第二章 夢の国    

桃色の国

 「ここからじゃ、出国できないんですか?」

 旅荷物を全て閉まったリュックを背負ったコギトは、驚いて聞き返した。

 「すいません、無理なんですよ。ほら最近、ゾンビが出たり、子供が行方不明になったり、カラス村のヒナが行方不明になったりと、色々物騒でしょう?」 

 門番が、ちっとも申し訳ないと思っていないような口調で言った。

 「……あの、その内の二つ、私が解決したんですけど……」

 「えっ?あなた、今朝の新聞に出てたコギトさん?」

 「そうです」

 「……。でも、閉鎖を解いてもいいって連絡が来ないと、開けられないんですよね。どうしても、今日中に出国したいんですか?」

 「ええ、まあ」

 「だったら、北の城門なら開いてると思いますよ。あそこなら、連絡が真っ先に来るらしいですから」

 「……そうですか。わかりました、北の城門に行ってみる事にします」

 「ホントにすいませんねえ」

 門番がそう言うのを聞いて、コギトは、北の城門に向かって歩き出した。

 

 それから暫くして、

 「……地図に書いてあったのは、ここでいいはずなんだけど」

 コギトは、山の麓、トンネルの前で呟いた。

 北の城門は、山をくりぬいて作ったトンネルと一体化する形になっていた。地図にも、それがはっきりと示されていたのだが、

 「門番が一人もいないのはどういう事だ?」

 コギトは、誰も立っていないトンネルの入口を見ながら言った。 

 「……すいませーん!どなたかいらっしゃいませんかー?」

 コギトが大声で言ったが、誰も現れなかった。

 「……ここで待ってても仕方がないし、行ってみますか。……何か、デジャブだなあ」

 コギトはそう言うと、トンネルの中に入っていった。

 

 「……」

 コギトは、何ともいえない表情になって、トンネルの中を進んでいたが、

 「これ……トンネルじゃなくて洞窟じゃん!」 耐えきれずに叫んだ。

 トンネル内は、地面が湿っていて、天井からは氷柱のような石、つまり鍾乳石が垂れ下がっていて、おおよそトンネルとは言い難く、むしろ洞窟といった表現の方がピッタリだった。

 「おっかしいな……。道間違えたのかな?」

 コギトがそう言っていると、桃色の何かが行く先から目に飛び込んできた。

 「ん?何だ?」

 コギトは、やや歩調を早めた。すると、派手な色の正体が、すぐに明らかになった。

 「……何、これ?」

 コギトの目の前に、巻き貝のような何かがそびえ立っていた。

 巻き貝のような何かは、全長三メートル程、上から下まで、まっピンクだった。

 「えっと……何これ?」

 コギトはそう言うと、指先で、おそるおそる触れた。 

 「うわっ!?」

 突然、コギトの頭の中で何かが響いた。コギトは、驚いて飛び退いた。

 「……何だ、今の?」

 コギトはそう言うと、もう一度触れた。今度は、しっかりと掌を当てた。

 次の瞬間、世界が、桃色に包まれた。

  

 「……う……ん……」

 コギトは、気がついてすぐに、素早く起き上がった。

 「……あれ、ここは?」

 コギトは、周囲を見渡して言った。

 そこは、桃色の世界だった。地面は固体のような、雲のような、よくわからない物体で覆われていた。川を流れる水は、エメラルドグリーンに輝いていた。

 「……さっきまで洞窟にいたのに……」

 コギトは、立ち上がった。

 コギトのいる場所は、川の中洲にある小島だった。人が四、五人は横になれる程の大きさだった。橋が一つ架かっていた。

 「……」

 コギトがしばらく黙って景色を見ていると、

 「やあ」

 誰かが話しかけてきた。コギトが振り返ると、そこには猫がいた。川で泳いでいた。

 「……こ、今日は」

 「こんにちは。僕は泳ぐ猫」

 「……」

 「驚いたの?猫が泳いでいるだけで?」

 「え、ええ、まあ……あ、あの、ここはどこですか?」

 コギトは、しどろもどろに言った。 

 「ここ?ここは、マギカンティア。世界で唯一つの国だよ」

 「世界で、一つの?」

 「そうだよ。それじゃあね」

 泳ぐ猫はそう言うと、下流に向かって泳いでいった。

 コギトは、猫が泳いでいく見つめ続けた。やがて、猫は見えなくなった。

 「……とりあえず、この島から出ようか」

 コギトは、橋に向かった。

 

 「で、渡ったはいいけれど……、ここ、どこなんだ?……少なくとも、マギカンティアって場所なのは確かだけど」

 コギトはそう言って、歩き始めた。

 しばらくして、

 「あっ、人だ」

 コギトは、行く先に人の後ろ姿を見つけた。心なしか、踏み出す足が早くなった。

 「あのっ、すいません!」

 コギトは、後ろ姿に声をかけた。

 「うん?」

 人は、振り返った。男だった。

 男は、何とも表現しにくい不思議な服を着ていた。魔法使いが被るような、三角帽子を被っていた。

 「あの、ここってどこですか?」

 コギトは、男に聞いた。

 「どこって、ここはマギカンティアだ。大丈夫か、おめえ?」

 返ってきた答えは、泳ぐ猫が言った事と同じだった。

 「マギカンティア、ですか?」

 「んだ。この世界唯一の、人が安全に生きていける国だ」

 「……国の外には、何かいるんですか?」

 「何って、おめえ、ホントに大丈夫か?国の外には、魔物がうようよしてるんだ」

 「魔物……」

 「んだ」

 「そうでしたか……。わかりました。ありがとうございました」

 コギトは、礼を言って、走りだした。

 

