「そうだったんだ……」

 ロブは、感心して言った。

 「そーゆう事。……あ、城門が見えてきたよ」

 コギトが指さした先に、城門が見えてきた。

 

 「えっと……本当に二人で出国するのですか?」

 門番が、聞き返した。

 「はい、そうです」

 コギトは、頷きながら言った。

 「……わ、かりました。とりあえず、出国審査は以上になります。お二方共、よい旅を」

 「お世話になりました」

 コギトは、ペコリと頭を下げた。ロブもそれに続く。

 二人が城門の側の徒歩の旅人用の通用門から出ようとした時、

 「ああ、旅人さん達、ちょっといいかの?」

 誰かが呼び止めた。

 コギトとロブが振り向くと、そこには、一人の老婆がいた。

 「お婆さん、どうかしましたか?」

 ロブが老婆に聞いた。

 「旅人さん達は、次はどこに向かうのかの?」

 「……えっと……」

 コギトが答えに戸惑っていると、

 「もし、ユキという雪が深い国に行くのなら……、その国にいる女の子の忘れ物を届けてくれないかのお?」

 老婆はそう言うと、肩から下げていたトートバッグから、つばが一周している桃色の帽子を取り出した。

 「わかりました」

 コギトは、あっさりと承諾して、帽子を受け取った。

 「えっ、コギトさん!?」

 「次の国はどこに行くかって予定を立てていなかったし、丁度いいかなって、それに、」

 「それに?」

 「泊まっていた宿屋で、深い雪に閉ざされた国の奥地に、とても腕のいい鍜冶士がいるって聞いたんだ。……ひょっとしたら、その国なんじゃないかなって思ったんだ。……お婆さん、そのユキって国は、腕のいい鍜冶士がいますか?」

 「ああ、まあ、そんな話を聞いた事はあるねえ」

 「ビンゴ!……と、いうわけだから、次に行く国はユキに決定!……寒いのは苦手だけど、ね。さ、行こっか」

 コギトはそう言うと、リュックを下ろして、帽子をその中に大事そうにしまった。 

 「……まあ、ついていきますけどね」

 ロブは、肩をすくめて言った。

 「うん。……それじゃあお婆さん、この帽子はちゃんと届けますね。……あっ、ところで、その女の子の名前ってなんて言うんですか?」 「ああ、ハナって言っていたねえ」

 「花ちゃん……じゃなかった、ハナちゃんですね、わかりました。それじゃあ、私達はこれで。ロブ君、行こっか」

 コギトはそう言うと、通用門をくぐり始めた。

 ロブは、老婆に頭を下げてから、コギトの後を追った。

 

 三日後の朝。

 雪はますます深くなっていき、人間の足首まで積もっていた。

 防寒着を着たコギトは、手袋をした右手に大振りのナイフを持って、雪が積もった茂みの中に隠れて、かれこれ二時間程黙ってじっとしていた。その視線の先には、茂みが。

 やがてその茂みから、真っ白な野兎が姿を現した。

 「……」

 コギトは、しゃがんだ姿勢のまま、無言で恐ろしい速さでナイフを野兎に投げつけた。ナイフは、野兎の首に突き刺さって、その息の根を止めた。

 

 「……やっぱり寒いなあ……」

 防寒着に身を包んだロブが、焚き火に松ぼっくりを足しながら呟いた。

 そこに、コギトが戻ってきた。その手には、先程仕留めた兎が。

 「今朝の朝食、狩ってきたよ」

 コギトが、何でもないかのように言った。

 「……」

 ロブは、目を見開いた。

 「あ、こういうの駄目だった?」

 「い、いや、でも……」

 「兎だからかわいそうだって?」

 「……」

 ロブは、無言で二回頷いた。

 「そっか……。昔の私もそうだったかな。でも、もう殺しちゃったし。それに、兎って、とってもおいしいんだよ?」

 「……」

 「ロブ君が国の中で食べていたハンバーガーのパテだって、何かのお肉なわけでさ。……まあ、とりあえず、食べやすいように、解体はするけどさ……まあ、見たくないなら、周りの警戒してて」

 「……わかった。腹、括るよ。兎の肉、食べるよ。でも、解体は見ない。周囲の警戒をしとく」

 「……なんか、ごめんね、酷な事言っちゃって」

 「ううん、さっきのは、僕の考えが甘かっただけだからさ、いいんだよ」

 ロブはそう言うと、『拳銃』を引き金に人差し指をあてがわせないで伸ばした状態で抜いて、周囲の警戒を始めた。

 コギトは、そんなロブに背を向けて、殆ど血が抜けた兎の解体を始めた。

 それでも出た血は、雪で拭った。

 その日の朝食はやや豪華な兎鍋で、兎の毛皮は、ユキまで持っていく事になった。

                 ―続く―


 

 

 

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