遠藤 秀一 -Another-

 僕は好きな娘がいた。クラスの中でとても可愛くて優しい女の子だ。髪が短くて活発そうで、お尻が大きくて。男子の奴らは胸の小さいことを影で馬鹿にしていたが、そんなのどうだって良い。

 僕の初恋だ。

 奥手な僕はずっと話しかけられずにいた。いつか話しかけたい、そして仲良くなって、一緒に帰って……。そんなことばかりを妄想していたある日のこと。

 僕のスマフォに見たことがないアプリがインストールされていた。

 ハッキングで乗っ取られたことも考えて、僕なりに調べてみたが形跡がない。何よりセキュリティは厳重にしてあって、二重認証による僕の許可がないと何も出来ないようにしてあるはずだ。

 高度なハッカーがいたとして、金もろく・・に持っていない僕を狙って何の得がある?

 僕なりの結論を出して、そのアプリをタップした。

《ようこそ。君は選ばれました。あなたの願いを叶えることが出来るアプリです。位置情報さえ許可いただければ、必要なお金・その他利用料は一切頂きません》

 なんだこれ?

 位置情報の許可? つまり僕を監視するってことか。

 僕なんてストーキングしても面白くもなんともないだろう。許可してやるよ。

《ありがとうございます。では、あなたの願いをご入力してください。ただし、願いの規模によって叶う時間が代わります。くれぐれもあなたの寿命の間にかなえられるものにしていただきますようお願いします。ここで引き返すことも出来ます。「拒否」をタップすればアプリは消えます。「承諾」をタップすれば、後は音声入力か文字入力で願いを言えば完了です》

 寿命以内って、つまり世界征服とか大きすぎるものはダメで不老不死とかそういう願いは意味が無いってことか。

 頭のなかにあの娘の顔が過ぎった。

 僕は文字入力をした。

《小川 美久の彼氏になりたい》

 するとアプリは七色に光り始めた。

《ご協力ありがとうございます。契約完了です。あなたが幸せになることを心から願っております》

 と、アプリアイコンがスマフォから消えた。設定画面から覗くとバックグラウンドで動いているようだ。設定にロックがかかっていて、常駐から動かせない。

 僕は半信半疑どころか、全疑を持って眠った。



 朝、誰に揺さぶられた。

 母さんか? いつもほったらかしにするくせに。

「――きて」

 うるさいな。

「起きて、遠藤くん」

「⁉」

 僕は声に跳ね起きた。

「お、小川さん⁉ なんで」

「起こしに来てあげたのに、何ではないでしょ」

「ご、ごめん」

 制服姿の小川さんが僕のふとんの上を跨いで起こしていた?

 どうして?

 僕は母さんの所に寝間着のまま向かって行き、聴いた。

「母さん、なんでクラスの女子が来てるの」

「何って、アンタ達付き合っているんでしよ」

「え?」

 まさか、あのアプリ、段階踏まずにいきなり叶えてくれるものだったのかよ。

「秀一、ほら顔洗ってきなさい」

「う、うん」

 こうして僕は小川さんの彼氏として日々を送ることになった。


 そんな時だった、僕は公園でデートしているときにアプリのことを打ち明けた。

「――というわけで、付き合えるようになったんだ。信じられないよね」

「ううん。信じてる」

「え」

「だって私も、持ってるの」

 ということは美久も俺のことが……。

「でもね」美久の口調が急に変わった「ちっとも願いが叶わないから、正直イライラしているの」

「え? 願いって。僕の彼女になるんじゃ」

「ちげーよ。おまえを私の肉人形にするのが願いだよ」

「肉?」

「解剖して、ちんこ立たせて精液出るかどうかとか、頭蓋骨の中見て、射精する時どういう匂いがするかとか、楽しみにしてたのに、ちっとも願いが叶わねー。そういうことか、お前が変な願いしたせいで遅れてんのか」

 態度の豹変に僕は怯えてしまった。

「そ、そんな……」

「お前が隣で寝ている時、何度もメスを入れようとしたんだ。でも必ず邪魔が入りやがる。いい加減ムカつくんだよ。そのスマフォよこせ、叩き割ってやる」

「離せ、やめろ」

「うるさいっ」

 手首からものすごい勢いで血が吹き出した。

 美久の手にはメスが握られていた。しかも、あの黒ずみは相当使っている……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 僕は逃げた。

 捕まれば殺される。殺されるより酷いことになる。今までこんなことにならなかったのは、お互いがアプリを使っていることに気づかなかったからだ。

 僕は、なんて娘を好きになったんだ。アレじゃただのサイコパスじゃないか。

 路地裏に逃げ、迷路のように駆け回った。

 その頭上から美久が笑いながら降りてきた。

「ふふふ、ははは」

 美久がメスを振り下ろした。

 俺はスマフォで受け止めた。

 強烈な光とともに、布団から跳ね起きた。

「ハァハァハァ……。夢?」

 僕は恐る恐る手首をみた。すると、大量の血が布団を染めていた。全く止まらない。

「そ、そんな」

 スマフォはこわれていた。そこにメスが深々と刺さっていた。

「あははははは」

 ……女なんてもういいや。

 薄れ行く意識の中で、見たことがない男の顔がみえた気がした。

 気がつくと僕はオークを操り、異世界の女たちをかき集めていた。

 ゴブリンに殺された。



「――これが……あの子の記憶」

 スピカはスマフォという板の絵が消えるまでじっとそれを見ていた。

 俺は言った。

「最後の男の顔、もう少し鮮明にならないのか」

「ダメみたい。もう再生できないっぽい。それに……疲れた」

 アケミさんは嫌悪を込めていった。

「どっちも最低よ。それに、記憶が断片的過ぎるわ。いわゆる走馬灯ってやつね」

 俺は皆が思っているであろう懸念を口にした。

「ミクって女がこの世界に来ている可能性があるな。だとしたらなんとかしないと」

 考え過ぎなら良いんだが。

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