HPバグ


 荒野地帯。まるで大嵐の海がそのまま固まって大地となったような、そんなデタラメな地面の隆起があらゆるところに見て取れる。


 あそこらへん落とせそうだなあ……。


 高低差を見た瞬間に落下狩りポイントを探す辺り色々と毒されつつある。

 頭を抱えそうになりながらも、周囲の観察は続ける。ここにはボスがいるのだ、迂闊うかつにタゲでも取ろうものなら見学どころではなくなる。


「ニキ、あんまり離れるなよ」


 いつの間にか随分と距離の離れたニキに声をかける。さっきからずっと彼女は不機嫌なままだ。

 多分俺が「資格者」として戦うつもりがないことが気に食わないのだろう。彼女はそこに誇りを持っているのだから。

 だが別に俺は英雄になりたい訳ではない。人の役目を奪いたい訳でも。


「なんだ、普通に話せるんじゃない。私にもそうしてよ、あんな気持ち悪い話し方じゃなくて」


 サラが振り向いて言う。どうも営業モードは不評だったようだ。

 とはいえ会って間もない相手にあまりざっくばらんに話すのも難しい。


「分かった、善処する」


「ん、そうして。あれ……そういえばあなたの名前聞いてないわね」


「ああ、俺は「――――耳かっぽじってよーく聞きなさい! 彼は女神デュッ!?」」


 俺の前にカットインしてきたニキを本日二度目の鷲掴みにして口を塞ぐ。何しようとしてくれてんだこの妖精。


「……めがみでゅ?」


「目が緑っぽい気がしないでもない山田 宗一郎だ」


「……名前なのそれ」


「ソウイチロウでいいよ。ニキもそう呼んでるし」


「ちょっ、何考えてんのソウイチロウ!?」


 ニキが信じられないといった表情で鷲掴みにされたままこちらに噛み付いてくる。

 でも自分で筋肉ムキ太郎って名乗るの嫌なんだよなあ。


「……ソウイチロウね、わかった」


「馴れ馴れしく呼ぶな!」


「私の勝手」


 さらりと流してサラは先に進む。クールである、中々好感が持てる。

 対してニキは俺の手の中で妖精にあるまじき顔をしている、なんでこんな怒ってんだこいつ。




 そんなこんなで道を進むと、道中で様々な魔物に出くわした。ボスではない、ただのMobだ。

 グレイハウンド。ワイルドホーク。エイプ。桃太郎か。

 戦闘は驚くほど順調。少女は出会った時から持ってきた小さなワンドを握り数多くの魔法を操った。

 巨大な火柱を発生させる『紅蓮樹プロミネンスツリー

 氷の礫を飛ばす『蒼晶炸裂フリージングショット

 旋風で複数の対象を切り裂く『竜巻トルネード

 幾ばくかの詠唱が必要なそれらを使う為に俺は前衛としてターゲットを取る。最初は見学だから手出しはしないつもりだったのだが、


「女の子にだけ戦わせる気?」


 といった感じで凄まれたので、この世界で初となるPTプレイである。

 いつものように殴り倒すことも出来ない訳ではないが、彼女の魔法は俺の素殴りの10倍以上の火力を叩き出す。俺は防御に専念すれば良く、非常に効率的であった。


「……意外とやるじゃない、ソウイチロウ」


「そっちこそ。魔法凄いじゃないか、あとめっちゃカッコイイ」


 魔法の見た目もそうだが、特に詠唱は的確に俺の少年魂をくすぐってくる。それだけで転職するなら魔法職にしたくなってしまうほどだ。

 もちろん詠唱が必要というのは弱点にもなり得るが、単純な火力だけを見ても魅力は十分である。


「話が分かるじゃないっ! そう、魔法は最高なんだから!」


 嬉しそうに可愛らしい笑顔を向けてくるサラ。彼女は本当に魔法が好きらしい。

 こうしてお互いに協力して戦うと、それなりに連帯感も生まれる。短時間で俺たちはかなり打ち解けたように感じていた。


「……そんな飛ばしてバテないといいけど」


「お生憎様、この程度でヘバるほどヤワじゃないわ」


 ニキとサラは火花を散らす。ホント仲いいなこいつら。


「でも結構魔法使ってるだろ、SP……魔力とか大丈夫なのか?」


「大丈夫よ、この杖は魔力の消費を抑えて回復力も増強してくれるから」


「……凄いな、そんなのあるのか」


 スキル消費SP軽減にSP回復量増加。ゲームよっては相当なレア物になり得る装備だ。

 いいなあ、欲しい。思わずゲーマー魂がうずく。


「うん、おばあちゃんが遺してくれた、大事な杖」


「おばあちゃん?」


 気になるキーワードにもっと会話を続けようとして、ニキがそれを遮る。


「ソウイチロウ、何かいる!」


 反射的にニキが指差した方を見る。サラも杖を構え、臨戦態勢を取っている。

 視線の先に居たのは今までになく巨大な影。


「……………………………………………………………………は?」


 見たものが理解出来ず素っ頓狂な声が出る。影の正体は蛙だ。

 見た目は完全にアマガエル。平べったい身体にぎょろりと突き出した丸い目。生々しい緑の皮膚に黒い線の模様。アゴを膨らませてゲゴゲゴと鳴いている。

 ただ、そのアマガエルはあまりに巨大だった。随分と遠くにいるはずなのに、大きく見える。周辺の大地の隆起と同じくらいの体高。パースの狂った絵のようだ。

 10メートルをゆうに越す巨体で、のそりのそりと動き回っている。


 だが驚いたのはその程度のことではない。


「……あれが荒野の化物よ」


 頭上に『バトラコス』と表示された巨大な蛙。その巨大さ故なのだろうか、この距離からでもHPバーが表示されている。

 がしりとサラとニキの首根っこを掴み、引っ張る。


「逃げるぞ」


 二つの抗議の声を無視して俺は全力でバトラコスと反対方向へと走る。

 ダメだ。あれと戦ってはいけない。絶対に勝てない。

 俺の目に写った奴の情報、それだけでそれを悟らされる。


【バトラコス】 HP4294967295/4294967295


 奴のHPバグってやがる。

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