第4話『ゴミクズの戯言』

テトと二人で食堂へ入ったはいいが、少しばかり問題があった。いや、少しではない。

 

「……おい、あの二人見ろよ。白黒だぜ…?」

「……ホントだ…SとZが同じ机で飯食ってるなんて…カップルかな…?」

「……ばっか、あの白い方が脅されてるに決まってんだろ…?ほらみろよ黒の方のあの凶悪そうな目つき。いかにもだろ…」

 

辺りから聞こえるヒソヒソ声。

会話内容を聞く限り俺らのことを言ってるようなのだが…

 

やっぱ、こうなるのか。いやまあ、正直に言えば予想していなかった訳では無いが。でも、もしかしたらと言う希望が俺の心の中に、僅かばかりあったのも事実だ。

 

忘れないよう説明するが、俺は黒の制服ーーーーすなわちZクラスの学園最底辺のゴミだ。そう、Zクラスはただでさえ構内のゴミ箱とされているというのに、その中に入ってるゴミとSクラスが同じ席に座っているのだ。俺の感覚は麻痺していたが、恐らくこれは異常事態、なんだと思う。周りの反応を見る限りだと。だが。

きっと彼等の感覚からしたら、生ゴミをテーブルの上に乗せてそれを鑑賞しながら飯を食ってるとかそう言ったところだろうか………いや、流石に言い過ぎか…

 

まぁ、似たような感覚なのだろう、という事だ。

 

そして俺の思考は次へと発展した。 

 

いやしかし待てよ。

それを俺がテトに感じさせているとするのならば。優しさのあまり俺の誘いを断れなくて、無理矢理引き受けてくれているのだとしたら。

 

それは申し訳なさすぎる。

 

俺はそこで不安になった。

 

テトは一体どういうつもりで俺と仲良くしてくれているのだろう。

 

と。

 

よく考えればそうだ。

何故テトは俺に話しかけてきた?寂しそうだったから…?いや、それだけなはずがない。白状かもしれないが、俺がテトだったらまずZクラスの奴になんて話しかけたりしない。周囲の目により、自分の評価すら下げかねないからだ。

 

いや、でも、もしかしたら自分がZクラスと仲良くしてるところを大勢の人間に見せることによって、悲劇のヒロインを演じ、自分の評価を上げる。というのが目的かもしれない。


……無いとは言いきれない。


「カルト?どうかしたの?」

 

屈託のない眼差しでテトは俺を見据える。


……でも、テトは…もしかしたら本心は、心の奥底では俺の事をゴミクズだと思っているかもしれない。俺を道具として利用して自分の評価を上げたいだけかもーーーー

 

「…………っ!」

 

俺はそこで気がついた。

自分が最低なことをしていることに。

自分に少なからずも、好意を持って接してくれている人に、疑いをかけようとしたのだ。

 

……俺はどこまで腐ってしまったんだ…

 

また自分の汚い部分を知ってしまった。もう沢山だ。知らないことがどんどん出てくる。なんで俺は魔法が使えないんだ。なんで俺はZクラスだからって理由で差別されているんだ。なんで…俺は……こんなにも腐ってしまったんだ。


俺は一人で思いつめた。自分の弱さを自問した。 

 

しかし、そんな俺の心情を知りもしないテトは、スプーンを掲げ気さくにいう。

 

「…?カルトー?冷めちゃうよ?要らないならボクが食べるけど、いいのかなぁ〜?」

 

純真無垢な笑顔。それが逆に胸に刺さって、俺の腐った心がより目立つ気がして、俺は視線を下げた。

……俺はテトを友達だと思っているのだろうか。Sクラスという肩書きだけを借りて、虎の威を借る狐がしたかっただけなんじゃないのか。俺は一体、テトに何を求めているんだろうか。テトは一体、俺に何を求めているんだろうか。

 

出口の見えない迷宮に迷い込んだ気分だった。俺は一体。一体…一体………


吐き気がした。 

  

「………ごめん、テト。ごめん。ああ言ってくれたけど、俺はやっぱクズだよ…ほんとごめん。これ…やるよ…嫌だったら捨ててくれ」

 

そう言って俺は、自分の唐揚げ丼の唐揚げをテトの皿に差し入れた。

 

「と、突然どうしたの…?カルト。唐揚げは…嬉しいけど…カルト…?」

 

「いや。気にしないでくれ。黒の戯言だ。所詮ーーー」

 

ーーーゴミクズの戯言なんだから


■□■□■□■□□■□


独りになると考えることがある。


俺は生きてていいのか、って。

俺が消えたところで誰が悲しむのか、って。


寧ろ死んだ方が世のためになるんじゃないか、って。


役にも立たないのに飯を喰らい、糞を捻り出す。

こんな俺が世のためになっているのか、って。


俺はそう考える時がある。


俺が死んでも世界は変わらず回り続ける。

きっと悲しむ人はいない。きっと幸せになる人が増える。


それなら俺は死んだ方がいいんじゃないか。



ーーー消えたい。


真っ暗な部屋の隅に置かれたベッド。

その布団に潜り込み、ややかび臭い布団の匂いを鼻で感じながら、俺はそんなことを考えていた。


魔法が使えなくてなんの役に立つというのだ。

魔界と神界と顕界が一触即発の雰囲気で、今は即戦力が必要とされる時なのに、魔法が使えない俺はなんの役に立つのだろうか。


勉強だけの世界なら、もっと人の役に立てただろうか。


ーーーーいや、そんなの言い訳だ。


今の状況に甘んじているのは誰だ。

変わろうとせずただ、人を羨んでいるのは誰だ。

人を羨む資格もないのに、ずるいずるいと言って駄々をこねるばかりの子供は誰だ。


ーーーー………全部俺だ。


嫌いだ。


努力もしないのに人を羨む自分が嫌いだ。


状況に甘んじて、しょうがないと自分に言い聞かせて、現実から逃避しようとする自分が嫌いだ。


何かと理由をつけて、けっきょく何もやらない自分が嫌いだ。


変わろうとしても直ぐに諦めて変わろうともしない自分が嫌いだ。



ーーーそして、ここまで自分を分かっているのに、けっきょく何もしない自分が…俺は嫌いだ。




死んだら解放されるだろうか。

死ねば、この苦しみから解き放たれるだろうか。

全てを捨てれば何のしがらみもなく生きれるだろうか。



自由が欲しい。


唯一無二の自由。


俺だけの自由が欲しい。


でもそれは…


手を伸ばしても届かない。ただ夜空に広がる星のように。

手を伸ばしても届かない。天に高く昇る、日のように。

手を伸ばしても届かない。あの白い雲のように。


手を伸ばしても…届かない…



俺の目指す理想の世界には。



理想が遠のく。

現実が襲い来る。


追いかけてくる。


時間が、皆が、俺を追いかけてくる。

早くしろ、早くしろって急かす。


俺は何をどうしたらいいのか分からなくて、ただ蹲って落ち込むばかりで。

解決方法が分からなくて、見つからなくて。


俺は弱くて、頼ることも出来なくて。



全てを捨ててしまいたくて。




だから硬く布団を握りしめた。




ーーーー涙が一筋、零れ落ちた。

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