初の友

 コギトが地図を凝視し、完全に覚えた、三十分後。

 「あれ、いないっぽい……?」

 コギトは、墓地を見渡せる丘の上にいた。

 小型の双眼鏡で墓地の中を覗いたが、特に異常なものはなかった。

 「……ここで覗き見しているだけじゃ埒が明かないな。行ってみますか」

 コギトは、自分の武器の確認をした。

 「うん、剣よし、ナイフよし、鉈、よし」

 確認し終えると、コギトは丘を下っていった。

 

 「……で、着いたのはいいけど……」

 コギトは、そこで区切ると、墓地の入り口の扉を見た。扉は、両開きで、鎖と鍵でがっちりと固定されていた。

 「これじゃあ入れないよな……」

 コギトがそう言って扉に軽く触れた、その時だった。

 扉が、墓地の内側に向かってゆっくりと倒れた。

 「えっ、あ、ちょっ……」

 コギトは、慌てて扉が倒れるのを防ごうとしたが、間に合わなかった。

 重苦しい音と共に、扉は倒れた。

 「……」

 コギトは、なんとも言えない表情になった。

 「……行こう」

 少しの間そうしてから、コギトは墓地の中に足を踏み入れた。キョロキョロと左右に首振ると、向かって右手に教会が見えた。

 「無事かな……」

 

 「すいませーん……」

 ギイイ、と、軋ませながら、コギトは両開きの扉の内、右側を開いて入った。

 そこは、礼拝堂だった。絨毯が敷かれ、、沢山の長椅子が並び、その最奥部には祭壇が置かれていた。

 「ひっ!」

 不意に、教会の中から悲鳴が聞こえてきた。祭壇の後ろからだった。

 「……?」

 コギトは、教会の中に入った。後ろ手で、扉を閉める。

 コギトは、ゆっくりと祭壇まで歩いていった。祭壇の裏側に回る。すると、

 「う、うわああああああああ!」

 「わっ!?」

 悲鳴、もとい絶叫する神父がいた。

  

 それから暫くして。

 「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました……」

 神父は、恥ずかしそうに言った。

 コギトと神父は、礼拝堂の長椅子の一つに座って、話をしていた。

 「いえ、いいんですよ。ゾンビなんかが出ている状態で、人が来る事の方が、多分ありえないでしょうから……」

 コギトは、そこでいちど区切った。言葉を選んでから、もう一度口を開く。

 「あの、」

 「はい?」

 「どうして、逃げないのですか?」

 「……」 

 神父は、黙った。少し考えてから、答える。

 「……ゾンビに、神の教えをくためです。ゾンビにも、きっと良心があることを、信じているのです」

 「……」

 「……でも、ゾンビは、怖いですけど、ね」

 「そうでしたか……。ありがとうございました。参考になりました。……では、私はこれで」

 コギトは、教会から出ていった。

 

