これが……我が魔眼か -3-

 南方向にしばらく歩くと、《ゴブリンの森》だ。そこまでは開けていて森らしい森はない。空を見上げると昼をちょうど過ぎた辺りで太陽が眩しい。

 このあたりは人工的に植林したハーブの草原になっていて、歩くと気持ちが安らぐ。大抵のモンスターはハーブの香りを最も嫌う。ゴブリンが鼻を曲げて退散するくらいだから、人間の感覚で言えば、肥溜めよりもひどい匂いなんだろう。

『いい香り』

 右腰に下げられたアケミさんが言った。もちろん、《ファング》の右剣の姿でだ。

「ここは昔、ミサキさんとカンナギさんが耕して作ったハーブ畑だって聴いた。今じゃ世話をしなくても育つようになったが、時々雑草をむしりに来ているらしい」

『さっき言ってたハーブってこれ? オーク避けがこんなにあるなら摘み取って身に着けていればいいじゃない。そうすれば襲われないでしょ』

「ダメなんだ。摘んだ花じゃ香りがすぐに薄れてしまう」

『香水とかにしないの?』

「オークは女と見ると、鼻が潰れようと襲ってくるから、結局意味が無いんだ」

『そうなの。本当にケダモノなのね』

「やっぱり、アケミさんは頭いいな。俺なんて教わるまで気づかなかった」

『……なんかムカつく」

 スピカが左側から愚痴をこぼした。

 俺はハーブ畑の端で立ち止まった。

「何なんだ、いったい」

『だって、いっつもアケミさんばっか褒めてさ』

「何のことだ」

『むぅ……。やっぱ腹立つんですけど。どうせ私は頭悪いですよ~だ』

「ったく。とりあえずここから《ゴブリンの森》だからな」

 なぜねるのが考えるよりも、警戒するのが先だ。

 冒険者以外は決して近づくことはない、モンスターだらけの森に入った。目指すは一ヶ月前に見つけたあそこだ。

 アケミさんが聴いてきた。

『私を抜かなくていいの?』

「いや、今は両手が自由になってないと。何が起こるか分からないから」

『そう』

 俺はあたりを見回した。モンスターはいない。視覚は、左の赤くなった目はスピカと共有し、右の青く染まった目はアケミさんと共有している。

『ねぇ、ザリュウ。あっち、なんかいる。ほら、向こう』

 スピカが何か見つけたのだが、ただ木々が生い茂っているだけだ。他に何も見えない。

「どこだ?」

『あっちよあっち』

 俺は左目に意識を集中させてみた。すると、みるみる視界が拡大され遠くの背景が近くに迫った。

「なんだ……これ⁉ いったい俺の眼に何が」

 確かに何かいる。それはゴブリンの小さな群れだ。こちらに気づいていないが、なにやら騒がしい。

『ねぇ、あったでしょ』

「ああ、何か知らんが、俺は魔眼を手に入れたみたいだな。これはお前の《ファング》の力か。凄いな、スピきゃん」

『へへーん』

 あの方角は、遠回りしていこうとした一ヶ月前のあの場所――オークがいた浅いトンネル――だ。

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