宇宙人

 コギトとアニーが国長の官邸の着いた瞬間、官邸は騒然となった。

 国長が慌てて出てきて、コギトとアニーを執務室に通した。

 「いやあコギトさん、びっくりしましたよ!まだ半日程しか経っていないのに、アニーちゃんを見つけて無事に保護してここまで戻って来たのですから!」

 国長は、興奮冷めやらぬ様子で言った。

 「私も驚きましたよ。こんなに騒がしくなるだなんて」

 「い、いやあ、あはは……」

 執務室の外では、エドワード達が必死にマスコミを抑えていた。その声が、執務室の中まで響いていた。

 「……それで、アニーちゃんのお母さんは?」

 「そ、それが……マスコミが……こんな言い方したらあれなんでオフレコで頼みたいのですが……その、邪魔になっているみたいで」

 「……どの世界でもそんななんですね」

 「は?」

 「いえ、こちらの話です」

 「そ、そうですか……」

 国長がそう言ったその時、執務室のドアが開いて、エドワードが入ってきた。

 「国長。マスコミ連中、ようやくお引き取りになったみたいです……」

 「ああ、ご苦労様。それで、アニーちゃんのお母様は?」

 「あ、はい。あちらも、マスコミから解放されたみたいで、もうすぐ――」

 エドワードが言いかけたその時、

 「アニ――――――――ッ!」

 女性が、物凄い勢いで転がり込むように執務室に入ってきた。

 「お母さん!」

 「アニー!ああ、よかった!」

 女性は、アニーを抱き締めた。アニーも、女性を抱き締め返した。

 「えっと、アニーちゃんの、お母さん?」

 コギトは、女性に聞いた。

 「ええ、そうです……。貴女ですか?アニーを助けてくださったのは」

 アニーの母親は、抱擁を解きながらコギトに聞いた。

 「は、はい。私は、コギトと言います」

 「コギトさん、ありがとうございました」

 アニーの母親は、深々と頭を下げた。

 「わああ、そんな、いいんですって!頭を上げてください!」

 コギトは、慌てて手を振りながら言った。

 アニーの母親は、ようやく頭を上げた。

 「本当に、ありがとうございました。このお礼は、どうすれば……」

 「いや、お礼なんていいですって」

 コギトはそう言いながら微笑んだ。

 「あの、コギトさん」

 アニーが、一歩前に出た。

 「うん?」

 「あの、お礼といったら何だけど……」

 アニーはそう言いながら、左胸に付けていたバッヂを外して、コギトに差し出した。

 「これは?」

 「これは、チャールズ・タウンズって人が、実験の時にいつも付けていた、勇気のお守りなんだって。……コギトさんに、あげます」

 「えっ、でも……」

 「コギトさん、旅人なんでしょう?これから危ない事、たくさんあると思うんだ。だから、その時に勇気が出るようにって」

 「……」

 コギトは、バッヂを見た。セピア色の真っ直ぐな線の上に、この世界の言語で『マザーズラブ 』と書かれていた。

 「……わかった。ありがとう。大切にするね」

 コギトは、アニーからバッヂを受け取ると、ジャケットの左上のポケットに付けた。

 「……どうかな?」  

 コギトは、アニーに聞いた。

 「とっても、似合ってる」

 アニーは、はっきりと答えた。

 

 アニーと母親が帰った後。

 コギトは、執務室に残されていた。

 「……それで、まだ話がある、とは?」

 コギトが、国長に聞いた。

 「いや、その……もう一つ依頼がありましてですね……」

 国長が、汗をかきながら言った。

 「何ですか?」

 「いや、その……この国の北西部に、カラス村という村がありまして、世にも珍しい歌うカラスがいる村なんですよ」

 「それが……どうかしたのですか?」

 「その……そのカラス達の中でも特に歌が上手なシーラというカラスのヒナが行方不明になってしまったらしいのですよ」

 「……捜して欲しいと?」

 「ええ……」

 「……わかりました。心当たりがありますから、捜してみますね」

 コギトはそう言うと、執務室から出た。

 

 コギトは、市場の一角、ある店の前にやって来た。

 「……なんだい、嬢ちゃん?」

 店の店主の中年男が、ぶっきらぼうに言った。

 「……あの、昨日この店で売っていたカラスのヒナはまだありますか?」

 店主は、ぴくりと片眉を上げた。

 「何だ?欲しいのか?」

 「いえ、その……そのヒナって、歌いますか」

 「?ああ……、確かに歌うが」

 「……あの、そのカラスのヒナ、カラス村のシーラの、行方不明のヒナです」

 「えっ!ちょ、ちょっと待っててくれ!」

 店主はそう言うと、店の奥に引っ込んだ。少しして、鳥籠を抱えて出てきた。鳥籠の中には、カラスのヒナがいた。

 「ほら、これだよ!いやあ、売らなくてよかった!」

 店主はそう言って、コギトに鳥籠を渡した。

 「ありがとうございます」

 コギトは一言礼を言うと、踵を返して立ち去ろうとした。

 「ああ、ちょっと待ってくれ!」

 店主は、コギトを呼び止めた。

 「何ですか?」

 コギトは、振り返って聞いた。

 「カラス村のシーラに言っといてくれないかな。『本当に申し訳ありませんでした』って」

 「……わかりました」

 コギトは了承して、今度こそカラス村に向かった。

 

