アイテムの対象が雑

「ねー……ほんとに連れてくの?」


 ニキがテンションの低い声で言う。


「別にいいだろ、問題あるのか?」


「なーいけーどさー」


 不満を欠片も隠そうとしない口調でニキは言う。何がそんなに気に食わないのか。

 怪訝に思って頭上の小さな妖精の様子を伺っていると、後ろで扉の開く音がした。


「……おまたせ」


 平坦な声でそう言うのはローブに身を包んだサラ。だが、何だか違和感がある。

 杖は壊れてしまったらしく少し小振りな物に新調されている。大きな皮袋を背中にぶら下げて、重心が後ろに傾きそうになるのを堪えてるのが何とも締まらない。

 だが、違和感の元はそこではない気がする。なんだろう。


「……何じろじろ見てるの」


 ジト目でサラがこちらを睨み返してくる。まあジロジロ見られるのは気分が悪いのは分かるが、こちらも違和感の正体が分からずモヤモヤしているのだ。


「……ローブでしょ」


 仕方なく、といった感じでニキが答えを教えてくれる。

 なるほど。確かに彼女のローブは黒一色だった筈だが、少し変わっている。それが違和感の正体か。

 黒地であることは変わらないが、赤いフリルのような飾りが目立ちすぎない程度に散りばめられている。


「可愛いじゃないか」


「比較的使い込んでないのを選んだだけよ」


「……素直に褒められて嬉しいって言えばいいのに」


 ギロリとサラが俺の方を睨んでくる。俺の真上であんまり挑発するような発言は控えてもらいたい。

 彼女が俺に好感を持っていないというのは分かっているはずなのだから。


「で、本当に手はあるの?」


「まあ多分な、上手くいくかはやってみないと分からないけど」


 逆に言えばやる価値はあると暗に示すと、聡明な彼女は理解を示す。多分その場の勢いで乗り切らないと彼女は絶対に拒否するだろうから、今のところは詳細は秘密にしているが。


 これから目指す場所は王都だ。

 俺が最初に訪れた村を含めてこの地域はイスロ王国という国家に所属するらしい。その中心である王都ラオメド。当然周辺ではもっとも巨大で発展した都市である。

 といってもそれらは全て目の前の少女から得た情報ではあるのだが。それでも、それだけ大きな都市であれば手に入る情報やクエストなども今までよりも期待が出来る。

 何よりも転職タイミングとしては申し分無く、専用NPCがいる可能性が高い。というかこれ以上転職を引き伸ばされた場合まさかの転職未実装を疑わざるを得ない。

 流石にそれはないと思うが、そのまさかが起こり得るのがこの世界ゲームの怖いところである。

 

 そんな希望と不安にあふれる王都に向かうに当たり、サラも同行することになった。なんでも見聞を広めるのと、魔術の研鑽が目的らしい。彼女としては資格者は気に食わないだろうが、旅の用心棒としては最適という判断なのだろう。

 こちらとしても彼女の魔法と知識はこの世界の攻略にこれ以上無い手助けとなる。願ってもない話だ。

 もちろん彼女は睡眠も食事も必要なので、冒険のペースは落ちるだろうが元々誰かと競い合っている訳でもなく先を急ぐ旅でもない。

 だがそれとは別に、もっと根本的な問題があった。


「……この子も食べるの?」


「食べっ……!?」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ」

 

 明らかに警戒の眼差しでこっち見てるじゃねえか。

 問題はMAP移動である。ニキであれば食べる、もとい口の中に放り込めば移動可能になるがサラの場合はそうは行かない。

 彼女自身過去に祖母と共に王都まで行こうとして挫折しているらしい。だから資格者という可能性に飛びついたのだろうが。


「まあ任せておけ」


「「……大丈夫かなぁ」」


 二人の声がこれ以上無いほどに重なる。全くもって遺憾である。


     ◇


 魔女、つまりサラの住む森から南に王都はあるという。雑魚を蹴散らしながら、夜はしっかり休みを取りながら進む。

 彼女にとって旅はかなり新鮮だったのだろう。ただまばらにMobがうろついている平原を進み、野営するの繰り返しの単調な旅にも関わらず興味深そうに目を輝かせている姿が見てとれた。聞けば、森から出ることすら稀だったらしい。

