異変

 その数時間後。

 「……なーんて事があったのよ、昨日、じゃなくて今日の夜中に」

 「う、うん……新聞に載ってましたね」

 コギトと、この日は学校が休みだったロブは、『サンクスギビング小学校』の近くのハンバーガー屋に入って、ハンバーガーのセットを頼んで、二人用の席に向かい合って座った。

 「あー、私も見たよ?」

 コギトは、ロブに新聞を見せながら言った。 「『深夜の街に怪人物が複数出没旅人が内一人を取り押さえたところその中身はなかった』ねえ……。まあ、本当の事だけどさ。裏面の、『全ての城門を謎の大岩が塞ぐ』はおいといてさ、大事件だけど」

 「……。それで……何だったんですか?そのえっと……、ロ、ロボット?って」

 「うーん、私にもちょっとわからないんだよなあ……。少なくとも、中身が空っぽの状態で物を自動で動かせる、なんて技術は聞いた事がないし、あっ、でも、一つだけわかった事があるの」

 コギトはそう言うと、カーキ色のジャケットの左上のポケットから、四つ折りにした紙を取り出して、テーブルに置いて広げた。広げた面には、何かのスケッチが書いてあった。

 「カメラを買うお金がなかったからスケッチなんだけど……、くだんのロボットの一部のスケッチ。ほら、ここ見て」

 そう言ってコギトはスケッチの中央を指さした。そこには、アルファベットを上下左右反転させたような、この世界の文字が一列。

 「……ビート工場……ビート工場だって!?」

 ロブは、目を丸くして言った。

 「そう。何か知ってるの?」

 コギトがロブに聞いた。ロブは頷いて、

 「……僕の死んだ父の勤めていた工場です。何かと黒い噂が絶えなかったのですが……」 

 「とうとう真っ黒になっちゃった訳だ」

 「……コギトさん」

 「何?」

 「これから、どうするんですか?」

 「そりゃあ、決まってるでしょ。ビート工場に忍び込むの」

 「僕も連れていってください!」

 ロブは、勢いよく音を立てて立ち上がった。

 「……いいけど……、何か武器はあるの?」

 「……あります」

 ロブはそう言うと、ズボンのポケットからやや曲がったL字型のプラスチックの筒を取り出した。

 「……それは……!」

 コギトは、驚いて目を見開いた。コギトが、この世界ではまだ見かけていないそれは、

 「まだ、これの略称は思い付いていないのですけど……、『衝撃発射筒』です。標的に先端を向けて手元の引き金を引くと、弾丸が発射される仕組みになっています」

 「……それ、私が知っている限りだと、この世界にはまだ存在してないけど……、銃、その中でも『拳銃』っていうやつだよ」

 「『拳銃』……」

 「うん。それがあるなら、そしてロブ君が、それをちゃんと撃てるのなら、百人力だよ」

 コギトは、頼もしげに頷いた。

 「そうですか……あっ」

 「どうしたの?」

 「ハンバーガー代って……」

 「ん?もちろん、呼び出した私のおごりだよ」

 「えっ、でも……」

 「大丈夫大丈夫、丁度儲かったところだったからさ。さ、食べちゃおう。食べるとは、人が良くなると書くのだから」

 コギトはそう言うと、ハンバーガーにおいしそうにかぶりついた。

 「は、はあ……?」

 ロブも、食べ始めた。

 

 ビート工場は、国の北側にあり、あまり人が来ないような高原の中にある。

 コギトとロブは、ビート工場手前の茂みの影に隠れていた。

 「……それで、どうやって忍び込むんですか」

 ロブは、小声で聞いた。

 「考えてなかったんだよなあ、これが」

 コギトは、苦笑いしながら言った。

 「ええええ……」 

 ロブは、さすがに呆れた。

 「と、思ったんだけど、これなーんだ?」

 コギトはそう言うと、ズボンのポケットから通行証が入った首から下げれるケースを取り出した。

 「あっ、それさっきの!」

 「これ、使えるんじゃないかなって」

 コギトが言って、茂みの影から抜け出て、入り口に向かい始めた。

 「あっ、ちょっちょっと、待ってください!」

 ロブは、慌ててそれを追った。

 すると、二人の前に野良犬が現れた。グルルルと、唸って威嚇し始めた。

 「えっ、な、何かした?」

 ロブが驚いて言った。

 「ちょっと待ってて……」  

 コギトは、意識を集中し始めた。

 

 (何だお前達は?)