 コギトは、カラス村に向かって歩いていた。

 「えーっと、もう少しで看板が見えてくると思うんだけどな……地図見る限りだと」

 コギトは、ひとりごちたが、

 「ほあ」

 カラスのヒナは、その言葉に反応するかのように鳴いた。

 「……まっててね。もう少しで、お母さんと会えるからさ」

 「ほあ」 

 ヒナが一鳴きした、その時だった。 

 「おっ!あれかな?」

 コギトの行く先に、別れ道と看板が見えた。コギトは看板に近づいて、そこに書いてあった文字を読んだ。 

 「えっと、何だって?『カラス村左折二百メートル』か……。ほら、もう少しだからね」

 「ほあ」

 コギトは、左の道に入り、真っ直ぐ進んでいった。

   

 それから暫くして。

 「着いた……」

 コギトは、カラス村の門に来ていた。

 「よっ、と……」

 コギトは、扉を開けて、カラス村に入った。

 「すいませーん、ごめんくださーい」

 コギトは、左手を口に添えて言った。

 「はいはい、何ですかな?」

 コギトのすぐ側にあった木の影から、声が聞こえた。

 「うわっ!?」

 コギトは、驚いて飛び退いた。

 木の影から、老人が出てきた。

 「びっくりしたあ……」

 「ほほ、昔から影が薄いとは、よく言われたものでな、驚かせてすまん」

 「い、いえ……。あっ、そうだ!お爺さん、あの、シーラさんって何処にいますか?……その、シーラさんのヒナを見つけて、連れてきたのですが……」

 コギトは、カラスのヒナが入った鳥籠を見せて言った。

 「お、おお!シーラの……!よ、よかった、小屋でお茶でも振る舞わせてくれないかの」

 「え?ええ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 老人が住む小屋に招かれたコギトは、お茶を飲んでいた。

 「ふう……。もうちょっとでお母さんに会えるからね」

 コギトが鳥籠から出てテーブルの上にいるヒナを見て言った。

 「ほあ」

 ヒナは、嬉しそうに鳴いた。

 小屋のドアが開いて、老人が入ってきた。その肩には、カラスが一羽止まっていた。

 「ほほ、シーラを連れてきたよ」

 「お爺さん、坊やはどこに?」

 カラスが老人に聞いた。 

 「えっ、ええっ!?カラスが喋った!?」

 コギトは、目を見開いて言った。

 「驚かせてごめんなさいね。私はシーラ。私の坊やが見つかったって聞いたんだけど……」

 「あの……さっきっからテーブルの上にいますよ」

 「……あらやだ、私、おっちょこちょいなの」

 シーラは、テーブルの上にいるカラスのヒナを見た。

 「……ああ、坊や……」

 シーラは、老人の肩から飛び立って、テーブルの上に降り立った。

 「ほあ」

 シーラのヒナは、恋しそうに鳴いた。

 「お嬢さん、坊やを連れてきていただき、ありがとうございました」

 「いえ、いいんですよ。……あっ、自己紹介まだでしたね。私は、コギトと言います。旅人です」

 コギトは、胸に手を当てながら言った。

 「そうでしたか。コギトさん、改めて、ありがとうございました」

 シーラとヒナは、ペコリと頭を下げた。

 その時だった。

 「……何じゃ?外が騒がしいの」

 老人が言った通り、急に外のカラスが騒がしくなり始めた。

 「コギトさん。ちと外を見てくるの」

 「あっ、はい」

 老人は立ち上がって、ドアの前に向かった。

 「……ん?」

 老人は首を傾げて、ドアを開けて外に出た。

 「なっ、なんじゃあああああああああああ!?」

 「っ!?」

 コギトは立ち上がって、外に向かってく駆け出して外に出た。

 