 しかし寝ない食わない疲れないの俺と違って、まだ幼さの残るサラに旅の負担はかなり大きいのだろう。日が沈んで食事を終えれば彼女は泥のように眠っていた。ニキも眠ってしまうので俺は一人たき火を見ながら周囲の雑魚狩りである。レベリングが捗ること捗ること。

 

 森を出てから3回目の夜。いつもの如くたき火に周囲から拾い集めた枯れ木をくべていく。Mobの密集地帯を抜けたのか、近くに手頃な雑魚も見当たらず火の番をするくらいしかやることがないのだ。

 ガサガサと長めの木の枝で火をかき回す。この世界のたき火は何か可燃物を放り込めば一定時間燃え続けるようになっているらしく、アウトドア経験の無い現代人にも非常に優しい設定となっている。気兼ねなく火遊びが出来るというものだ。

 木の動きに合わせて火が揺らめき、小さな火花が飛び散る。正直狩りなんかしなくても火を見つめているだけで無限に時間が潰せそうである。生前の記憶ではあるが、どこかの国では暖炉の火を写すだけの番組が高視聴率を得たというがさもありなん。それだけ炎の動きは人の目に魅力的に映るものなのだろう。


 時折姿を見せるグレイハウンドやエイプを瞬殺しながら夜番を続けていると、すぐ近くで気配が動くのを感じた。


「夜更かしは成長に悪いぞ」


「……目が覚めただけ、またすぐ寝る」


 サラは眠たそうな目をして隣に腰を下ろす。火遊びが羨ましくなったのだろうか。子供が火遊びするとおねしょをする、なんて話を昔聞いた気がする。そんなことを言えば間違いなく目の覚める一撃を叩き込まれるだろうが。

 彼女は何も言わず隣に座って火を見つめている。俺も特に何も言わずに火を見つめる。気まずい。こんな時に話題の一つでも振れれば良いのだが、同年代の野郎ならともかく異世界の魔法少女と何を話せば盛り上がるかなど見当がつかない。

 そんな俺の心中を察した訳ではないのだろうが、サラの方から口を開いてくれた。


「ほんとに寝ないんだ」


「女神様のお陰でな」


 資格者は睡眠がいらない。最初に話した時には冗談だと思われていたが『女神の加護』だとそれらしいことを適当に言ったら割とあっさり飲み込んでくれた。面倒なことは神様に頼るに限る。

 

「……私、足引っ張ってるよね」


 火に注ぎ続けていた視線を横にスライドさせる。顔をうつむかせている彼女の表情は覗けないが、声からして沈んでいる。まるでじっとりとした夜の闇を吸い込んだようだ。

 たき火に照らされた少女の影が不規則に揺れる。パチリと生木が弾ける音がやけに響いた。


 足手まとい。旅という観点から言えばそうだろう。実際以前の大平原を走り抜けた時のペースと比べれば一日に進む距離は1/5程度にも満たない。彼女の大荷物は俺が背負ってはいるが、少女の小さな身体と今の俺ではそもそも歩幅からして違う。一応、魔法である程度身体強化をしているらしく見た目とは裏腹に相当な健脚っぷりを見せてくれたが、体力と魔力が無限に続くわけでもない。

 食事や休憩で数時間に一度は足を止めざるを得ないし、硬い地面での睡眠では疲労も抜けないのか明らかに二日目以降彼女の足取りは重くなっている。そろそろ疲労もピークに達しているのだろう。


