二十九話 委ねる遺志を潰してさえも

 数分後、中央通りで顔を真っ赤にしながら吐きそうになったスイは、いつかのようにフウに強制連行されて時計台の上にいた。


「で? お兄ちゃんどーしたのさ、そんな必死に走り回って。お祭りではしゃいじゃった?」


 時計台の屋根から街を見下ろすフウは、手に持った紙袋から丸いものを取り出してはぱくついている。


「はっ、はしゃいだ!? 違うよっ! 大体僕はフウを……」

「あぁ、あれ? 『ご、ごめん! 大丈夫? あんまりはしゃぐと危ないから、気をつけ――」

「ああぁぁぁぁっ~!?」


 ご丁寧に声まで変えて真似を始めたフウにスイが再び赤面して飛びかかる。


「ぉぶっ!?」

「へへんっ、粗い粗い~」


 しかしフウはひらりと避け、身をひるがえすと数メートル先に着地。結果としてスイは屋根瓦に顔面を強打した。


「うぅぅ~……。フウ~、ひどい……むぐっ」


 呻くスイに駆け寄ったフウは、紙袋から取り出したものをスイの口に突っ込んだ。


「『かすてらぱん』って言うんだって」


 とフウが自分も食べながら呟く。

 もっしゃもっしゃという効果音の後、ごくりとそれを呑み込んだスイはむすくれながらフウを見上げた。


「…………おいひい」

「それはよかったぁ♪」


 三日月を背に笑う銀髪の少女は満足げに微笑んだ。



***



「えっ? 正面突破!?」


 王都を見下ろせる時計台、の屋根の上。そこにちょこんと腰かけるフウは、スイの話を聞いて驚きの声を上げた。


「そー、だけど……だめかな?」

「いや、だめじゃないけど。なんか想定外と言うか、意外だなぁって……」

「実は僕も結構、驚いてはいるんだ……」


 困惑する様子のフウに、スイもつられて逡巡しゅんじゅんする。

 確かに、こんな重要な場面においての正面突破は普段のスイなら絶対に選択しない方法だ。

 無論スイとて正面突破以外の方法を考えなかった訳ではない。

 王宮の警備が比較的軽い後方から侵入し、第四王軍長と国王を襲撃後離脱、もしくは凱旋中の襲撃が最も効率が良くそれを実行しようと思っていたのだが、何故か納得できない。腑に落ちない違和感があったのだ。


 そしてその正体に気づいたとき、スイは己に失望した。

 メドウとレナリアをあのように殺した奴らを、一思いには死なせたくなかった。王軍長は勿論、命令に従っただけの兵も甚振いたぶり、恐怖させ絶望のふちへ突き落としてから殺したいと思ってしまったからだ。

 手間もリスクも跳ね上がるこんなことをしたがるなど、全くどうかしている。分かってはいたが、それ以上に禍々まがまがしい殺意が溢れて止まらなかった。身体のどこかにぽっかりと空いたままの何かを、血肉と阿鼻叫喚あびきょうかんで満たしたくて堪らなかった。

 それ以降、スイの頭の中には正面突破、彼ら全員を血祭りに上げる以外の選択肢はなくなってしまったのだ。


「……むぐっ!?」


 何と答えれぱ良いのか分からず黙りこんだままのスイの口に、またしても何かが突っ込まれた。


「なんだなんだぁ~? そんなしなびたかえるみたいな顔して~」

「かっ、かえふぅっ!?(かえるっ!?)」


 隣に座っていたはずのフウがいつの間にか目の前にいてスイを覗き込んでいた。

 はっとすると同時に口の中に青臭さが広がり、スイは高速で棒状のそれを口から取り出す。


「え、……ナニコレ?」


 それは棒に刺さった緑色の細長い物体だった。

 答えを求め顔を上げると、どこから取り出したのか右手に同じものを持ったフウは首を傾げる。


「さぁ?」


 ぱきり、とフウがそれをかじる音が軽快に響いた。


「えええええぇぇぇっっ!? いやいやいや『さぁ?』じゃなくて! その顔絶対知ってるよね? 何か青臭いし……まっ、まさか蛙とか言わないよね!?」

「おっとっと、お兄ちゃんダメだよ~食べ物粗末にしちゃ」


 つい手を離してしまい危うく落下しかけたスイのそれをキャッチしたフウは、立ち上がりかけたスイの額にデコピンをする。


「んなぁっ?!」


 もはやデコピンとはかけ離れた破壊力を持つ衝撃を食らい、たたらを踏んだスイにそれを持たせ直すとフウは自分のを口にくわえたまま話し始める。


「もー慌ただしーなぁ、蛙の訳ないじゃん……。何か良く分からんけど東の方で採れるウリ科の果実らしいよ。酢で漬け込んであるんだって~」

「へ、へぇ~……」


 ぱりぱりとウリ科の酢漬けをかじるフウを横目に、スイは改めて綠色の物体を見てみる。フウは気にしていないようだが、独特の青臭さが鼻についてなかなか口にする気になれない。


「あっ」


 ぼーっとしてるとフウにウリ科の以下省略を没収されてしまう。正直余り食べたくなかったのでスイは少しだけほっとした。


「それでそれでっ?」

「あ、うん。丁度ここから見える王宮正面の吊り橋から乗り込む。二つ目の門を飛び越えられれば、特に問題はないと思うんだ」


 屋台の灯りに照らされ、闇に浮かび上がる王宮を指差してスイは続ける。


「今度は僕が多勢を相手取らせてもらうよ、内側に凱旋待機してる第四王軍をやるから……」

「私が頭をればいいんだね」


 棒だけになったウ以下省略を燃やしたフウは淡々と、しかし憎しみのもった声音で言った。


「くっそアイツめ、ぜってぇ許さん……」

「え? フウ何か言った?」

「んん? いいや、どーやって殺ろうかなぁって思ってさ」


 棒を跡形もなく燃し消し、手を二回叩いたフウは再びスイの隣に腰を下ろしてくる。


「あれ、もしかして殺す方法やりかたも作戦に入れてる? 指定っすかっ!?」

「いや? それはフウに任せるけど……あ、そう言えば今までどこ行って……」


 何の気なしに隣を見て、スイは固まった。

 会話の内容ににそぐわない場違いにもはなはだしい程の無邪気な顔で、フウが笑っていたからだ。それはまるでずっと欲しかった玩具を買い与えられた子供のような、今直ぐにでも鼻唄を唄い出しそうな可愛らしい笑顔。

 だがそんな表情とは裏腹に、フウからは凄まじい程の殺気が滲み出ていた。殺人的な禍々まがまがしい狂気を放つ透き通った碧い瞳がスイにそれを否応いやおうなしに悟らせる。


「フウ……」


 その顔を見て、スイは妙に胸が熱くなるのを感じた。

 この不安定で苛烈かれつで、狂おしい程に残酷な少女に自分は支えられているのだと。

 自然と頬が緩み、先までの疑問などどうでもよくなってしまった。


(フウが側にいてくれれば、今はそれだけでいい)


 口から出かけたその思いを飲み込むと、スイは精一杯の笑顔でフウに笑いかけた。


「頼んだよ、僕の分まで」

「勿論。任せて、お兄ちゃん」

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