最強文豪-たゆまぬ花-
倉敷(クラシキ)
真実のエピローグ
俺にとって日常は実に下らない。
裏社会に刺激が多いだなんて聞いてやって来る輩もいるが、大半がフィクションで
そういう奴らから命を落とすことになると決まっている。
俺は?
俺は生まれた時から「裏」の一員だったからわからない。
表の世界がどのように機能しているかなんて想像もつかなかった。
「で、キミはいつもそうやって本を読んでいるけれど」
私の家。アジトと言えばいいのだろうか。そこで給仕をしている女が居る。
その女は両親の借金により、ここに連れてこられたらしい。
俺からしたらよく聞く話だ。対して同情心も出てこない。
「は、はい?」
「だからキミは本を読んでいる。俺は本を読まない。」
「はあ。」
イラつく返答だ。もう少しウイットに富んだ返事はできないものか。
まあ、質問されているのかどうなのかも怪しい会話状況だ。困惑はわかっている。
「それでキミはいつも休憩時間になるとこの庭でその本を読んでいる。何度も。」
「いや、これしかないので・・・」
「面白いのかね?」
女の言葉をようやく質問で埋める。
女は、え?と言い、ぱちくりと目を見開いて驚いた表情をした。
「なにか?」
「私のことなんて視野にないと思っていました・・・」
「うん、ない!」
俺は思ったことをそのまま伝える。かなりショックそうな表情をするが、関係ない。
この女に何かを隠したところで何の利益も非利益もない。雇われている女、すなわち俺の私物にすぎない。
「そうですか・・・」
「俺が興味あるのはその本だ」
「ああ、貴生川先生の本ですね」
「キブカワ?」
また変わった名字だと言うと、女はペンネームというものであると答えた。
簡単に言うと偽名だろう。この世界でもよくあることだ。
「「たゆまぬ花」という作品です。」
「たゆまぬ花・・・・ねえ」
なんともこの作家は自分に酔いやすいタイプと見た。
でなければこのようなタイトルをつけるわけがない。
だが、気にはなった。
これしかないとは言え、つまらない作品であれば毎日毎日読み続けることもないだろう。
ゴミ箱行きなのが目に見える。それをこの一般人の代表のような女がずっと読み続けているのだ。
それは、俺にとって知らない「表」を知るきっかけになると思った。
所詮、ただの好奇心。暇つぶしだ。
「ねえ、その本借して」
「え?この本をですか?」
「あ、駄目?」
毎日読んでいるのだから大切に決まっている。
少し軽率だったか。
「いえ!駄目というわけでは!ただ、この本ずっと読んでいたのでくたびれていますし・・・きっと書店に行けば綺麗なのがあると思いますよ」
「今、読みたいの」
女はしばらく考えた後、こちらに本を渡した。
「いいの?」
「はい、また感想聞かせて下さい。」
そう言って女は一礼し、その場を去った。
俺は自室に行き、本を開いた。
本の内容はこうだ。
一人の男性が上京し、狭いアパートに住む。
働きながら、仕事先で一人の女と出会う。
その女と交際を始めた矢先、彼女に病気が発覚。
死ぬ間際彼女は「ありがとう」と言い、そして亡くなる。
給仕の女曰く「どこにでもあるストーリー」と言っていたが
俺は涙が止まらなかった。
自分が軽い気分で住んでいる東京がこんなに来るだけでも大変で
必死に働いたとしても、六畳一間の場所で自炊をしながら暮らして。
人の命が消えることをこんなにも繊細にかつ独特な観点から描写している。
例えフィクションであったとしてもきっと、この作家の人生が反映されているのであろう。
俺は「表」の世界に触れた気がした。
早く、感想が言いたい。
この世界を教えてくれた女に一言、礼が言いたくなった。
しかし、それが訪れることはなかった。
数日後、給仕の女は死んだ。
裏社会の人間によって殺されたのだ。
きっと俺たち組織への挑発だったのだろう。
犯人は自決し、この世には居ない。
俺は、自室で本を開いた。
女に借りっぱなしの「たゆまぬ花」を。
「キブカワ・・・貴生川」
この本の主に会いたい。会って話をしてみたい。
そして舞台は数年後に移る・・・。
最強文豪-たゆまぬ花- 倉敷(クラシキ) @kurasiki551
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます