第2の遺体と閉じ込められた男女
廊下を一直線に走る4人の耳に悲鳴が届く。何事かと驚いた稲葉は警備室のドアを開けるため、カードキーをかざす。続けて指紋認証を終わらせると、すぐにドアは開く。
ドアが開いた瞬間、刑事は黒縁眼鏡の中年男性が腰を抜かしている姿を見る。その男の体は小刻みに震えていた。
ただ事ではないと感じ取った刑事は、すぐに現場に臨場し、震える警備員の制服を着た男に声をかける。
「警視庁の木原です。どうしたのですか?」
警備員の男は、身を震わせながら右を指差した。そこでは、小太りの男が胸を掴み、仰向けに倒れている。それは間違いなく辻雅夫だった。
「大丈夫ですか?」
倒れている辻に大野が駆け寄り、彼の体を揺らす。だが、彼の心臓は止まっていた。
現場の近くには、缶コーヒーが落ちている。
遺体から漂うのは、アーモンドの匂い。現場の状況を理解した大野は、その場に座り込む。
大野が思考を巡らせている中、木原は遺体の第1発見者らしき男に尋ねた。
「あなたの名前と何が起きたのかを教えていただけませんか?」
「警備員の
「佐野さん。つまり被害者は缶コーヒーを飲む習慣があったということですね」
「そうだよ。警備の交代の時間になったらいつも飲んでいたよ。俺は飲まないよ」
佐野の証言が聞こえた大野は立ち上がる。
「殺害方法が分かりました。辻さんの死因は青酸系の毒薬を飲んだことによる中毒死。その証拠に遺体からアーモンドの匂いが漂っています。そして現場には、缶コーヒーが残っていた。現場の状況から辻さんは毒入りの缶コーヒーを飲み死亡したということですね。自殺か他殺かは分かりませんが、鑑識が調べればすぐにこの仮説が立証される……」
その時、警備室のドアが突然閉まった。佐野が開けようとしたがビクともしない。
『我が名は沈黙の篭城犯。この会社は我が乗っ取った。この会社の全てのセキュリティーシステムを掌握した我によって、君達は迷宮に閉じ込められたのだ』
木原達を警備室に導いた謎の声がどこかから聞こえてくる。
『イタズラだと思うのなら、警察に問い合わせればいい。新宿駅の駐車場で黒色のワンボックスカーが爆破される事件が発生していたら、納得できるだろう。その爆弾の数十倍の威力の奴を社内に仕掛けた。非常口から逃げようとしたら爆破する。君達は籠城事件の人質なのだ。非常口を使い、1人でもビルを脱出すれば、爆弾のスイッチを押す。無事に解放されたかったら、大人しく北海道に出張中の椎名社長との取引が成功するよう祈っておけ』
透明人間と名乗る姿なき籠城犯からの犯行声明を聞き、二人の刑事は互いの顔を見合わせる。それと同じくして、警備員の佐野は慌てて、パソコンでセキュリティーシステムの稼働状況を確認する。そのモニターに映し出された結果を見て、佐野はシステムの修正に挑む。だが、どうやってもシステムは修正されない。絶望的な状況に警備員は絶句した。
「ダメだよ。全てのドアがロックされてるよ」
一方で木原は携帯電話を取り出す。携帯電話の電波は届いていることを知った刑事は、これなら外部とも連絡できることに気が付く。
そうして1人の刑事は、上司である合田警部に電話する。警部との電話はすぐに繋がり、木原は一呼吸置いてから、状況を報告した。
「合田警部。株式会社センタースペードで籠城事件が起きています。イタズラではないという証明のため、新宿駅の駐車場に停車している黒色のワンボックスカーを爆破すると犯人は言っています」
『どうやらそれは正しいらしい。先程新宿駅を捜索中の刑事から連絡があった。問題の黒塗りのワンボックスカーが突然爆発したってなぁ。ナンバーと照合した結果、爆破されたのは、加藤一成の遺体を運んだ車の物だということが分かった。幸い怪我人は出なかったが、これでイタズラではないことは分かっただろう。それで籠城犯の人数は?』
