消えた元社長

 木原が佐野の犯行を疑い始めた頃、大野は残った4人に対して事情聴取を始めた。

「加藤一成さんと椎名社長、辻雅夫さん。この3人を恨んでいる人物をご存じですか?」

 大野の問いかけに対して東は手帳を広げながら答えた。

「それなら、この場にいる私と刑事さん以外の3人が怪しい。川上さんが怪しい。彼女と加藤一成さんと色恋沙汰になっているようですが、彼には北海道札幌市在住の婚約者がいるんですよ。確か名前は、宮村善子さん。宮村さんは私と同じ出版社の札幌支社に勤めていてね、そんな話を聞いたことがありますよ。それで辻さんを殺害した動機は、セクハラ行為をされたから。辻さんは女性社員に手を出していたようですし、椎名社長はそれを黙認していた」

「残念ながら、それは違います。その北海道の婚約者さんとは、一か月前に別れたと加藤から聞いています。確かに辻さんのセクハラ行為を椎名社長が黙認しているのは……」

「これ以上言うな!」

 川上の否定する声を稲葉が掻き消す。そして稲葉は呼吸を整えて、部下を注意した。

「言おうとしたことを認めたら、記事を書かれて、会社の信用が失われる。口を慎め」

「はい」

 川上は短く答え、頭を下げた。2人のやりとりを見ていた東の顔から笑みが零れる。

「稲葉さん。あなたへの取材はスリリングな心理戦になりそうですね。後半の出まかせを見破るなんて、普通の専務はできませんよ。それとも、何か他に記事に書かれたらマズイことがあって、敏感になっているのでしょうか?」

「兎に角、ルポライターに話すことはない」

 稲葉は東の顔を睨み付け、黙り込んだ。その反応に東は肩をくすめる。

「じゃあ、次は稲葉さん。あなたは、加藤さんに自分のプロジェクトを取られて恨んでいたでしょう。それを決めた椎名社長も許せない。それに加えて、田中ナズナとの癒着。その証拠を辻さんに握られて、口封じのために殺害。大体そんな所でしょう。辻さんと私は飲み仲間で、昨晩居酒屋の席で彼は言っていましたよ。会社の不正の証拠を見つけたってね。これ以上のことを彼は言っていないけれど、不正の証拠というのが、田中ナズナへ賄賂な何かを渡していたって奴かもしれない」

 稲葉は東の言うことを黙って聞き、頑なに口を閉じた。それから東は指を3本立てる。

「最後は佐野さん」

 間もなく東による情報提供が佳境を迎えようといった所で、木原が江角と共に帰ってくる。

「佐野さんの犯行動機なら、江角さんから聞きましたよ。初代社長、津島永徳さん絡みですね。動機は津島社長を失踪させた辻さんと椎名社長に対する復讐。でも、加藤一成を殺害した動機が分からない」

 刑事が東よりも早く疑わしい動機を明かし、東は舌を巻いた。

「探偵の江角さんだっけ。その情報を得ていたのは私だけかと思ったけれど、そんなことはなかったってことですか。この情報収集能力はスゴイです」

「そうですか?」

 江角千穂は褒められたことを嬉しく思う。その後で東は自分の入手した情報を刑事に伝えた。

「佐野さんが加藤さんを殺害した動機は簡単です。稲葉さんが、加藤さんに自分のプロジェクトを取られたと話しましたが、あれには続きがあるんです。稲葉さんが考えたプロジェクトは、佐野さんの考えた物とほぼ同じ。椎名社長に潰された奴とね」

 それぞれの犯行動機になりそうな事実を明かした後で、東は自信満々に胸を張る。

「まあ、ただのルポライターの私には犯行動機がありませんが」

「そうとは限りませんよ。あなたと津島永徳には関係があるのかもしれませんから」

 木原の一言を聞き、東は腹を抱えて笑う。

「これは傑作ですね。もしも私と津島永徳に関係があるとしたら、私も容疑者っていうことだ。そんなに疑わしいのなら、調べたらいいじゃないですか?」

「今調べてもらっている所です」

 

 東と木原刑事のやりとりを聞いていた犯人は、冷や汗を密に掻く。

 自分と津島永徳の関係がバレてしまえば、容疑者として疑われるのは確定。その前に何とか計画を遂行しなければ。

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