注文の多い転生召喚師さん

伊吹支援

01 prologue


ぼんやりと明るむ世界。

静けさが覆う森に、何かが飛び込む水の音。

木漏れ日が、陰る寝床へと差し込んで、そこに眠る小さな人物が目を覚ましました。

気怠そうに体を起こすと、大きな欠伸をして体をぐぅっと伸ばします。

黒の外套にすっぽりと覆われ、丸まって眠っていた少女。

彼女の名をスイ。齢18と150に大きく足らない身長とは裏腹に、立派な成人です。

そんなスイは人嫌いのきらいがあり、近くに町があるにもかかわらず、この大樹の根元に出来たこじんまりとした空洞に居を構えていました。敷き詰めた落ち葉の寝心地が売りとは本人の談。……自慢する相手はいませんが。


「……ふわぁ」


二度目の欠伸。振り切れない眠気に、顔でも洗おうかと、スイは寝床を後にしました。

疎らな木立を抜ければ、吹き抜けの丘。山頂から降りる水のたまった小さな湖。

東の空は燃えるような茜色の朝空に照らされ、町の奥に見える山は墨を落としたように真っ黒。麓に広がる草原と町もやがて朝焼け色に染められてゆき、澄んだ草木の匂いが鼻をくすぐります。

ーーパシャリ。

波紋の落ち着いた湖面には、フードを脱いだ自分の顔が映り込んでいました。

鴉羽のように黒い髪はボーイッシュにストレートで、くりっとした黒い瞳が二つ、丸みを帯びた顔に並んでいて、およそ背丈に似合った童顔です。

ただし、奇怪なものが二つ。頭頂部に並んでいました。黒く、立派な三角耳です。

スイはこの世界で分類されるところの獣人種。某お絵かきサイトによく投稿される、獣の耳と尾を有する種族です。中でもスイは狐の因子を継いだ狐族。

しかしながらスイには、狐らしい耳こそあれど、尻尾は見当たらず。獣人種らしい特徴は耳だけにとどまっていました。

どうして私だけ……。自分の姿を見るたびスイはそう思います。両親や妹とは違って、生まれつき尾が無く、毛色も金色や銀色が並ぶ中、一人、黒。

スイ達狐族は太陽と月に愛された種族と呼ばれ、生まれつき魔術に素養が有り、毛色も金色や銀色の者が多い種族です。さらに言えば、力の強さが尻尾に現れる種族であり、尾の長さが賢さ、尾の数が力量を示すというのが彼らの常識。

ゆえに、黒髪や尾がない獣人種は厄災を持ち込む忌み子、劣等種。差別の対象でした。

そこに黒髪で、まして魔術はからっきしな尾の無い子どもが混ざれば、おおよそ結果は見えているでしょう。

”尾無し娘”、”落ちこぼれ”そうはっきりと明言する村の者はたくさんいました。

幼少期の周囲の奇異の視線や、子ども達に虐められたことは、今の、人嫌い、内向的でコミュ障のスイの人格を形成する要因の一つとなったのは明らかでしょう。

……そろそろ貯金も無くなるし、依頼でも受けようかな。

スイは嫌なことを思い出す前に、干し肉一つ齧りながら町の方へと歩を進め始めました。



都市ビエント。

山谷風が吹いて止まないことから風の街と呼ばれるこの町は、比較的治安も穏やかで、田舎町ゆえに、町役場のギルドが請け負う狩人達も新米が多い、平和な町です。

商業地区へと足を運べば、朝だというのに随分と活気付いていました。

林檎や葉野菜など食料品が露店に並び、自分の店を持つ人々は開店直後の忙しさに翻弄されています。

人がいっぱいいる……。

スイは深呼吸。目深にフードを被ると、雑踏の中を歩いて行きます。息を押し殺し、しばらく歩くと目的の建物が見えました。

狩人ギルド。各町に設置された狩人ーーハンター達の集会場です。

この世界には魔物と呼ばれる独自の生態系を持つ生物がおり、古来より人々はその魔物がもたらす被害に悩まされていました。

人々は傭兵を雇うなりしてこれを退治していたのですが、ある大きな災害が起きた後、王令によって設立。現在まで人々の様々な依頼を受注、達成する機関として相成ったのでした。

