第3話『孤立脱却』

夕日の差し込む良い時間。

 

「さて……そろそろ人もいないだろ…寮へ戻るか。」

 

そう決めて一人呟いたのだが。 


「どこへ戻るの?」

 

「うおおあっ!!」 

 

突然、座ってた席の目の前に人が現れた。

 

これには俺も驚きだ。ビックリしすぎて座ってた椅子からガタガタっと落ちてしまった程に。

 

「ど、どうしたの? 大丈夫?」

 

その子は心配そうな顔をして、手を貸してくれた。柔らかくて白い手だ。

 

「あ…ど、どうも。」

  

それにしても…誰だろう。

精神的にダメージを受けた反動による、俺の妄想の化身か何かだろうか。


手を取って立ち上がる。手が掴めるから妄想なんかじゃない。じゃあ一体…


俺は服についたホコリをパンパンッと軽く払って再び前を向いた。

 

ショートカットで纏められた綺麗な白い髪に、白い肌。その中で少しばかり桃色に染まった頬。整った輪郭に端正な顔立ち。

大きくて水色の丸い瞳からは優しさや強さが見て取れて、柔らかく浮かぶ笑顔の奥にはまるで敵意なんて感じられない。


そして、制服は白。白が意味するのはクラスS、つまり最上位。


俺の頭の中で色々なことが試算されてゆく、そしてーーー俺はこんなに可愛い子、なおかつSクラスが何故俺に話しかけてきたのか、疑問が浮かんだ。

 

本当ならSクラスになんて何を言われるか分かったもんじゃないから、俺は話しかけもしないし、話しかけられても逃げるところだろう。


でも、この子の敵意のない笑顔を見て、その凝り固まった下らないステレオタイプが瓦解した。 だから俺は閉じていた口を開いた。

 

「あの、俺になんか用、かな?」

 

上手く言葉が出てこない。こんな聞き方しかできない自分に嫌気が指す。

でも、その子は一切表情を崩さず、いやそれどころか先程よりも瞳を輝かせて答えた。

 

「……キミが寂しそうだったから、って言ったら、ボクは偽善者になっちゃう、かな?」

 

白が似合う素敵な女の子だった。

 

■□■■□■□□

 

テト・ルイス、一学年のSクラス。

白い髪と白い肌が特徴的な、ちょっとボーイッシュな女の子。第一印象はそれだった。

一人称は『ボク』だけど、何故か違和感がない。寧ろ『私』の方が違和感を感じるくらいだ。


そんなちょっと変わった不思議な子。


なんでも俺が図書館の深部の隅で一人学術書を読んでいたのが気になったみたいで、資料を借りにと立ち寄った時に見つけて、同じ学年っぽかったから話しかけたらしい。

 

まあ、俺はなかなか気づかなかったみたいだけど。

 

それから数日、俺は毎日図書館に通い、テトと話をした。

 

そして今日も、俺達は図書館にいた。 

いつもの席といつもの場所だ。 

  

「なんか、テトって良いな。Sクラスなのに奢ってないし、気取ってない。俺なんかとは違って頭もいいし、可愛いし。人生勝ち組って感じだよなー」


しげしげとテトを見つめ、俺は素直な感想を零す。 

 

「ぼ、ボク…可愛いかな?ーーーーって、いや。ま、まぁそれは置いておくとして。ボクはカルトにだって魅力があると思うよ?」

 

対してテトは照れを隠すように俺に話題を振る。

本当に可憐だ。 

 

でも、俺はバカ言えよ、みたいに肩をすくめると、 

 

「俺? 俺に魅力なんてねーよ! 顔もめだった特徴ねぇし、頭だって普通だし、魔法使えねぇし。」

 

「いやぁ、そんなことないよ。その黒い髪だって、蒼い瞳だって、凄く綺麗だよ。こないだ、熱心に学術書を読んでる姿も知的だったし、魔法が使えないのも一つの個性じゃないかなー?ふふっ。」

 

「い、いや、それは考え方だろ?な、中身知ったら驚くぜー?気持ち悪いほど腐ってるからよ。」


恥ずかしくて誤魔化した。

褒められたことにちょっと動揺している俺がいる。 

  

「どうだろう?そうやって褒め言葉を素直に受け取らないあたり純粋で可愛げがあるし、第一カルトは腐った人間じゃないと、ボクは思うよ」


にこりと微笑み俺にそう言った。

俺はなんだか罰が悪くて、鼻を擦って適当に誤魔化した。


…テトはホントに優しい。

相手がZクラスの俺にでもこうやって対等に話してくれている。

女の子とこれだけ仲良く会話できるようになったのも久しぶりだ。

 