 コギトは、教会の反対側、つまり教会から出て墓が密集している場所にまっすぐ歩き始めた。

 「あー、やっぱ墓場だからかなあ?なんか、湿った、いやーな感じの空気が充満しているっていうか……」

 その時だった。

 「あああ……うああぁああ……」

 「らむたもやらとばらまぞらや、なはとざ」  「おはまらま、ほやたは、あまそやらたらさ」

 ゾンビが次々と地面の下から現れ、コギトの行く手を阻んだ。その数は二十。その中には、教えられた捜索部隊の服装の特長と合致する姿のゾンビもいた。

 「お出ましってわけだ」

 コギトはそう言うと、左腰の剣を抜いた。コギトは、これを『シルバーバトン』と呼ぶ。

 「ふう……」 

 コギトは左半身になり、『シルバーバトン』の刀身を隠すように構えた。

 「……大丈夫だね、無印流剣術むじるしりゅうけんじゅつ、基本の型」

 コギトは噛み締めるように呟くと、ゾンビ達が向かってくるのを待った。

 一番手前のゾンビが『シルバーバトン』の間合いに入った瞬間、コギトは左に半回転しながら『シルバーバトン』を腕と一体化するような形で振り上げた。

 ゾンビの首が、面白いように撥ね飛んだ。

 それを合図に、一斉にゾンビが襲い掛かってきた。

 「ごめんなさいね」

 コギトは、一言謝って、集団を、目の前のゾンビから蹴散らし始めた。

 コギトは、

 「よっ」

 まるで、

 「ほっ、はっ」

 クッキングのようなノリでゾンビの首を刈り取って行った。が、

 「あっ、まずい、進み過ぎた」

 コギトは、いつの間にかゾンビに囲まれていた。

 「▼▽◎☆◆◆●☆●☆◎◆*☆△」

 もはや何を言っているのか全く解らない状態の、下顎が外れたゾンビが襲い掛かってきた。

 「おっ、と……」

 コギトは、一歩退くと、左手で、逆手で腰の鉈を抜いた。

 「ふっ!」

 コギトは、ここに来て初めて、気合いらしい気合いと共に鉈を下顎が外れたゾンビの首を狙って振った。

 鉈は、ゾンビの首に吸い込まれるかのように当たり、そのまま首を薙いだ。

 「たっ!」

 コギトは、そのまま振り返って、少し離れた場所にいたゾンビの頭に鉈を投げつけた。

 鉈は、ドコッという音と共に、ゾンビの脳天に突き刺さった。鉈が突き刺さったゾンビは、そのまま崩れ落ちた。残り十四。

 「うーん、数が多いな、っと」

 コギトは、ぼやきながらもう一体ゾンビの首を横薙ぎに薙いだ。残り十三。

 「使うか」

 コギトは、左手でポーチからナイフを四本取り出して、適当なゾンビを狙って投げた。

 トン、トン、トン、トン、と、リズミカルに近くにいた四体のゾンビの眉間にナイフが突き刺さり、ドサドサドサドサリ、と、リズミカルに崩れ落ちた。残り九。

 コギトは、それを見ずにもう一体ゾンビの首を撥ね飛ばした。残り八。

 「よし……!」

 コギトは小さく頷きながら呟くと、左手を伸ばし、『シルバーバトン』を右肩に担ぐように構えた。

 「はああ……ふっ!」

 コギトはまるで瞬間移動のような速さで一体のゾンビの前に踏み込むと、その首を右上から左下にかけて斬り下ろし、左に半回転しながらそこにいたゾンビ二体の首を跳ね上げた『シルバーバトン』で斬り上げ斬り下ろし、回転しながら後ろにいた二体のゾンビを裏拳で殴って首を人間ではまずありえない角度になるまで、つまり180度回転させ、その左にいた、固まっていた残り三体のゾンビの首をそのまま一気に薙ぎ払った。

 「っ……!つ、う……」

 コギトは、左手に激痛を感じた。左手を見ると、歯が一本、手の甲に刺さっていた。コギトは、それを慎重に、一気に抜いた。血が溢れ、出始めた。

 「ぐ、う……、しくじった……。これさえなければ、無印流剣術奥義『五本角』が成功したのになあ……」

 コギトは、ぼやきながら手袋を外し、座り込んで、止血を始めた。その整った顔に脂汗が吹き出、表情は苦悶に満ち始める。

 「ふっ、ふうっ、くっ、ふっふっふっ……」

 コギトは、何とか止血した。

 「……はあ……。……っ!?」

 突然、コギトは軽く目を見開いた。 

 「ら、いふ、あっぷ……」

 ぽつりぽつりと呟き、そして、

 「ライフアップα!」

 コギトは、左手の甲に右手を重ねた。

 すると、重ねた内側から青い光が漏れ出た。見る者を安心させる、寒色の筈なのに暖かな青だった。

 「……」

 コギトは、ゆっくりと右手を持ち上げた。

 「あっ……!」

 左手の甲の傷が無くなっていた。

 「……回復、した?」

 コギト本人が驚いた。

 「……ま、まあいいや。病院行く手間が省けたんだし、これは追々考えるとして……」

 コギトは辺りを見渡すと、一つだけ、倒壊している墓があった。その墓の下から、階段が覗いていた。 

 「……行って、みる、か」

 コギトはそう言うと、鉈とナイフを全て回収して、階段の前に向かった。

 コギトは、階段を一段、片足だけ降りると、かかとを鳴らした。もう一段降りて、もう一度かかとを鳴らした。

 「……そんなに深くはないかな。……閉じ込められなければいいけど」

 コギトはひとりごちると、ジャケットのポケットから小型のライトを取り出して、明かりを点けて、慎重に降り始めた。


 かつ、こつ、かつ、かつ、こつ。

 「……十五段か」

 階段の数を数えていたコギトが、呟いた。

 墓場の下には、それほど天井は高くないが、ドーム状の空間が広がっていた。

 棺が、三つ鎮座していた。

 その内の一つが、ガタガタ、と動いた。

 「っ!」

 コギトは一瞬身構えたが、ただ揺れただけという事がわかると、おそるおそる近づいた。

 「……さて鬼が出るか蛇が出るか……」

 コギトはそう言うと、一気に棺の蓋を持ち上げた。

 「ひっ……!い、いやあ……!」

 その中には、十代前半の、はねっ毛の多い赤毛の少女が寝ていた。

 