「不明です。姿なき籠城犯は、会社のセキュリティーシステムをジャックして、会社員達を閉じ込めたんです。私と大野は警備室に閉じ込められています。警備室にいるのは、営業部の稲葉浩二専務。同じく営業部の川上早紀と角歩。警備員の佐野勇作。ルポライターの東薫。合計七人ですが、他にも警備員、辻雅夫の遺体が転がっています。自殺か他殺かは分かりませんが、殺害方法は毒殺の可能性が高いです」
『加藤一成殺害事件との繋がりがあるかもしれないな。辻雅夫殺害事件の捜査はお前らに任せる。俺は加藤一成殺害事件の真相を追い、SATに出動を要請してもらう』
「分かりました。それではこっちで何か分かったら逐一報告します」
木原は電話を切ると、同じ部屋に閉じ込められた5人の顔を見た。この中に加藤一成を殺害した犯人がいるかもしれない。そう思い疑いの目を向けた刑事に対し、稲葉は右手を挙げる。
「刑事さん。椎名社長が今日北海道に出張しているのを知っているのは、この会社に勤めている人間のみ。だから透明人間かその協力者は、社内にいるっていうことになる」
「まあ、ただのルポライターの私には関係ないですが」
東は手を振り、無関係というアピールをする。しかし大野は東の意見をあっさりと否定した。
「そうとは限りませんよ。この会社の中に共犯者がいれば、あなたも疑いの対象になります」
「大野の言う通りですが、先にやるべきことがあります。この警備室で館内放送ができると聞いています。今から館内放送で、このビルに閉じ込められた人質に状況を伝えます」
「分かりました。警備用モニターの右側にマイクがありますから、マイクの手元にある赤色のボタンを押してからアナウンスしてください」
川上早紀は右手を挙げ、木原刑事の行動に賛成する。そうして木原は、川上に案内されマイクの前に立った。刑事は赤色のボタンを押し、マイクに向かい話しかける。
「皆さん。落ち着いてください。警視庁捜査一課の木原と申します。現在セキュリティーシステムは沈黙の篭城犯と名乗る犯人に握られています。また社内に爆弾が仕掛けられている可能性は非常に高く、誰かが逃げれば爆発させるはずです。警察には通報済みで、彼らは必ず助けに来ます。だから指示があるまで単独行動は慎んでください」
木原は警備モニターをチラッと見て、アナウンスを続ける。
「廊下に取り残されている人もいるようですが、決して爆弾を探さず、その場で待機してください」
木原のアナウンスが終わる頃、警備室に紛れ込んだ犯人は、ポケットの中に忍ばせたスイッチを押した。それから間もなくして、警備室にアラーム音が響く。
どこからか聞こえて来た音に反応した刑事は、音のする方向へ走り始めた。警備室と警備員の休憩室を繋ぐ廊下の間には倉庫がある。
その倉庫のドアの前には、赤く光るデジタル時計が置かれていた。それを見た二人の刑事は、目の前に爆弾が仕掛けてあると知る。
5時間30分から徐々に減り続けるタイムリミット。仕掛けられた爆弾にはテンキーが装着されていた。
パスワードを入力すれば爆弾は止まる仕組みではないかということを、すぐに刑事達は理解できた。
「この警備室以外にも爆弾が仕掛けられている可能性もありますね」
大野が木原に耳打ちする。その後で木原は頷き、真剣な顔付きになった。
「この爆弾が爆破したら、この部屋にいる七人の命が危うくなりますよ。この部屋にいる人間の命を守るためにも、私達は事件を解決する必要があるようですね」
木原は爆弾の灯りに照らされながら、同じ部屋に閉じ込められた5人の男女の顔を真剣な眼差しで見つめた。
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