俺は最早感動すら覚えながら、図書館の隅でテトと話をした。日はもうとっぷりと暮れてしまっていた。

 

何時間話し込んでいるのだろう。

非常に有意義な時間を過ごせているように感じる。

こんな充実した気持ちは久しぶりだ。

 

「な、なあ、いい時間だし良かったら晩飯とか一緒にどうだ?」

 

俺は勇気を振り絞って、誘ってみた。おこがましいなんて思われるだろうか。今まで恐くて誘えなかった。断られるのが恐かったからだ。

 

でも俺は今日こそはと勇気を振り絞ってみた。 

 

「うん、勿論いいよ!」

 

すごいあっさりオーケーされた。

ほっとした、と感じたと同時に高揚した。 


「おうし!そうと決まれば、俺は本を棚に戻してくるから先行っててくれ。」

 

「うん、分かった、なら入口で待ってるよ。」

 

「ごめんな!ちょっと待っててくれ」


テトと一時分かれて、俺は棚へ本を戻しに行った。また本を適当にとったもんだから入れ場所がどこだった忘れた。

ええっと……ここだったかな。

 

「うん確かここだよな。うし。おーけー。」

 

と不確かな記憶を探り本を戻し、戻ろうとしたその時。


「……その本はここではありませんよ。」


背後からそう声をかけられた。

間違ってたか、と思い振り返る。

 

「ご、ごめんなさい。やっぱ違いますか。まだ慣れてないもんですから間違えちゃって。」

 

「……間違えるのはそのフニャっとした薄気味悪い笑顔だけにしてもらいたいものです。」

 

「あ、あはは、そうですよね…って………は?」


あれ?俺今なんて言われた?

物凄い罵倒された気が…。

改めて顔を見る。だが、表情は無表情で、特に嫌悪の色が浮かんでたり、蔑みの目が向けられているわけじゃない。

 

「……?どうしたんですか?『あれ?俺今罵倒された?なんで?』みたいな顔でこっちを見ないでください。」

 

「あ、ご…ごめんなさい…」

 

あれ、俺なんで謝ってんだ。

なんか見えない圧倒的な力が遅いかかって来ているような…

 

ジト目が特徴的で、髪色はライトグリーン。金色の瞳。セミロングがよく似合う可愛げのある女の子…なのだが。言葉が辛辣だ。制服は深緑だから…恐らくA、B、C、D、Eのどれかだ。ちょっと幅広いな。

 

「というか君は…?図書委員とか、かな?」

 

取り敢えず露骨な敵意は感じられないので、果敢に話しかける。

 

勿論、その子は答えた。 


「……いいえ。私は一学年Aクラスのエルネスタ・オータムです。しがない図書館利用者ですよ。」

 

「エルネスタ、か。同じ学年なんだな。そっか、よろしく。言わなくてもわかると思うが、俺は見ての通り黒だ。名前はカルト・クロノス。同じくしがない図書館利用者だ。」

 

「……いきなりファーストネームで呼ぶなんて、大胆ですね。」

 

「え、ご、ごめんなさい。」

  

「それに、ZクラスなのにAクラスと対峙しても動じないなんて。本当にバカなんですか?それとも、馬鹿なんですか?」

 

「それどっちもバカなんですけど!?」

 

「……ふっ…」

 

鼻で笑われた。しかもやや嘲笑気味に。


「く、くそ。さっきまでSクラスのやつと話し込んでたからな。その時のプレッシャーからしたら、Aクラスなんて。ふっ。だぜ。」

 

悔しいので俺も対抗。

言われたエルネスタはやや驚いた表情を見せたあと、やや微笑むと 

 

「……呑気な人ですね。アホ、というかも知れませんが。」


「ポジティブと言ってもらおうか」 

  

「……まあいいでしょう。あ。それと、この本の場所はここです。それでは私は用事があるので。また、どこかで。」

 

そう言うと俺が棚に入れた本を入れ直し、静かに去っていってしまった。去り際もさっぱりしてるし…なかなか変わった子だ。

 

「って、やべ。」 

 

と、俺はそこでテトを待たせていることを思い出し、すぐさま出口まで歩を進めた。勿論テトは出口で待っていてくれた。やっぱ友達って素晴らしい。

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