消える地面
谷にかけられた細い吊橋を目の前に俺は
対岸までは50メートルくらいだろうか、かなり長い。そのくせ吊橋の幅は50センチもあるかどうか、普通に渡る分には問題ないがこんな底の見えない崖の上を50メートルも歩くと考えれば思わず
周囲に
ゲームであればサクサク渡るが、この世界の場合慎重にいかないと多分落ちて死ぬ。今までの戦闘とは種類の違う緊張にツバを飲み込む。
「まだー? 早く行こうよー」
空飛べる奴が何か言ってるが、聞こえない振りをしてまずは第一歩。足場をしっかりと確かめる。
ロープを握り、身体を完全に吊橋の上に。そのままゆっくりと進んでいく。
思ったよりは揺れない。正確にいうと、ゆらゆらと規則的に小さく揺れてはいるのだが、俺が歩いてもそれで大きく揺れることはない。足場は気持ちの悪いほどにしっかりしている。
これならば普通に歩けそうだ。
視線を決して下に向けないようにして少しずつペースを上げる。普通に歩くよりは少し遅いくらいの速さ。
Mobが湧く様子はないが、早く抜けてしまうことに越したことはない。橋の中腹を通り過ぎ、もう残りは1/3程度である。
次の足を踏み出した次の瞬間、身体を突然の浮遊感が襲う。
「……へっ」
何が起きたのか理解出来ないまま、空を見上げる。
スローモーションのように周囲の崖が高く付き上がり、それに飲み込まれるように空が小さくなっていく。
ニキが何か叫んだようだったが、よく聞こえない。風を切る音がうるさい。
手を空へと伸ばすが、何の意味もなくただ空を掴む。
たった数秒、やけに長く時間を感じ、衝撃と共に視界は暗転。
そして、暗転が明けると同時に感じたのは、生まれてからこれまでで、一番の痛み。
「――――――――――――――――――!!!!!!??」
全身が焼け
痛みに身体を動かそうとするとまた痛みが誘発されて、反射的に身体が違う姿勢を取ろうと動く。負の連鎖である。
どれだけそうしたか、痛覚が麻痺したのか、回復してきたのかは分からないがようやくまともな思考が出来るくらいにまで意識が回復する。
霞む視界で見てみれば辺りは血の海。少し見慣れた光景である。
身体を見下ろせば人間の身体の輪郭をした、ひき肉のような何かがあった。グロテスクな光景に思わず目を逸らす。
周囲を見ればなんとなく景色に見覚えがある。どうやらここは渓谷の入り口辺りらしい。
そうしてようやく、俺はまた死んでリスポーンしたのだと理解する。
まだ荒い息をなんとか整えながら何が起きたかを回想する。
確かに橋は続いていた、どこにも落ちるような穴は見当たらなかった。
しかし俺の身体は橋をすり抜け、谷底へと落ちた。おそらく落下ダメージで即死だったのだろう。そして粗挽き肉となってリスポーンした。
橋のグラフィックは表示されているが、足場判定が消えている。そんな『落とし穴』だ。気付ける訳がない。
これまでの中でも一番極悪なのではないかという
死んだ時の状況は復活時の肉体にも引き継がれるらしく、同じHP1でも犬に噛まれた場合やガードの上から削り取られた場合と随分と違う。
「……落下ダメージってガード出来るのかな」
色々言ってることがおかしいが、また同じようなことがあったとしてこんな痛みを味わうのは絶対に嫌だ。
犬に噛み殺される程度可愛く思えるレベルのトラウマが出来た。今も怖くて自分の身体が見れない。
「壁の次は落とし穴かあ……」
なんて生きにくい世界だ。
ため息をついて、空を見上げながら自然回復を待つ。穴の回避方法を考えるだけで、時間はいくらでも潰せそうだった。
◇
俺が落下死したと思い(実際したのだが)橋の真ん中でうずくまって泣いていたニキと合流し、号泣しながら突撃してきたニキにタックルを食らうというお約束の流れをこなした俺は問題の『落とし穴』の前に立っていた。
観察してみると全く普通の橋げたと違いがない。見た目で判別するのは不可能なようだ。
だが手で触れてみようとすると、そこには何もない。何の感触も無く手は貫通し橋の下へと抜けていく。まるで蜃気楼か立体映像だ。
ちなみに橋を吊るすロープも同じ部分で存在しなくなっているのか、何の抵抗もなくすり抜ける。どうやって架かってんだこの橋は。
物理学者が発狂しそうな光景を前に検証を続ける。ニキに確かめてもらうとどうやら落とし穴になっているのは1メートル弱程度らしい。
小石を投げてみると『落とし穴』の部分では谷底へと落ちていくが、少し遠くに投げれば橋の上に転がる。
つまりなんてことはない、文字通り橋の途中で橋げたが抜けているのと基本的には同じ状態だ。ジャンプして飛び越えてしまえばいい。
言葉にすれば簡単だが、50センチの幅しかない吊橋である。そんな足場で1メートルとはいえジャンプをするのは恐怖心が強い。しかもさっき一度落ちてたっぷりトラウマを植え付けられているのだ。正直こうして橋の上にいるだけでも気分が悪くなってくる。
こんなコンディションでまた落ちるかもしれないチャレンジは絶対にしたくない。
そもそもジャンプなどしなくても、穴の向こう側に何か足場になるものを架けたりすれば良い。他のルートを探す手もある。別に先を急ぐ旅でもない。
「そ、ソウイチロウ! 後ろ!!」
『落とし穴』を不思議そうに上から下から通り抜けて遊んでいたニキが突然素っ頓狂な声を上げる。
何かと思い見てみれば、いつの間にか橋の上に巨大な蛇がいる。それも3匹。
あ、これやばいかも。
一番近くにいた
やばいやばいやばい、リンクしてる。だめだ詰む。
あの鬼畜DOTの持ち主を3体同時に相手するなど自殺行為である。いくら崖に落とす裏技があるといっても、数で押されれば毒を食らう可能性は高い。
幸い
背に腹は変えられない。覚悟を決める。
それからの俺の行動は迅速だった。
立ち幅跳びなんて学生の時以来だったが、恵まれた肉体に生まれ変わり、さらに筋力マシマシにした今の身であれば1メートル程度の穴を飛び越えるなど造作もなく、その3倍以上の距離を跳躍する。
懸念していた着地もあっさりと成功。これほどの衝撃を与えても橋は殆ど微動だにしなかった。
急いで後ろを確認すると、丁度
「あ」「あっ」
俺とニキの声が重なる。
それだけでは終わらない。
後を追いかけていた2匹目が落ち、そして3匹目も同じように消える。
そしてレベルアップ。筋肉ムキ太郎はレベル15になった。
「……………………………………よかったね」
「……………………………………うん」
無傷で勝利出来た。成果としては非常に素晴らしいだろう、
だがなんだかとてもむなしい気分になると同時に、酷く罪悪感を感じてしまう。
ふとネトゲスラングの大元にもなっている、ある動物の名前が頭に浮かんだ。
この
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