 コギトと少女は、少女が寝ていた棺に背を預けて座っていた。

 「……落ち着いた?」

 コギトが、微笑みながら聞いた。

 「は、はい……」

 少女は、頷いた。

 「……えっと、アニーちゃん、だよね?」

 「はい、そうです」

 「そっか……よかった。無事だったんだ」

 コギトは、安堵した様子で言った。

 「あの、あなたは?」

 「あ、自己紹介まだだったね。私はコギト。今は旅人だね。国長の依頼で、アニーちゃんを助けに来たんだ」

 「国長!?そんなに話が大きくなってるの……」

 「まあ、ね。携帯食料あるけど、食べる?」

 「……ください」

 コギトは、ジャケットの左上のポケットから携帯食料を二つ取り出すと、一つをアニーに渡した。

 「まあ、あんまりおいしくはないんだけどね」

 コギトはそう言うと、携帯食料の袋を開けて中身の携帯食料をかじった。もそもそと咀嚼して、

 「うーん、まあ、食べないよりマシな味かな」

 あんまりおいしくなさそうな表情になって言った。

 「……」

 アニーは、袋を開けて、一口かじった。

 「うわ、パサパサ」

 「でしょ?」


 「さて、本題に入りますか。どうして墓場に忍び込んだの?」

 携帯食料を食べ終わってから、コギトが聞いた。

 アニーは俯いて、

 「……おばあちゃんの」

 「うん?」

 「おばあちゃんの命日だったから」

 「命日……」

 アニーは俯いたまま頷いて、

 「おとといは、ちょうどおばあちゃんが死んで三年だったの。ゾンビが出て、おばあちゃん怖い思いしてるんじゃないかって思ったら、私いてもたっても居られなくなって、それで……その……」

 「……そっ、かあ……。何だろう、変な理由じゃなくて良かったよ」  

 コギトのその言葉に、アニーは顔を上げた。驚いていた。

 「……どうして?」

 「?」

 「普通、変だと思うでしょ?私、もう十一歳になるのに、死んだおばあちゃんが心配だ、なんて事言うの」

 「いいや?そんな事ないよ。少なくとも私は」 コギトは、屈託なく笑った。

 「……」

 「ところでさ、おばあちゃんのお墓参りは?」 「あっ、もう、済ませた……」

 「そっか。じゃあ、帰ろう。皆、心配してるからさ」

 コギトがそう言って立ち上がった時だった。

 残り二つの棺の蓋が、真上に吹っ飛んだ。

 「っ!?」「何!?」

 棺の中から、ゾンビが二体現れた。二体とも何故か地上のゾンビと格が違うように見える。

 「……アニーちゃん、下がってて」

 コギトはそう言うと、『シルバーバトン』を抜いた。左半身になり、『シルバーバトン』の刀身を隠すように構えた。

 「△▼☆◆『★「*◆●▼…★*」◎『▽「▼」

 手前のゾンビが、何かを叫びながらコギトに突っ込んできた。同時に後ろのゾンビも動き出す。

 「早っ……!」

 コギトは、飛ぶように下がりながら、下段からの斬り上げをお見舞いしたが、

 「っ!浅い!」

 ゾンビは、体を反らして、ダメージを最小限に留めた。

 その後ろから、もう一体のゾンビが両腕を振り上げながら突っ込んできた。

 「はあああ!」

 コギトは、気合いと共に体を沈め、跳び上がる容量でゾンビの顔面を縦に真っ二つに斬り裂いた。

 もう一体のゾンビが、コギトの着地の瞬間を狙って突っ込んできた。

 「っ、しまっ!」

 「たああっ!」

 アニーがゾンビに体当たりをした。ゾンビは大きく体勢を崩した。

 「今よ!」

 「らああっ!」

 コギトは、上段斬りをゾンビの首に叩き込んだ。

 ゾンビの首は、闇の中に転がっていった。

   

 コギトとアニーは、ゆっくりと階段を登り始めた。

 「……ありがとう、アニーちゃん。さっき、アニーちゃんが体当たりしなかったら、私、ちょっと危なかったよ」

 コギトは、頭を掻きながら言った。

 「ううん。私だって必死だったの」

 「そっか」

 「うん」

 そんな話をしていると、上から光が差した。

                 ―続く―

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