 野良犬の心の声がコギトの頭に響いた。

 (ちょっとビート工場に用があってね)

 コギトは、PSIテレパシーで答えた。

 (この工場はシケタさんとシヨキさんの持ち物だ。用があるならアポイントメントを取ってもらわないと困るな)

 (あ、それなら、この通行証ならどうかな)

 そう伝えて、コギトは通行証を犬に見せた。

 (おいおい、それは期限切れだぞ?そんな物見せられても困るな)

 (えっ)

 (怪しい奴等だな……。俺の目を見ろ!)

   

 「っ!やばっ!ロブ君、構えて!」

 コギトはそう言いながら飛び退いた。

 「えっ、ええっ!?」

 ロブも驚きながら飛び退く。

 野良犬は、コギトに飛びかかった。

 コギトは腰を軽く落として、

 「っ、はあっ、シュアッ!」

 サマーソルトキックを野良犬の腹に叩き込んで、綺麗に着地した。

 その一撃で、野良犬はのびてしまった。

 「あれ、終わり?」

 サマーソルトキックを浴びせた当人が、小首を傾げた。

 「……コギトさんって、強いんですね……」  それを見ていたロブは、唖然としながら言った。

 「まあ、ちょっとだけ、ね。さ、ビート工場に突入しよっか」

 コギトは、カラカラと笑いながら言った。

 「……ですね!」 

 ビート工場の入り口のドアは観音開きで、鍵はかかってなかった。

 「不用心だなあ……」

 コギトは呆れて言った。

 