「まあそうだな」


 それでも彼女は決して弱音を吐くことはなかった。戦闘でも俺との連携を今まで以上に意識して動いてくれているのが分かる。野営の仕方を教えてくれたのも彼女だ。

 だからこそ俺は正直な言葉を続ける。


「でもそれ以上に助けられてる」


「……嘘」


 小さく彼女は否定する。彼女としては負い目の方が大きいのだろう。

 しかし彼女は勘違いをしている。これはPTプレイなのだ。

 効率重視でソロ狩りをして、最速でクエストを回す。それもいいだろう。MMOの醍醐味と言える。しかしMMOの本来の意義は誰かと共に世界を楽しむことだ。

 高難度ダンジョンに挑む。レイドボスを討伐する。他プレイヤー連合と砦を奪い合う。そんなある程度の共通の利を前提とした繋がりもある。

 育成を手伝う。普段行かないエリアを探索する。製造職にアイテムを寄付する。そんな馴れ合いともいえる繋がりもある。


 なんでも良いのだ。結局のところ、一緒にやって楽しければ。

 何となく出会って、いつの間にか気が合って、行動を共にする機会が増えればそれで十分仲間と言えるのだ。

 本当の名前も顔も知らない相手と、ただ話すだけでも楽しめたりしてしまう空間なのだ。

 だから俺は彼女に話しかける。相手が中身入りだろうが無しだろうが関係ない。サラ=リリットはここにいるのだから。


「お前は、サラは俺といるのは嫌か?」


 彼女が俺と行動を共にしているのは利があるからだ。

 彼女の目指すもの。それは祖母を越えることだという。その為に必要なのは知識と経験だ。

 NPCの行動制限という縛りを振りほどいて王都に、その先の世界に足を踏み入れる可能性に賭けているのだろう。俺も最初はその手助けを出来れば良いと思っていた。

 だが、彼女との旅は予想以上に『楽しい』。知識の照らし合わせ、果てしない平原への愚痴、対Mobの作戦会議、野営作業の分担。本来不要だった作業が増えたことの面倒が無いといえば嘘になる。それでもそれ以上にその時間によって俺は満たされていた。


「……嫌ではない、けど」


 ニキと彼女の小競り合いも日常となりつつある。この賑やかな日常を手放すのは、少しばかり惜しいのだ。許されるなら、もう少し共に冒険を続けたいと思う。


「俺は、サラといるのは楽しいぞ」


「…………………………そう」


 長い沈黙の後の短い相槌。そして彼女は立ち上がる。


「……そろそろ、寝るね」


「おう」


 子供が夜更かしするには遅い時間だ。明日も随分と歩くことになるだろう。


「ソウイチロウ、その」


 彼女はこちらに背を向けたまま言う。


「いつか、私が助けるから」


 そういって彼女は横になると、毛布をばさりと頭からかぶってしまった。

 ふむ。

 まあ、精々見捨てられるようなヘマをしないようにだけ気をつけるとしよう。


     ◇


「………………………………正気?」


「大丈夫、勝算はある」


 瞳の光が消えつつある少女に自信満々に答える。まあ、この反応は予想出来ていたので勢いで押し切るしかない。


「…………………………さすがにそれは私も引くかな」


 ニキが露骨に距離を取っている、あとでたっぷり咀嚼もぐもぐしてやろう。

 目の前にある光の渦。やはりそこを通れなかったサラを連れて行くには、プレイヤーの所有物として世界システムに認識させる必要がある。

 そして今彼女に装備させようとしているのが、手元にある黒いそれだ。

 黒革にシンプルな銀の装飾、そして長く伸びる金属の鎖。まあ、首輪である。


「……………………………………少しでも信用した私が間違ってた」


 汚物を見る目が俺に突き刺さる。

 だが俺も別に狂ったわけではないし、特殊な性癖が覚醒した訳でもない。この首輪も、ただの首輪ではないのだ。

 大蝦蟇バトラコスを討伐した際のドロップ品『キャプチャーカラー』。つまるところ、テイミングアイテムである。


 MMOにおいてペットシステムは比較的メジャーなシステムである。特定のモンスターや動物にテイミングアイテムを使えば捕獲して連れ回すことが出来る。

 この妙に融通が利く極めて適当な世界ゲームであれば、多分NPCぐらいなら捕獲テイム出来る気がするというのが俺の作戦である。

 だが、彼女が普通にそれを付ける訳もない。というか俺だってそんな人の尊厳を踏み躙るような提案されたら全力で反抗する。

 もちろん彼女の人権を侵害するつもりはない。所属がプレイヤー所有物扱いになるだけで、彼女の肉体的自由と精神的自由は保証する。彼女はパスポートを得るだけだ。

 とはいえ、それでそうですかと飲み込む訳もない。だから俺は後押しをしてやる。


「史上最高の魔女を目指すというお方が、この程度で怖気づくとは随分気弱ですなあ。知的好奇心も大したことないのですかねぇ」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………下衆が」


 どす黒いオーラを放ったサラは俺の手から引ったくるようにして首輪を手にとる。鎖が揺れて、シャラリという金属音が高く響いた。




 結果、俺たち3人はつつがなく次のMAPへと進むことができた。

 その後ニキはそこそこの期間、サラはとても長い期間俺と口を利いてくれなかった。

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生まれ変わった世界はバグだらけの糞ゲーの世界でした 紅生姜 @benisyouga

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