産業スパイ疑惑
「それでは事情聴取を始めましょうか」
爆弾が設置された倉庫前から警備室に戻った木原は手を叩きながら、五人の前に姿を見せる。
「それよりあのアラームは何だったんだよ」
疑問に思った佐野が尋ねた。隠しても仕方ないと思った木原は、警備室に閉じ込められた男女全員の顔を見て、事実を打ち明けた。
「皆さん。落ち着いて聞いてください。警備室の中に爆弾が仕掛けてありました。それが爆発したら、確実に私達は命を落とすでしょう」
衝撃的な事実を聞かされた5人の男女は声を失う。
「警備室の倉庫の前って開かずの間疑惑が強い所ですよね?」
川上が首を傾げると近くにいた佐野が首を縦に動かした。
「そうだよ。開かずの間じゃないかって1番疑わしいのは、警備室の倉庫だよ」
「開かずの間に爆弾ね。やっぱり私は無関係です。私はこの会社に勤めていないから、警備室のドアを開けることはできない。だから、缶コーヒーに毒物を仕込んだり、爆弾を設置したりなんてことは私にはできません」
東の意見を聞き、大野が鼻で笑う。
「この中に協力者がいなかったらの話でしょう。もしくは被害者が警備室に招き入れたのかもしれません。それでは、東さんにお聞きします。なぜ稲葉専務へ頻繁に取材を申し込んでいたのか」
刑事からの質問に東は思わず苦笑いする。
「ここだけの話。稲葉専務と田中ナズナが繋がっているのではないかという噂があって、それを本人に確かめようとしていたんですよ。それと産業スパイ絡みのネタを仕入れて来いと上司に命令されまして」
「田中ナズナ。美し過ぎる福岡県議会議員秘書との癒着ですか?」
木原が稲葉の方を向き、首を傾げる。すると稲葉はまるで誤解だと言わんばかりに、両手を振った。
「田中ナズナとはパーティーで知り合っただけだ。事件とは関係ない。そんなことより、一番怪しいのは、角歩じゃないのか? 籠城事件を起こすために、会社に潜り込んだ」
稲葉はギロっとした視線を角に向ける。角は仕方ないと思いつつ、肩を落とした。
「残念ながら、それは違います。私は椎名社長に雇われた探偵です。産業スパイについて調べてほしいと依頼されて、潜入捜査をしていました。私の本名は、
そう言いながら自らを探偵と名乗る女は、木原刑事に名刺を手渡す。そこにはハッキリと、『探偵 江角千穂』と書かれていた。
「なるほど。潜入捜査ですか」
「はい。この事件に産業スパイが関わっているというのなら、情報提供をしますよ。この場にはルポライターの東さんがいるから、場所を変えないといけませんが。産業スパイの記事が書かれてしまえば、椎名社長との契約違反になります」
「分かりました。奥で話を伺います」
木原は首を縦に動かしてから、奥に向かい歩き始めた。それに続き江角千穂も足を動かす。
そうして残った4人の男女の顔と大野は向き合う。
同じ頃、千間刑事部長は刑事部長室に合田警部を呼び出した。刑事部長は早速一枚の紙を合田に見せる。
「先程、こんなメールが警視庁に送信された」
メールがプリントされた紙を渡された合田は、その内容を読み顔色を変える。
『私は透明人間。これは挑戦状。今から5時間30分後、大きな花火を打ち上げよう。忌まわしきセンタースペードを落城するために。運命を賭けたゲームをしよう。爆弾はパスワードを入力することで解除できる。ただし1回でも間違えたら即爆破だ』
「警視庁への挑戦状か」
合田が呟いた後で、千間刑事部長は腕を組む。
「そうだな。幸いなことに、現場には2人の刑事がいる。北海道にいる喜田参事官と、籠城現場にいる木原達と連携して、迅速に事件を解決しろというのが、上層部の意見だ。それで、捜査に進展はあるのか?」
「はい。あの会社を恨んでいる人物を洗っているのだが、容疑者が中々浮上しない」
「そうか」
「ところで、なぜ喜田参事官が北海道にいるんだ?」
刑事部長が肩を落とした後で、合田が尋ねる。すると、刑事部長は腕を組み直しながら、答えた。
「親戚の結婚式に出席するためだそうだ。ヘリで刑事を北海道に送るよりも、喜田参事官を利用した方が、捜査費用が安く済むからな」
「なるほど」
合田警部は目を点にして、納得した。そして警部は頭を下げて、刑事部長室から立ち去る。
丁度その頃、警備室の奥にある休憩室の中にある冷蔵庫を木原が開けた。中には冷えた缶コーヒーが5本入っている。中身を確認した刑事は、情報提供者である江角千穂と向き合った。
「まず、殺害された加藤さんが産業スパイではないかという話をご存じですか?」
「はい」
「探偵として調べた結論ですが、加藤さんは濡れ衣を着せられて、会社を追放されたんです。真犯人は加藤さんをスケープゴートにして、他社に情報をリークしていたようです」
「なるほど。産業スパイの容疑者は誰でしょうか?」
そう尋ねられた江角は、首を縦に動かす。
「専務の稲葉さん。加藤さんの同僚の川上さん。警備員の佐野さん。この3人の中に産業スパイがいます」
「なぜ警備員も容疑者なのですか?」
誰でも抱くような疑問を木原が口にすると、江角は裏話を明かした。
「佐野さんは、弊社の完璧な防犯システム構築開発チームのリーダーだったんです。ところが、7年前、初代の社長が突然失踪したため、椎名が2代目の社長として就任。それから佐野さんは椎名社長の命令で警備員をやらされる羽目になったんですよ。この会社のセキュリティーシステムを強化するためのようですが、実際は島流しですね」
「なるほど」
「それで、1番怪しいのは川上さんなんですよ。1か月前、彼女は女子トイレのゴミ箱に名刺みたいな紙を捨てたんですね。それを拾ったら、4桁の数字が書かれていました。1576って。もしかしたら何かの暗号なのかもしれないと思って回収しましたよ」
「その紙は今も持っていますか?」
刑事からの質問に対し、江角は首を横に振る。
「ごめんなさい。その紙は探偵事務所で保管しています。後で警察に持っていきますから、令状取って回収だけはやめてください。お願いします」
両手を合わせ頼む若い女の行為に、木原はタジタジになる。
「分かりました。その紙は証拠品になるかもしれないので、後で警察に提出してください。ところで、初代の社長の名前は何ですか?」
「津島永徳さん。因みに津島さんと椎名社長、辻さんの3人は幼馴染という関係だったようです。それと今日は、津島さんが失踪した日です。爆破時間は、最後に新宿駅で津島永徳が目撃された時間ですね」
江角から情報を聞き出した木原の中で仮説が生まれる。警備員の辻が殺害された事件と今回の奇妙な籠城事件の犯人が同一人物だとしたら、津島永徳の失踪にあの2人が関わっていると思った犯人の復讐。だが、加藤殺害と2つの事件との繋がりが見えない。
兎に角、一連の事件には津島永徳が関わっている可能性が高い。そう思った木原は、合田警部にメールで頼む。津島永徳について調べてほしいと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます