六話 PPAB(ポッピングandバウンディング)

 荒れ地に一台の荷馬車が走っている。

 起伏きふくの激しい荒野こうやを猛スピードで跳ねるように進む馬車の荷台に、フウとスイは乗っていた。


「おじさん! あとどれくらいで着きそう?」


 フードを被ったフウが荷台から身を乗り出し馭者ぎょしゃの男に声をかけた。


「そうだなー、ここが丁度半分の半分ってところだからなぁ。そんなに焦るなって、おじさんに任せとけば朝には着くからよ! おっと、ここから少し揺れるぞ」


 慣れた手つきで馬を操る男性はそう言ってにかりと笑う。

 実はこの馭者ぎょしゃと二人は以前からの顔見知り。

 彼はフウ達が住んでいる僻地へきちから近くの──といっても馬車で半日以上はかかる──街まで行くのによく両親が頼っていた移動商人なのだ。


 こんな辺鄙へんぴな山の周囲で、果たして乗せてくれる馬車など見つかるのかと危惧きぐしていたが、タイミング良く周回日で近くまで来ていた彼に頼んだら、快く引き受けてくれた。

 しかしながら本当の事情を話す訳にもいかず、彼には「両親へのプレゼントでベスカ高地に花を取りに行きたい」と伝えてある。なにやら彼にも同じような経験があるらしく、想像以上にノリ良く協力を申し出てくれた。

 曰く、「おじさんに若い子達の冒険を応援させてくれ!」だとか。流石両親が信頼する「良い人」だとフウは思った。


「朝には高地付近に着くってさ、お兄ちゃん。ところで今更なんだけど聞きたいことが二つ」

「ん?」


 外を眺めながら考え事をしていたスイが、フウの方を向いた。

 風にあおられる銀髪が日光を反射して空色に輝いている。相変わらずキレイな髪色しやがって……とフウは心の中でふて腐れるが、それはともかく本題を口にする。


「私たちさ、ちゃっかりおじさんの馬車に乗ってるけどこれ支払いとかいるのかな、っぃごぅっ!? 揺れるなオイぃッ」

「あぁ、それなら一応これで……っつごあぁうっ!? 揺れますなぁあ」


 馭者ぎょしゃのおじさんが先程さきほど言った通り、揺れるエリアに突入したらしい。ガタガタと音をたてるせまい荷台でポッピングされまくりつつ、スイは紐で留められた一巻の布を取り出す。


「これっ……お母さんが織った布……え、これ渡すのっつおおぉぉぉうっ!」

「声が大きいよ! っとぉ、揺れる……母さんが言ってたよね? この布は術力と糸を一緒に織った特殊なものだから高価で取引されるって」

「そうだけっ、どおぉどぅう! それお母さんが大切なものだから触るなって言ってた布だよ? 勝手に渡してっ……ぇぃぃったぁ!? いいのかなぉぉぉぅ」


 注意書き。会話に変な母音促音ぼいんそくおん等々が入るのは、馬車の揺れすぎにより二人がバウンディングしまくっているためです。


「だ、大丈夫だよ! これ渡しておじさんと物交換してたの見たことない? それにもしかしたら、もしかしたらこの様子だと何もいらないって言ってくれるかもしれなぉっごぶっ!?」


「ぉごっ!?  来るなぁっ! 重いぃぃっづごお!? でも確かに。知らぬ顔でめっちゃ笑顔でお礼言って走って出れば行ける気がする……って大丈夫!? そんなに痛かった!?」


 何食わぬ顔で乗り逃げの計画を立て始めた二人に、いさめるような特大の揺れが襲う。

 その弾みでフウの上に倒れそうになったスイは思いっきりフウに突き飛ばされ、積荷つみにの角に頭を強打していた。


「いっつぅッ……大丈夫、ちょっと意識が飛びかけただけだから……」

「えっそれ大丈夫じゃないんじゃ……それに何かヤバそうな気が、大丈夫じゃない気が……」

「いや大丈夫だか……ぅっ!?」


 突然スイの視界が反転した。目の前にいるフウの姿が歪み、激しい眩暈めまいが襲う。どこからともなく一斉に現れたそれは激痛と共に濁流だくりゅうごとく脳内を呑み込んで──


 パァァンッ!!


 スイの意識が混濁こんだくしかけた時、フウがスイの頬を思いきりひっぱたいた。

 車内に響いた衝撃音は、地を蹴る馬達の足音によってき消される。


「っ……フウ?」


 びりびりとしびれる頬を押さえてスイが顔を上げると、肩で息をしながらこちらを見つめるフウの姿があった。


「はぁっ、はぁはぁ……」


 フウはビンタされたスイよりも動揺しているようで震える手を必死に押さえつけていた。


「お兄ちゃん…………ごめん。あの、何かすごく嫌な感じがして……その、叩くつもりはなかったんだけど結果的にはえっ、と……」


 フードからのぞあお双眸そうぼうはまるで何かに怯えるように左右へせわしなく動いている。

 スイはそっとフウに手を伸ばした。その存在を確かめるように頭を撫でる。


「いいや、謝るのは僕のほうだ。心配させてごめん。……もう大丈夫だから」


 遠慮がちに向けられた視線に微笑ほほえみかけると、碧眼へきがんが安心したように細められた。


「くふふっ。よかった、いつものお兄ちゃんだ」

「え?」


 蒼穹そうきゅうに落とされた暗雲あんうんの影は一瞬で消えてしまい、スイがその意図を読み解くことは叶わなかった。


「そういえばフウ、二つ目って?」


 ふと先刻の会話を思い出したスイが話題を戻そうとする。


「あっ、あぁ。えとね、馬車から降りた後の動きについてもう一度確認したいと思っぶごぉっ!? 揺れる……思って、確認でっぐぼぉお!?」

「あ、そうだね。……揺れるね」


 先の暗澹あんたんはどこへやら、いつものテンションで話し出すフウ。

 スイ自身は深く気にしていないようだが、フウは彼の異変に気づいていた。

 それが杞憂きゆうで終わるようにと思いながら思考を押し沈めていく。

 自分にだってその気があることには前々からフウも勘づいていた。だからこそ、今は考えてはいけない。ぐ側にあるそれをまだ未來いまにしてはいけないと。


 ──そう自分に言い聞かせた。

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