三十七話 助け舟とか、遅すぎませんか

 雷撃と氷槍が衝突し、砂煙が舞い上がる。

 兵団が一点に向ける視線の先、白銀と青綠の光が残像を残し現れては消えていく。一瞬でも視線をらせば巻き添えを食らい、気を抜けば殺気に意識を刈り取られる。絶え間なく光が交錯こうさくするその戦場から、誰もが目を離せずにいた。

 だが突如、衝撃音が止んだ。爆煙と白霧がゆっくりと晴れていく。


「おおっ……」


 そして、現れた光景を目にした兵団から小さな歓声が上がった。

 ――その先にいたのは、身体を地面に押し付けられた少年とその首を掴むルシアの姿。

 誰から見ても少年にとっては絶望的な状況。しかし、血だらけの少年は殺気を消す気配をまるで見せていなかった。

 己の首を締めるルシアの腕を握り、ゆっくりと口を開く。


「――何だって?」


 その底冷えするかのような怒りと、深い殺意が滲む声音に一同はびくりと身を震わせる。一方、その首を絞めるルシアは手の力を一層強め、興奮と期待にまみれた壮絶な笑みを浮かべた。


「ああ、何度でも言ってやろう。あの妹とか言う『銀の民シロガネ』も、お前にとってはあの奴隷と同じ都合が良いだけの道具なのだろう? あれの最期もなかなかに傑作だった。お前に直接見せてやれなかったのが実に残念で仕方がない程にな!!」

「――ッ!」


 酷く揺らぐ純白の瞳が開かれた。刹那、


「ぅ、ああああああああああああっ!!」


 悲鳴のような絶叫が暴力的な爆雷と共に一帯を襲った。

 ルシアは回避行動を取るも間に合わず、雷撃を食らい瓦礫がれきに叩きつけられる。


「ぐッ! …………はっ、まだ濃くなるか。大分意識が混濁しているようだが、流石だな」


 崩れ落ちてくる瓦礫がれきを払い除けるルシアは、ソレを見て口元を歪めた。青綠の瞳に映る少年は肩を震わせ、ふらつきながらもその全身から凄まじい濃度の術力を放っている。


「ルシアッ!! お前だけは、必ず……必ず殺すッ!!」


 激しい憤怒をあらわに声を荒げた彼。そこに先程までの落ち着きはなく、ただただ粗い無慈悲な雷電が暴れるように大気をのた打っていた。


「彼をっ! ――を、侮辱するなッ!!」


 激昂げきこうする少年は全身から白雷と血をほとばしらせ肉薄、腕を振り上げた。速さは先程の比ではない、だがルシアは間一髪で氷塊の盾を形成し防ぐことに成功する。

 電撃をまとった拳が派手な音をたて氷塊を砕いていく。が、厚さ二メートルはあろうかという氷の中層まで来たところで、その勢いは衰え始める。


 ルシアが攻に移ろうとしたその転瞬――

 スイは力任せにもう片方の拳を素手のまま氷盾に叩きつけた。


「っ!?」


 もはや素手とは思えない想像以上の膂力りょりょくにルシアは目を見開く。みるみるうちに氷にヒビが入り、骨が皮膚を突き出た上腕から噴き出す血液が翠氷を赤く染め上げる。


「くっ、まさに捨て身だなッ!」


 血霧と共に氷塊は粉砕。空中に踊るその破片がなお肉を抉るもいとわず、限度を超えた破壊力を伴った蹴りが放たれる。

 しかし軌道は単調、ルシアは身体を捻りそれをかわした。空を切った脚はもはや自力では勢いを止められず、支軸である胴体と軸足へその全負荷が掛けられる。

 めりょめき、ばきぃっ。ブチっ、べきべきべきべき。

 脚と肋骨が折れる音。靭帯が切れる音。

 そしてそれらを誤魔化ごまかす、鼓膜をつんざくような雷霆音らいていおん


 スイの肉体は膨大すぎる量と濃度の術力生成により自壊を始めていた。

 常識的に考えれば不可能、既に身体がミンチになる程の莫大な術力を行使してもなお辛うじて形を保ち、強引にでも動かせているのは最高難度の術力コントロールによる肉体修復と筋組織の操作が同時に行われているからだろう。

 ここまで理性の飛んだ状態でもそんな化け物染みた真似の出来る者が存在する、更にそれがこんな子供だなんて悪い冗談にも程がある。ルシアは背筋に寒いものを感じつつ、想定通りの成りゆきに口元を歪めた。

 一撃一撃の威力は桁違いだがすじは先より緻密さを大きく欠いている。その上、思考を放棄したこの様子だと動けなくなるのも時間の問題だろう。


 白雷が氷片を盛大に巻き上げる。

 ルシアは血塗れの、身体の節々があらぬ方を向いている少年を見やった。この状態で生きていること事態も衝撃的だが、大きく上体を捻ったそこからの軌道修正はもはや不可能。


「詰みだ、ハイマティ」


 そう呟き、少年の意識を刈るべく腰に忍ばせておいた物に手を伸ばした次の瞬間。

 少年はねじれた身体を強引に捻じ戻した。


「なッ――!?」


 大腿骨と骨盤、背骨が生々しい音をたてぐにゃりと曲がる。だがスイは構わず、そのまま反対の脚――解放骨折により骨が飛び出た右足――をルシアめがけ降り下ろした。


 ――その時だった。


「ぬおおおおおおおおおぉぉぉぉうっ!!」


 王宮の方から目にも止まらぬスピードで突っ込んできた何かがルシアをぶん殴った。


「どぅぶうッ!?」


 酷く間の抜けた声を腹から洩らしたルシアは、まるでに描いたような綺麗な放物線を描き数十メートル先に吹っ飛ばされる。


「ヨォォォシッッ! てめぇも歯ァ食い縛れゴルァァアアッッ!!」


 ルシアをぶっ飛ばしたソレはそのままの勢いで蒼をまとい、今度は少年の腹をぶん殴る。


「がっ――!?」


 これまた嘘のような曲線を描いて吹き飛ばされた少年は周囲に残っていた氷塊のひとつに衝突、その姿は一瞬にして砂埃に絡め取られた。


「なっ!? 貴様何者だ! よくもルシア様を!!」


 戦場に乱入し、あまつさえ彼らの指揮官を突然殴り飛ばした少女に兵団の怒気が膨れ上がる。だが少女はじ気づく素振りなど微塵みじんも見せず、くるりと兵団の方へと振り向いた。


「ん、なぁに? ……何か、文句でもある?」


 至極しごく不機嫌に、わずらわしそうに少女の碧眼が細められた。

 同時に周囲の地面から蒼焰が噴き出し、派手な爆発音を奏で空へ投げ出された氷片と瓦礫がれきが破壊されていく。


「ひィっ!? ……いや、その……なっ、何でもありま……せん……」


 余りの術圧と殺気に呑まれ、怒声を上げていた部隊長は腰を抜かす。それを見た少女は銀色の髪を蒼焰に遊ばせ、可愛らしく微笑むと。


「そっか。じゃあさっさと――消えて?」


 ばきり、とどこからか小さな音が響いた次の瞬間。少女の足元が術圧に耐えきれず陥没、地下を這い虚空へと噴き出した炎が兵団を大地ごと爆破した。

 蒼焰が辺獄へんごくを造り出し、瞬く間に阿鼻叫喚の巷と化した場。それをさぞつまらなそうに眺めたフウは地を蹴ると、砂塵さじんの中へと駆け出した。

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