 十分後。

 「……ひ、ろ、すぎでしょ、ここぉ!?」

 コギトは、堪らず叫んだ。

 ビート工場の内部は、完全に外観との広さが噛み合っていなかった。広すぎだった。

 「こ、コギトさん、とりあえず静かに……!」

 「あ、うん……。っ!?ロブ君敵の気配、構えて!」

 コギトはそう言うと、『シルバーバトン』を音もなく引き抜いた。

 「は、はい!」

 ロブは返事をして、『拳銃』をポケットから取り出した。

 現れたのは、実体のある手足が生えた火の玉だった。

 「何あれ……」

 コギトが思わず呟いた瞬間、火の玉は小さな火の玉を――PSIホノオαをコギト達に投げつけた。

 「しょ、ショボい……」「ショボい……」

 コギトとロブはそう呟いて避けたが、その後ろで床に着いたPSIホノオαは、火柱と共に火の輪を作り出した。

 「えっ!?」「うわあっ!?」

 コギトとロブは、同時に驚いた。

 「くそっ!遅いけど先手必勝!」

 コギトは、神速の如き速さで火の玉の前に飛び込み、『シルバーバトン』を横薙ぎに振って火の玉をかき消した。

 「っぶなー……」

 コギトは、一息つきながら言った。

 「あ、あんな化け物がいるなんて……」

 ロブは震えながら言った。

 「大丈夫だよ、ロブ君。あんなの、レーザー撃ってくる銀色宇宙人に比べれば怖くないよ」

 「何それ……」

 「肩を撃ち抜かれてね、いやあ、痛かったのなんの」

 「ええ……」

 「さ、先に進も……また来る!気を付けて!」

 「ええっ!?」

 次に現れたのは、手足が生えている、丸くて黒い玉、『所謂いわゆる爆弾』な物体だった。導火線らしき紐が伸びていて、そこには火が付いていた。

 「……」「……」

 コギトとロブは一瞬ポカンとして、

 「逃げるよ!」

 「賛成です!」

 二人は逃げ出したが、爆弾はかなりの速さで追ってきた。追い付いた。

 「ヤバイヤバイヤバイヤバイドウシヨドウシヨドウシヨドウシヨドウシヨ」

 ロブが壊れかけた瞬間、

 「ディメンションスリップううううううう!」

 コギトがPSIディメンションスリップを閃いて、ロブの手を握って試みた。

 次元が歪み、コギトとロブがその場から姿を消した。

 直後、爆弾は大爆発した。

 少しして、爆心地にコギトとロブが現れた。

 「…………あ、あれ?」

 ロブはおそるおそる目を開けた。

 「あ、危なかったあ……!」

 その隣で、コギトがへたりこんだ。

 「コギトさん、今のは……?」

 ロブはコギトに手を差し伸べた。

 「あ、さっきの?ただの超能力だよ。閃いたばっかりのやつだけど、ね」

 コギトはその手を取って立ち上がった。

 「と、とりあえず、そこの部屋で休もうか」

 コギトは、少し先にある部屋を指さして言った。

 「そ、そうですね……」

 コギトとロブは部屋の自動ドアを開けて中に入ったが、

 「なんだお前らは!」

 その中には、やけに元気な老人がいた。首から下げた社員証に『シケタ』と書かれていた。

 「っ、やばっ、見つかった!」

 「見つかるも何もさっきの爆発なら誰でも気付くはバカヤロー!」

 「で、ですよねえ……」

 コギトはひきつった笑みを浮かべた。

 「まあいいや、この部屋を見たからには生かして返さねえぞコノヤロー!」

 シケタ老人の後ろには、巨大な鋭い円錐形の物体が四つそびえ立っていた。

 「ろ、ロケット!?この世界の技術で!?」

 コギトが驚いて言った。

 「驚いたかコノヤロー!コイツラをな、この国にばら蒔くんだよ!」

 「なっ、そ、そんな事したら、この国なんて吹き飛びますよ!?」

 ロブか驚いて言った。

 「そんな事知ったこっちゃねぇんだよ!……生かして返さねえ!」

 シケタ老人がそう言った瞬間、その後ろから黄金色のロボットが出てきた。

 「いくぞシヨキ!ぶっ殺すぞコノヤロー!」

 歪みシケタとゴールドシヨキが襲いかかった。

 「っ!」「わわっ!」

 コギトは『シルバーバトン』を引き抜き、ロブは慌てて『拳銃』を取り出した。

 『PSIレーザーα!』

 ピキュン!という音と共に、ロブの肩に穴が開いた。

 「う、うわああああああああああああああ!?」

 「ろ、ロブ君!?ら、ライフアップα!」

 コギトは、慌ててロブの肩に開いた穴を右手で塞いだ。手と肩の間から、暖かな蒼い光が漏れ、それが収まってから、手を離した。ロブの肩の穴は消えていた。

 「う、うう……」

 「大丈夫だよ、ロブ君。穴は塞がったよ」

 「も、もういやだ!うわあああああ!」

 ロブは背を向けて逃げ出した。

 「あっ、ちょっと!?」

 コギトは呼び止めたが、ロブは戻らなかった。

 「はっ、逃げ出したなアイツ!」

 『情けないヤツだな!』

 「オメーは黙ってろバカヤロー!」

 「……二対一か」

 コギトは振り返って言った。

 『PSIレーザーα!』

 「っ!」

 コギトはレーザーを紙一重で避けたが、

 「俺もいるんだよバカヤロー!」

 「がっ!?」

 シケタ老人は、どこからともなく取り出した杖でコギトの側頭部を殴った。

 「つ、う……ぐっ!がはっ、」

 コギトがよろめいた所で、シケタ老人は蹴りを叩き込んだ。

 (回復もディフェンスアップも間に合わないか……くそっ)

