クイーンリリー 

 翌日。  

 コギトは、いつものように訓練をした。終わってから、

 「手入れもしないと」

 コギトはそう呟いて、穴が開いた楕円形の柄頭に四角い鍔の、諸刃の剣を鞘から抜いた。素人目からも分かる、業物の剣だった。コギトは、これを『シルバーバトン』と呼ぶ。

 コギトは砥石の用意をして、『シルバーバトン』を研いだ。

 朝食は、再びカレーだった。

 コギトは、今度は泣かずに、とてもいい笑顔で食べた。

 

 「ご馳走様でした」

 コギトが言って、

 「はい、お粗末様でした」

 女将がすぱっと返した。

 「あの……この国で、か、観光?出来る場所ってありませんか?」

 コギトは、おそるおそる言った。

 「そうね……」

 女将は、おとがいに手を当てて、

 「観光、というか……クイーンリリーのお城は、外の世界から来た人達は必ず訪れているわね」

 少し考えてから言った。

 「お城、ですか?」

 「うん。ここから北にずーっと行った所に、ピンク色のお城があるの。それがクイーンリリーのお城」

 「クイーンリリーとは、誰かの名前ですか?」

 「ええ。この国を治める、女王様。とっても優しくて、歌がお上手なの。だけど……」

 女将の表情が曇ったのを見て、コギトは首を傾げた。

 「どこか、具合でも悪くなったのですか?」

 「そうなの。最近、お身体が悪くしたらしくて……。私達の前にお姿を見せなくなったの。あっ、でも、お客さんには会ってくれるわ。……そういえば、あなたクイーンにそっくりねえ」

 「私が……?わかりました。行ってみようと思います」

 

 コギトは、リュックを宿屋に預けて、言われた通りに、北にあるというクイーンリリーの城に向かった。

 「……あ、『シルバーバトン』差しっぱなしでも大丈夫なのかな?……まあいっか」 

 

 クイーンリリーの城には、三時間かけて辿り着いた。

 「……本当にピンクだ」

 コギトは、クイーンリリーの城を見上げて、そんな感想を抱いた。

 「……行ってみますか」

 コギトは、城の門に向かった。

 門の前には、門番が三人いた。横一列に並んでいた。

 「今日は」

 コギトは、門番に挨拶をした。

 「何用だ、そして何者だ?」

 真ん中の門番が口を開いた。

 「私は、コギトと言います。外の世界から来ました。クイーンリリーに、謁見をしたいのですが……」

 「……なら、私が今考えている事を当ててみよ」

 またしても、真ん中の門番が言った。

 「……」

 コギトは、考えた。

 いつの間にか、意識を集中していた。

 「何だ、何も考えていないじゃないですか」

 コギトは、呆れて言った。

 「ぬ……なぜわかった?」

 「そりゃあ、カンですよ、カン」

 コギトは、ニコリと笑った。

 「……。わかった、通るが良い。クイーンの玉座の間は、城に入って真っ直ぐ進み続ければ見つかるだろう。そこだけ扉が大きいから、すぐにわかるはずだ」

 門番はそう言うと、他の門番と共にずれて、コギトが門を通れるようにした。

 「ありがとうございます」

 コギトは一言礼を言うと、門をくぐった。

 「へえ……庭も、全部ピンクなんだ」

 コギトは、オブジェクトも、植物も、全てがピンクの庭園を見て、そんな感想を呟いた。

 やがて、城の扉の前に着くと、コギトは躊躇せずに扉を開いて、一度振り返ってから、城の中に入った。

 

 「うわあ……!」

 コギトは、感嘆の声を上げた。

 城の中は、外とうって変わって、壁は純白、床はよく磨かれていて、翡翠ひすいのような美しい翠だった。

 「これは、凄いな……」

 コギトは呟きながら歩き始めた。

 「ずーっと、まっすぐだったな……」

 コギトはそう言いつつ、周りをキョロキョロと見た。

 純白の壁には、装飾や彫刻は全く施されていなかった。どこか寂しげだった。

 「……」

 コギトは立ち止まって、床を見た。こちらにも、装飾や彫刻は無かった。

 「……綺麗だけど……」

 コギトは言葉を飲み込んで、玉座の間を目指した。

 

 「ここか……」

 コギトは、それまで通り過ぎた扉と比べても一際豪華、かつ素朴な装飾がなされた扉の前に辿り着いた。扉は観音開きだった。彫刻は、巨大なドラゴンがマギカンティアを取り囲んで眠っている、といった物だった。

