俺の左半身が……くっ -5-

 男の死体を漁ってみた。全身打撲と骨折、背骨が完全に折れてしまっている。顔はもう判別不能。だが、フードの中の服装から察するに、どうもこのあたりの街のやつじゃないな。肌の色も違うし。

 何かカードのようなものが出てきた。

「なんだこの文字。読めん」

『あ、これ日本語』

 スピカが言った。

「なんて書いてあるんだ」

『……』

「おい、どうした」

『私が読むわ』とアケミさんが読み上げた。

 【遠藤 秀一 2002年8月15日生まれ 市立マサダ学園1年】

『……これ生徒手帳ね。にしても21世紀生まれなんて、どういうことよ』

「どういうことって」

『私がここに来る前の時代と違うのよ。私が来た年は1999年のお正月』

「つまり?」

『つまり、この子は2016年頃からこの異世界に来たってことよ』

「同じ時間帯から同時に来たわけじゃないのか」

『今となっては、死んでるからわからないけど』

 気がつくと左半身が動かない。目まで見えなくなっている。動け、俺の左側。

『どうしたのよ、なんか視界がウロウロしてるわよ』

「左側が全く動かせないんだ」

『私の予想ならおそらくスピカのせいね。ねぇ、彼女を解放してみたら』

「ああ、やってみる」

 俺は右手だけで左剣の剣身を抜いた。すると、うずくまって丸まっているスピカが出て来た。

 ぐずついている。

「あ、左側が動く」

『のようね』

「おい、スピきゃん。どうしたんだ」

「私と同じくらいの男の子が死んじゃった。ゴブリンに殺されたんだよ、やだよ。私、死にたくないよ。もう帰りたい」

「ここにいるとオークに襲われるぞ。それでも良いのか」

「やだ」

「なら」

「やだ。やだやだやだ」

 ダメだ。まるで商業区のパン屋の前で駄々をこねているガキだ。このまま剣にしても俺の半身が動けなくなるし、かといって放っておいたらオークに犯されるかもしれないし。

 それに……。

「ちっ」

『どうしたの、ザリュウ』

「モンスターに囲まれた」

『さっきの奴ら?』

「分からん。だが、このままじゃ分が悪すぎる」

『どうするのよ』

「こうなったら、あれしかない」

『あれ?』

 スピカを左腕だけで引き寄せ抱きしめた。すぐに右剣を上の岩場に向かって投げた。

「逃げる! アケミさん、鉤爪頼む」

『わ、分かった』

 引っかかりを確認し、すぐに登った。

『お、重いわ』

「俺も登るから、なんとか頑張ってくれ」

『夜、いっぱいしてくれなきゃやだからね』

「分かったよ」

 岩場を蹴り上げ、できるだけ右剣のアケミの負担を軽くした。

 途中、ちょうどいい横穴がみえたのでそこに飛び込んだ。

 右剣を回収し、伏せながら下の様子を見る。

 コボルトの群れだ。頭が狼で二足歩行をする。ゴブリンと違って統率が取れた動きをする厄介な連中だ。血の匂いを嗅ぎつけたのか。

 だが、あいつらは生きた肉しか食わない。死体に鼻を近づけてたあと、そのまま退散していった。

「ふう、とりあえず一安心だ」

「ねえ、もう離してよ」

「あ、悪い」

「ふんっ、スケベ」

「あのなっ」

 ここに居ても何も出来ない。とりあえず降りようとしたが、スピカの顔が妙に明るい。表情ではなく、物理的に明るくなっていた。

「スピカ、なにしてんだ」

「スマフォが、ついた」

 そこに映ったのは、下に転がっている男だった。俺の魔眼のように拡大しているようだ。

 スピカがその板の▷マークを触ると、画面が動き始めた。

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