忘れ去られた男

 コギトが通路を進んでいくと、ライトが生み出す白い光の円が、何かを照らした。

 「あれ、人がいる……」

 コギトが呟いた。

 人間は、光を嫌がるかのように手で遮った。

 人間は男で、地上の、マギカンティアの人々と同じような服装をしていた。三角帽子を被っていた。壁に開いた穴に腰かけていた。

 「今日はー!」

 コギトは、ライトの明かりをを男からずらして言った。

 男からの返事はなかった。

 「……?」 

 コギトは首を傾げて、男の側に寄った。

 「……」

 男は、コギトに見向きもしなかった。

 「あの……」

 「何だ……?おれは忘れ去られた男。誰もおれには見向きもしないのさ。……しなかったのさ、あんた以外は」

 「……」

 「なあ……、あんたを覚えてくれて、思ってくれている奴はいるか?」

 「……」

 コギトは少し考えて、

 「……います。宿屋の女将さんと、クイーンリリーです」

 「そうか。やっぱりな。……なあ」

 「何ですか?」

 「頼みがあるんだ。おれは忘れ去られた男。もう、誰もおれの事を覚えていない。……あんた以外は。だから、おれの事を忘れてくれないか?」

 「えっ……、でも……」

 「頼むよ……おれは忘れ去られた男。もう、何もかも忘れちまった。自分が、何故ここに居るのかも……。それを考えるのは、どうしてか苦しいんだよ。その苦しみを、忘れたいんだ」

 「……わかり、ました」

 コギトはそう言って、目をつぶった。

 

 ……ありがとうな

 

 コギトには、男の穏やかな声が聞こえた気がした。

 それから暫くして、コギトはゆっくりと目を開けた。

 そこに、男はいなかった。ただ、穴がぽっかりと口を開けているだけだった。

 「……」

 コギトは一度目を瞑って、かぶりを振った。穴に近づいて、穴の底を覗いた。

 風の音と共に、何かごちゃごちゃした音が聞こえてきた。

 「また飛び降りるのかあ……」

 コギトは、若干うんざりした様子で言って、

 「よっと」

 穴の底に落ちていった。

                 ―続く―

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