 「……」

 コギトは生唾を飲み込むと、三度ノックし、返事を待った。

 「どうぞ」

 扉の奥から、返事が聞こえてきた。

 「し、失礼します……」

 コギトは、観音開きの扉の右側を開けて中に入った。

 玉座の間は広く、壁は純白で、床には、赤いカーペットが敷かれていた。

 その一番奥に玉座があり、一人の女性が座っていた。その側には、従者らしき人物が一人。

 「どうしたの?こっちにいらっしゃい」

 女性は、手招きした。

 「あ、はい……」

 コギトは緊張した面持ちで、前に進み出て、玉座の少し前で立ち止まって、ひざまづいた。

 「そんな事、しなくていいわ。顔を上げて」

 女性は優しく言った。

 「クイーン、ですが……!」

 従者が何か言いかけたが、

 「いいの。顔を上げて」

 コギトは、おそるおそる顔を上げた。

 目の前の、玉座に座る女性は、長く、上品な色合いの金髪で、肌の色は透き通るような白、顔立ちは、杏仁形の大きな目、小振りだがよく通った鼻筋、桜色の唇が目を惹いた。とどのつまりコギトとよく似ていて、瞳の色は、透き通るような蒼だった。

 「今日こんにちは。私はリリー。皆からは、クイーンリリーと呼ばれているわ」

 クイーンリリーは、コギトに微笑みかけた。

 「こ、今日は。私は、コギトと申します」

 コギトは、緊張でガチガチになりながら、なんとか挨拶をした。

 「いいのよ、そんなに改まらなくて」

 「ですが……。あなたは、クイーン、なのでしょう?」

 「皆がそう言っているだけよ」

 クイーンリリーは遠い目になって、

 「……駄目ね」

 ゆっくりとかぶりを振った。

 「は、何がでしょうか?」

 コギトは、パチパチとまばたきをしながら聞き返した。

 「私の話よ。……昔は歌を歌えたの。今は、その歌が思い出せないの」

 「そうでしたか……」

 「コギトさん」

 「はい……?」

 「あなたにお願いがあるの」

 「……私に出来る事ならば」

 「私の歌は、外の世界に六つ、この世界に一つ、それぞれ隠されているの。どうか、歌の断片を集めて、私の所に持ってきて欲しいの。……あの歌を思い出した時、きっと、きっと何かが起こるの」

 コギトは逡巡しゅんじゅんして、 

 「……わ、かりました」

 ゆっくりと、しかししっかりと頷いた。

 クイーンリリーは、そっと微笑み、

 「……ねえ、ソフィー。あれを持ってきてくれない?」

 隣にいた従者に言った。

 「い、いいのですか?」

 「うん。この娘なら、信用できると思うから」

 「……わかりました」

 従者はそう言うと、玉座の後ろにある扉を開けて、その中に入った。

 「『あれ』、とは?」

 「私の宝物よ」

 クイーンリリーがそう言った直後、従者が扉を開けて出てきた。布に包まれた何かを、両手で大事そうに持っていた。従者は、クイーンリリーの隣まで来ると、布に包まれた何かをそっと手渡した。

 「ありがとう、ソフィー。……コギトさん、これをあなたに差し上げます」

 そう言うと、クイーンリリーは布に包まれた何かをコギトに差し出した。

 「……ありがとう、ございます」

 コギトは、慎重にそれを受け取る。が、

 「わっ!?」

 予想外に重く、危うく取りこぼしそうになった。

 「大丈夫?」

 「あ、は、はい……」

 コギトは、改めて布に包まれた何かを見た。

 「包みを解いてみて」

 クイーンリリーに言われて、コギトはそっと布の包みを解いた。

 「……これは?」

 包まれていたのは、分厚くて紅い、刺々しい何かだった。よく見ると、鱗状の物体が幾重にも重なり、寄り集まっているようにも見えた。

 「ドラゴンの甲殻よ」

 「ドラゴンの、ですか?」

 「そう。さっき、歌の断片の一つがこの国にあるって、言ったでしょう?……その一つは、ドラゴンが守っているの」

 「そう、でしたか……。あの、クイーンが頼んで、ドラゴンから歌を回収する、なんて事は……」

 「無理ね。あのドラゴンは、自分が認めた、力のある人の頼みしか聞かないから。……それに、ドラゴンには、普通の武器じゃ太刀打ち出来ないの。だけど、ドラゴンの身体の一部から作り出した武器なら、きっと……」  

 「太刀打ち出来るんですね?」

 コギトの言葉に、クイーンリリーは頷いた。

 「……そのための武器を作る事も、お願いね」 「はい、わかりました……あっ」

 「どうかしたの?」

 「……あの、どうやってこの世界から出るのですか?」

 クイーンリリーは、一瞬ポカンとして、

 「それなら、この城からずーっと、南東に行った所に、井戸が沢山ある場所があるの。その内の一つから、この世界の音じゃない音が聞こえてくるらしいわ。多分、そこから戻れると思うわ」

 「わかりました、そこに行ってみようかと思います」

 「気を付けてね。……歌を集めたら、きっとここに戻ってきてね。皆、あなたの事が好きなんだから」

 クイーンリリーは、嘘偽り無く、はっきりと言った。

                 ―続く―

 

 

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