商人ギルド、手工業ギルドに習って設立された為、各手続きの主導は町人によって成り立っており、狩人になる為に資格も必要だったりします。

ギルド内部に入ったスイは、疎らな人数にホッと息を吐くと依頼の貼り出された掲示板へ足を運びました。

『傷薬作成の為の薬草を集めて来てください。※籠一つ分』

『ホーンラビット三匹の討伐。※解体必要無し。ただし品質B以上』

『夫が最近夜遅くまで帰って来ません。本人は仕事と言っているのですが、怪しい点がいくつも見られます。どうか調査をお願いします』

と、様々ある依頼書から自分の望むものを選ぶシステムとっており、依頼の難易度でEからAまで区分されています。

その上、狩りから採集、浮気調査と多種多用(浮気調査と狩人の関連性はよく分かりませんが)。

また、依頼をこなしていくうちに受注できるランクも上がっていきます。

スイはEからCまでの依頼を受けられるCの資格を持っているので、そそくさとCの討伐依頼所を取ると、受付嬢の下まで向かいました。

エプロン姿に三角巾。青髪の下には見知らぬ顔がありました。

知らない人、新人さんかな。


「これ」

「おはようございます! 依頼の受注ですね……えっと、グールの討伐はCランクの依頼になっていてーー」

「こら、ジル。ちゃんとギルドカードも見なさい。この子はCランクの狩人よ」

「え!? あ、すいません! ラティーシャ先輩」

「はぁ、レティでいいって言ってるでしょ。あと、謝るべき相手はスイさんよ」


ぼーっと後輩育成にかかる様子を眺めていたスイは突然自分の名を呼ばれてギョッとしました。顔を上げた拍子に目が合います。

後輩の失敗を叱るのは此処に勤めて長いラティーシャ・パーシヴァル嬢。スイも見慣れた受付嬢で、ここの看板娘担当でもあります。

営業スマイルを浮かべたレティ嬢と後輩の視線。それだけでも自分の心臓がキュウと締め付けられるような感覚に陥る自分のチキンハートを嫌悪しつつ、スイは依頼書を受け取ります。


「本当にあんな子どもがCランクなんですか?」

「ええ、彼女はーー」


その先の言葉は聞かず、スイは走り出しました。

町を抜け、門をくぐって、人影が消え去ってから一息。どうしても、人は怖いです。

気持ちを切り替えて、昼ごはんも買えない金銭状態を恨みがましく歩いて行けば、太陽がすっかり昇った頃に、目的地である東の森へ。

依頼書の情報によれば街道沿いにグールが巣を構えたと書いてありますがーー


「うわ、オーガもいる……」


困ったことに、オーガとグールーー鬼と屍喰らいが縄張り争いをしていました。

どちらも人に害をなす困った魔物です。数は双方合わせて10匹ほど。どちらもスイより大きい体躯でした。構成としては数に勝るオーガにグールが押されている感じです。

まぁ、変わらないか。どちらかといえば報酬増えるから美味しい状況だし。

スイはナイフを取り出すと、化け物の群衆へ駆け出します。その速度は異常。

かなりの距離があったにもかかわらず、一秒後には、1匹のグールが物言わぬ屍へと姿を変えていました。

狩りを生業とし始めてはや5年。まるで子供のスイであっても、狩りという危険極まりない仕事で生計が成り立つ理由がこれです。

逆手に構えたシースナイフ、人智を超えた身体能力。この力は先天的なものではなく、与えられたもの。容姿とともにこの力を得てしまったことを憎んだ日々は数知れず。ですが、今はそんなことを考えるべきではない、と目の前の敵にスイは意識を傾けます。

周囲に9匹。突然の来訪に固まった2匹を一刀で首を落とします。

「ギャギャア!」

動き出す、左翼側3匹。武器を振りかぶるオーガ。スイは合気道のような要領で地面へ叩きつけると踏み殺し、流れるような動作で2匹の心臓を穿ちます。

あと4匹……いや、2匹は逃げちゃいましたか。じゃあ後は

「ギギギ……」

背後の2匹。

釣られて逃げるかと思えば、向かってきました。

スイは別段驚いた様子もなく、自然体から跳躍。コマのように回ると、その勢いを乗せて背後に迫るオーガを横薙ぎの蹴りで吹き飛ばします。

鈍い音。すっ飛んでいったオーガは、遠くに控えたグールまで巻き込んで身体を樹木の幹へ叩きつけられました。

巻き込まれた方は、動かなくなったオーガを押しのけ脱出しようともがきます。がしかし、

ーーダアァァンッ!!

比喩なしに、音の壁を超えて投げられた短剣が二匹の心臓部を貫いたのでした。

あれだけいた魔物がものの数分で全滅。後には血の海に佇む少女一人。なんとまあ異様な光景でしょう。

スイは奥の幹まで深く突き刺さったナイフを抜くと、樹木はミシミシと嫌な音を立てて倒れました。

血が滴り、太陽光を鈍く反射する銀の刃。見ているだけで寒気のする不気味なナイフ。

スイはナイフについた血を振り払い、刃を納めると、

「私もいっそ、ただの化け物なら良かったのに」

そう言って、自虐的な笑みを浮かべたのでした。



夜の帳が下りました。

報酬は上々。オーガの参戦によって思った以上の収入に満足しつつ、今日の夜ご飯は市場で精神を削って買った川魚7匹。内臓を取ってもらったものです。少々買いすぎな気もしましたが、お金は多く入りましたし、問題無いでしょう。

拠点まで戻ると火起こしの準備に入ります、円形に積んだ小枝に火を灯します。

パチパチと順調に火は猛り、煙が風に煽られ北へ流れていきます。

魚を串に刺し、火にかけたところで、調味料が寝床に埋もれていたはずだ、と寝床へ意識が向きました。

そうして寝床へ向かったとき、ハッとして息を呑みました。

……! 誰かいる?

耳をすませば、かすかに寝息が聞こえてきます。

恐る恐る覗き込むとーー見知らぬ少年が眠りこけていました。




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