私を使っていいわよ -4-

 いくらこの魔眼でもゴブリンたちが何をやっているのか、木々に阻まれてわからない。騒ぐ理由は、他の冒険者がゴブリン狩りをしているのか、他のモンスターと戦っているかだろう。

 今すぐに確かめに行きたいが、ここを突っ切るのはリスキーだ。

『見に行ってみようよ』

「あのなスピきゃん、ここを真っ直ぐ行くのは危険なんだ」

『どうしてよ』

「この通りは、《スライムの沼》とも言われててな。強酸性を持つスライムがまるで沼のように巣食ってんだ。ここを行くってことは溶かされに行くってことも同じだ」

『どうするのよ』

「だから、大周りして行こうとしていたんだが、ゴブリンの騒ぎ方が妙だな」

『妙ってどんな』

「うまく言えないが、敵と戦っているにしては武器を振っていない」

 さっきまで誰かと戦っていると思っていたが、むしろ怯えている気がする。あいつらは悪い意味で恐れを知らない。どんな格上が相手だろうと襲わずにはいられない。もはや雑魚に等しいゴブリンが今でも鬱陶しいのは、そういう面倒な習性があるからだ。

 なのに、怯えている?

 俺が迷っているとアケミさんが提案してきた。

『木の上を渡っていくってのは?』

「ここの木、つるつる滑って登りにくいんだよな」

『私を使っていいわよ』

「いくら《ファング》でも、木に刺さるほどの投擲力は俺には出せないよ。専門外だ」

『なんか、出来そうな気がするんだよね。やってみて』

「わかった、アケミさんがそういうなら」

 俺は魔双剣を抜刀し、右剣を丈夫そうな枝に向かって投げた。

 すると赤い鎖はスルスルと伸び、右剣の形状が鉤爪かぎつめに変形してひっかかった。

 鎖を引っ張ると、しっかりと引っかかっている。

「すげぇ。こんなことも出来たのか」

『ジャンプしてみて。坊やを引っ張れるかも』

「わかった」

 俺は言われたとおりに右剣に向かってジャンプした。すると、赤い鎖が縮みだした。身体が引っ張られて枝に見事に飛び移れたのだ。この辺の体術は俺の実力だけどな。

『できちゃった』

「重くなかったか」

『ザリュウだけなら平気みたい』

「じゃあ、この調子で進んでみよう」

 下を見るとスライムたちが酸性の湯気をだしてうごめいていた。うえっ……。

 スピカが『キモイ』と思わず吐露した。気持ち悪いってことか? 同感だ。

 三回ほど繰り返すと、あっという間に2kmを進むことができた。

 さて、ゴブリンたちは何に怯えているのか。

 俺はスピカの魔眼を使って視覚を拡大させた。

 フードを被った魔法使いのような服装をした人間が、杖のような物をゴブリンたちに向けていた。何をやっているか全くわからない。何か言っている。ゴブリンの呻き声の中からかろうじて聞こえた。

「くそ、こいつらはオークと違ってぜんぜんいう事聞かねぇじゃねーか」

 何をしようとしている?

 俺が考えていると、男の声だった人間はその場を離れた。

 それを見た俺は身を乗り出した。

「馬鹿! ゴブリンに対して背を向けるな」

「ん? ぎゃあああああああ」

 ゴブリンが一斉に襲いかかり、その男はあっという間にリンチのミンチとなってしまった。

『いやっ……』

 スピカの小さな悲鳴が聞こえた。アケミさんは何も言わなかったが、同じ感情なのかもしれない。

「ちっ、素人だったのか」

 俺はゴブリンの群れに降り立って、スピカとアケミさんに言った。

「見たくないなら、俺との視覚を解いとけ。今からゴブリンどもを狩る」

『分かった』とスピカが言うとアケミさんは『いいえ、私は目を背けない』と決意を宣言するような口調で言った。

『これから坊やの剣になるって決めたんだから、私も戦うわ』

「アケミさん。……わかった、力を貸してくれ」

『ええ』

 ゴブリンは俺達に気が付き、振り返って一斉に飛びかかった。

 俺は右剣でそれらを一気に振り払った。

 振り払いそこねたゴブリンを左剣で捉え、腹をえぐる。そして素早く右剣でトドメの喉輪斬りだ。

 すぐに翻って体勢を整える、前に、飛び出す。どんな体勢でも動きを止めて構えていたんじゃ、そこに転がっている男の二の舞いになるだけだ。

 ゴブリンは悠長に構えを取っている。俺のほうが先手だ。

 右剣をさっきの鉤爪の要領で飛ばす。すると顔に引っかかり呻き声を上げて怯んだ。その隙に左右から飛びかかってくるゴブリンを左剣で振り払い、右剣で捉えたモンスターを釣り上げ、左剣で腸をえぐり出した。青い血が飛び散る。

 すぐさま後ろへジャンプし、背後に回られらないようにする。こいつらは、敵の背中をみると逆上して予測不能の攻撃をしてくる。わけがわからない習性だが、分かりたくもない。

 後三匹か。倒した数はこれで四匹。さっき吹き飛ばしたやつが二匹ほど運良く頭を打って死んでくれた。

 この数なら、三体同時に襲ってこようが蹴りと双刀で同時に殺せる。

 予想通り、というか馬鹿の一つ覚えで襲ってきたので右と左のゴブリンを突き刺し、渾身の蹴りを正面のゴブリンの喉輪にぶちかました。

 三匹同時に絶命。念のため、正面のゴブリンを右剣でトドメを刺した。

『すごーい。ザリュウって鬼強かったんだ』

 スピカが驚きの声を上げた。

「目をつむってろって言ったろ」

『瞑るほうが怖かったんだもの』

「ああ、そうですか。ついでに周りに生き残りがいないか見てくれると助かるんだがな」

『ううーんと。……いないっぽい』

「気配もないようだな。ふぅ」

 俺は一息ついて、《ファング》を振って血糊を飛ばしてから、納刀した。もちろん警戒は切らさずだ。

 俺は念のために聴いてみた。

「斬っている間、痛みとかなかったか?」

『特にないっぽい』

『私も、何も感じなかったわ。どうやらこの姿だと感覚はないみたいね』

「そうか」

 安心して剣を振れる。ゴブリンとは言え、手加減できなかったからな。

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