 その時だった。

 どこからともなくペンシルロケットがシケタ老人とゴールドシヨキに向かって飛んできて爆発した。

 「うわっ!?何!?」

 コギトは、爆風で転がったが、誰かに受け止められた。

 「えっ?」

 「コギトさん、ごめんなさい、逃げたりして」

 ロブだった。

 「ロブ君……」

 「僕は、僕はもう、逃げたりしない!」

 ロブは、コギトの前に出た。

 『この程度、なんて事はない!』

 「こんなの、今の俺には効かねえんだよコノヤロー!」

 「うわっ、しぶとい」

 コギトは、そう呟きながら立ち上がった。

 「……なら、これはどうですか?」

 ロブはそう言うと、手足を取っ払った爆弾をシケタ老人とゴールドシヨキ目掛けて投げつけた。導火線に火が付いていた。

 「っ!ロブ君!」 

 コギトは、ロブの襟をひっつかんで部屋の外に飛び出した。

 直後、部屋の中で爆弾が爆発した。

 爆風が、コギトとロブの髪を少しだけ焦がした。

 「……」「……」

 コギトとロブは顔を見合わせると、そっと部屋の中を覗いた。

 シケタ老人と、木っ端微塵になったゴールドシヨキが伸びていた。

 「うわ……あのおじいさん生きてるよ……」

 コギトが呆れ半分、関心半分に言った。

 「と、とりあえず、今の内にロケットを発射出来ないように……」

 ロブが言いかけたその時、警報が鳴り響いた。

 「何!?」「えっ!?」

 『自爆装置が作動しました。ロケット発射後、この工場は大爆発します。速やかに退避してください。繰返します――』

 「っ!」

 それを聞いたロブが、決死の表情で部屋に飛び込んだ。最初にシケタ老人がいた後ろにあったコンソールに手を触れる。

 「えっ!?ど、どうしたの!?」

 それを慌ててコギトが追いついた。

 「一か八か、ロケットの着弾する場所を城門の四つの岩に変えます!」

 「そんな無茶な!」

 「信じてください!」

 「……わかった、私はあのおじいさんを担いで退避する準備をしておくから!」

 「はい!」

 ロブは大急ぎでコンソールを弄り始めた。

 「えっと、これとこれと、あっ、これだ!コギトさん!着弾点、変更完了しました!」

 「早いね!それじゃ、早いとこ逃げよう!」

 「はい!」


 コギトとロブと、コギトに担がれて運ばれたシケタ老人は、ビート工場からかなり離れた高台にいた。ビート工場の様子が、よくわかる場所だった。

 「……」「……」

 ドシュドシュドシュドシュン、というリズミカルな音と共に、ロケットが四つ発射された。

 その五分後、ビート工場は大爆発した。

 「たーまやー……」

 コギトは、思わず呟いた。

 

 翌日。

 「やー、昨日は大変だったねえ……」

 「ですねえ……」

 コギトとロブは、喫茶店『ポレポレ』に入って、コーヒーを注文した。ちなみに、コギトはブラック、ロブは、砂糖とミルクを入れる事にした。

 「いやあ、昨日は凄かったねえ!よくわからない筒が大岩を砕いて、おまけにビート工場が大爆発ときたもんだからね!あ、これ、コーヒーね。ブラックが美人さんで、砂糖とミルク入りが眼鏡のハンサム君ね」

 少しだけ陽気なマスターが、そう言いながらコーヒーを二人に差し出した。

 「……マスター、逆ですよ」

 「えっ、あっ、ごめんなさい、ごめんなさいね!オリエンタルよー」

 マスターはそう言うと、腕を交差してコーヒーを入れ換えた。

 「いただきます」「ありがとうございます」

 二人はそれぞれに礼を言ってコーヒーを受け取った。同時一口飲んで、

 「おいしい!」「苦いけど……うん、おいしい」

 「あら、そう?嬉しいね」

 「……このコーヒーを飲み終えたら、出国か」

 コギトは、不意に寂しげに呟いた。

 「えっ?」

 ロブは、驚いた。

 「あらお姉さん、旅人さんだったの?」

 「ええ、まあ」

 「そ、そっか……そうだった……」

 ロブは、コーヒーをソーサーに置いた。暫く考えて、

 「あのっ、コギトさん!」

 「どした?」

 「僕も旅についていったら駄目ですか!?」

 意を決して言った。

 「……」

 「僕、今回の事件で、こんな事が国の外でも起こっているなら、止めなきゃって思ったんです!お願いします!どうか!」

 「……いや、でも、国の外には、野盗とか、野獣とかいるし……」

 「自分の身は極力自分で守ります!」

 「……」

 コギトが思案にふけり始めようとした時、

 「いいんじゃないの?」

 マスターが、コギトに言った。

 「マスター……」

 「かくいう僕もね、昔は冒険家だったんだよ。旅や冒険はいいよ?色々の事が知れるし、何より楽しい。勿論、苦しい事も悲しい事もあるけどね」

 「……うん、決めた。ロブ君」

 「は、はい」

 「いいよ、一緒に旅をしよう。……ただし」

 「な、何ですか?」

 「その敬語はやめにして。なんだか、こそばゆくってさ」

 「は、いや、うん……、そうしま……そうする」

 「よろしい。後、ロブ君の分の旅荷物と、小学校の先生達を説得しなきゃ、ね。コーヒー飲んだら、行くよ」

 「……!うん!」

 二人の様子を、マスターは、微笑ましく見守っていた。

                 ―続く―

 

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る