 コギトが外に出ると、そこには、異様な光景が広がっていた。

 カラスが狂ったかのように、正確にはパニックになって空を飛び回っていた。

 そして小屋から二メートル程先に行った所に、赤青二色に分かれたカプセル錠のような何かが浮かんでいた。

 「お、お薬……?」

 コギトが思わず呟いたその時、カプセルの色が分かれている真ん中から、光が出て、その中から銀色の人型の何かが現れた。

 「……っ、お爺さん、小屋の中に」

 コギトは、老人の前に出ながら言った。

 「あっ、ああ……」

 老人はそれに従い、小屋の中に避難した。

 「……あなたは誰ですか?」

 コギトは、人型に聞いた。

 『オレハ、すたーまん。こぎと、オまえヲ、はいじょスル』 

 スターマンと名乗った人型は、コギトを指差した。

 ぴきゅん。

 「っ、がっ……!?」

 コギトは、激痛を感じた左肩を右手で抑えた。おそるおそる手を上げてみると、そこには、穴が開いていた。その縁は、焼け焦げたのか、黒く変色していた。

 「いっ、つ……。ライフアップα!」

 コギトは、そう唱えて、再度右手で左肩を抑えた。掌と肩の間から暖かな青い光が漏れた。

 再び手を上げると、そこに穴は開いていなかった。

 「……ふう。これ、便利だな」

 コギトがそう呟くと、

 『ナッ!?PSIダト!?』

 スターマンは、驚いて言った。

 「ぴーえすあい……へえ、これ、『PSI』って言うんだ」

 コギトはそう言うと、左腰に吊っていた四角い鍔の諸刃の直剣『シルバーバトン』を引き抜いた。左半身になり、刀身が体に隠れるように構える。

 『グ、ヌヌ……』

 「……シュッ!」

 コギトは、擦り切れるような気合いを発しながら、スターマン目掛けて駆け出した。

 『クソッ!』

 すたーまんは、コギトの肩に穴を開けた物と同じレーザーを乱射した。

 コギトは、それを自分目掛けて飛んでくる物だけを回避しながら、すたーまんの懐に入った。

 「シュアアッ!」

 コギトは『シルバーバトン』を振り上げた。

 『ッ!』

 スターマンは、飛び退いてそれを避けた。『シルバーバトン』の切っ先が、体を掠めた。

 「っ!浅い!」

 コギトはそう言いながら、さらに踏み込んで右上から左下に斬り下ろした。

 スターマンは避けたが、今度こそスターマンの体を捉えていた。左腕を斬り飛ばした。

 『グッ!ガアアッ!?』

 スターマンの左腕の切り口から、緑色の液体が溢れ出始めた。    

 『オ、オノレ……!コウナッタラ……!』

 スターマンは、右手を天に掲げた。

 その掌から、光球が生み出され、次第に大きくなっていく。

 「な、何だ?」

 『フフフ、めいどノみやげニおしエテヤロウカ。コレハ、PSIれーざーγ。オまえノいのちヲやキつクスひかりダ!』

 スターマンがそう言っている合間にも、光球は大きくなっていく。

 「……はは、避けれそうになさそう」

 コギトは、ひきつった笑みを見せた。

 『しネ!』

 スターマンは、レーザーを針のような細さにしてコギトに放った。レーザーは、コギトに真っ直ぐ向かっていって――

 突然、五つに分散した。

 「えっ?」『なに!?』

 コギトとスターマンは、同時に驚いた。

 五つに分散したレーザーは、コギトの左胸のバッヂに集束していき、全てのレーザーがバッヂの手前で球体になった瞬間、スターマン目掛けて撃ち返された。

 『バカナアアアアアアアアアアアアアア!』

 断末魔の叫び声を上げながら、スターマンは跡形もなく消滅した。  

 カプセル錠が、どこかへと飛び去った。

 「あっ!逃げた!」

 コギトはそう言ったが、後の祭りだった。

 

 小屋の中に、コギトが入ってきた。

 「……終わりましたよ」

 やや疲れた様子で、老人を見て言った。

 「おお、そうかそうか。カラス達が静かになったでの、そうだろうと思っておった所じゃ」

 「そうでしたか」

 コギトはそう言うと、テーブルとセットになっている椅子に座った。

 「ほあ!ほあ!」

 「うん?」

 「ああ……。坊や、歌いましょうか」

 シーラはそう言うと、ヒナと共に歌った。

 

 Looks wind ……


 and water ……

 

 ワンフレーズだけの歌を二つ聞いたコギトは、目を見開いた。

 「……どうかしたのですか?」

 シーラが、心配そうに除き込んだ。

 コギトは、唇をそっと舐めて、息を吸って、

 

 Time is frow……

 Looks wind and water……   

 

 滑らかに歌った。

 「あの、それって……?」

 シーラが、驚きながらも聞いた。

 「……いえ、その、最初のは、いつのまにか覚えていたんです。……なんだか、三つのフレーズが繋がっている気がしたので」

 コギトは、自分でも驚いていた。

 

 「それでは、私はこれで失礼しますね」

 コギトは、ペコリと頭を下げながら言った。 「うむ、この国に立ち寄ったら、また来ての」

 そう言った老人の肩には、シーラとヒナが乗っていた。

 「はい、そうさせていただきます……坊や、もうはぐれちゃ駄目だよ」

 コギトは、シーラと逆側の肩に停まっているヒナを見て言った。

 「ほあ!」

 ヒナは、元気よく返事をした。コギトは老人とシーラ、ヒナに微笑みかけると、その場から去った。   

                 ―続く―

 

 

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