 それからも、コギトは人に会う度に話しかけたが、

 「何だ、おめえ?そんな変な格好していると、魔物に襲われっぞ?」  

 「出口?世界はマギカンティアだけだべ」

 「なあ、お前、あだ名が欲しくないか?……決めた、お前のあだ名は『うすのろブタ』だ」

 そんな声をかけられた。 

  

 「困ったな……」

 コギトは、かなりまいっていた。

 「出口がない、というか、世界がここだけ、か……。どうしようか」

 コギトはそう言いながら、ちらりと視線を右に振った。

 「ん……?」

 コギトは、もう一度、今度はしっかりと右を見た。そこには、建物があり、

 「楽器屋……?」

 コギトは、掲げられた看板に書かれた『クレナイ楽器』という文字を見て言った。

 「……見てみるか」

 コギトは、楽器屋の扉を開けた。

 「ごめんくださーい」

 コギトは、店の中に顔だけ入れて言った。

 「はーい、どうぞ」

 店の奥から、返事が返ってきた。

 コギトは、体を店の中に入れて、振り返って扉を閉めた。それと同時に、店の奥から店主が来た。店主は、鳥人間だった。

 「こ、今日は」

 「……見ない人だね。誰?」

 「私は、コギト、と言います」

 「コギトさん……。変な名前だね」

 「私も、そう思います。結構気に入ってるんですけどね」

 コギトは、少しだけ笑って言った。

 「……それで、何か用かな?見た感じだと、楽器を探しに来たって感じじゃないけど?」

 「あ、はい。その、泊まれる場所がないかなって」

 「泊まれる場所……」

 店主は少し考えて、

 「それならば、ここから北西に行った所に、一軒だけ宿屋があるよ」

 「本当ですか!よかった、ありがとうございます!」

 コギトの顔が、ぱっと明るくなった。ペコリと頭を下げた。

 「何、気にする事はないよ。……そうだ、ちょっと待ってて」

 そう言うと店主は店の奥に引っ込んで、すぐに戻ってきた。両手に、空色の何かが握られていた。

 「これ、あげるよ」

 店主はそう言って手を差し出した。

 「これって……オカリナですか?」

 コギトは、店主が持っている物――オカリナを見て言った。

 オカリナは、空色に塗られていたが、よく見ると木目が浮かんでいる、不思議な材質で出来ていた。

 「うん、そう。本当は別の人が頼んでいたんだけど、出来上がってから、やっぱりいらないっていわれてね。せっかくだからと思って」

 「……いいん、ですか?」

 「うん」

 「……ありがとうございます」

 コギトは、オカリナを受け取った。

 「あの、ここで吹いてみてもいいですか?」

 「どうぞ」

 コギトは、一度深呼吸すると、息を吸って、

オカリナの吹き口に口をつけて、吹き始めた。

 落ち着いた、どこかもの悲しい曲調だった。

 「……どうでした?」

 五分かけて吹き終えてコギトは、店主を見て言った。

 「……いい曲だと思うよ」

 鳥人間の店主は、微笑んで言った。

 「ありがとうございます。……この楽器、すごくいい物だと思います」

 コギトも、微笑んで言った。

 

 「今日はー」

 コギトは、教えられた宿屋に到着し、ドアを開けて中に入りながら言った。

 「いらっしゃい。どなた?」

 女将らしき女性がコギトを出迎えた。 

 「私は、コギトと言います。あの……ここで宿泊できると聞いたんですけど」

 「ええ、できますよ」

 それを聞いて、コギトは、ほっとした様子を見せた。

 「……よかったー……」

 「……もしかして、マギカンティアじゃない所から来たの?」

 「えっ……!?」

 コギトは、驚いて目を丸くした。

 「やっぱり。……たまにいるのよ。あなたみたいに、マギカンティアなんて知らない、ここはどこなんだって聞いてくる人」

 女将は、少しだけ笑いながら言った。

 「そうなんですか……」

 コギトの呟きに、女将は何度か頷いた。  

 「あの、じゃあ、泊まってもいいですか?」

 「ええ、もちろん。……お疲れでしょう、あなたから見て左側に、部屋があるから、一番奥の部屋を使ってね」

 「ありがとうございます。……あの、お代はいかほどですか?」

 その問いに、女将は黙って首を横に振った。

 「えっ?」

 「お代はとらない事にしているの。マギカンティアでは、お金は使わないから」

 「そうでしたか……。あれ?じゃあ、お金の概念って……?」

 「外の世界から来た人達が教えてくれたの」

 「ああ……。納得しました。それじゃあ、部屋に行きますね」  

 「お夕飯が出来たら呼ぶからね」

 「わかりました」

 

 「……疲れた」

 コギトは、リュックを下ろして、クローゼットを開いてハンガーをひっつかんだ。ジャケットを脱いで、ひっつかんだハンガーにかけて、クローゼットに閉まった。

 そのままベッドまで歩いて、ベッドに倒れ込んだ。

 そのまま、眠りに就いた。

 

 「……さーん!コギトさーん!お夕飯できたよー!」

 「はうっ……」

 コギトは、目を覚ました。起き上がりながらよだれを拭いて、立ち上がった。

 「行くか……」

 

 「……あの、これって……」

 コギトは、出された食事を見て、絶句した。

 「見ての通り、カレーライスよ。あなたの好きな物を作ったの」

 女将は、ニコニコ笑いながら言った。

 「い、いただきます!」

 コギトは、スプーンでご飯とカレールーと人参をすくって、おそるおそる口に運んだ。

 その瞬間、コギトは目を見開いた。その両目から、涙が溢れて、流れ始めた。

 「……おいしい?」

 女将がコギトに聞いた。

 「……はい……、とっても……。……なつかしい味……」

 コギトは、泣きながらカレーライスを食べ続けた。

                 ―続く―

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