裏道

 NPCの移動制限。

 ブルッブ村長ハゲのおっさんもそうだったが、NPCは行ける場所と行けない場所がある程度定められている。

 ニキも確かにNPCだが役割はプレイヤーサポートだ。彼女はてっきりその対象外だと思っていた。

 しかし彼女は確かにマップの出入り口――『ポータル』を通過することが出来なかった。光の渦に入っても、何も起こらなかったのだ。

 俺が光の渦に入ってみると、視界は暗転し全く違う風景の場所へと飛ばされた。そしてまたすぐにポータルに入れば再び見慣れた景色に、目の前でニキは悲しそうな顔でうつむいていた。

 つまりここがマップ移動のワープ地点であることは間違いない。それは、残酷な事実だった。


「……ほら! 私、あんまり役に立ててなかったし。ソウイチロウは凄く強いし、いろんなこと知ってるし! だから一人でも全然大丈夫だよね!」


 ニキは不自然に明るく言う。空元気であることは分かっていたし、彼女だって隠しきれていないことは分かっていただろう。

 だが、どうすればいいというのだ。


「応援してるから、絶対魔王を倒して、それでまた会いに来てよね。 あ、でもここにご飯は置いていってよ。じゃないと私飢え死にしちゃうから!」


 けらけらと、乾いた笑いをあげる。酷く痛々しい笑いに感じられた。

 いや、俺がそう思いたいだけなのだろうか。彼女とはたかだか10日程度の付き合いだ。多少の情こそ移れど、それ以上の関係ではないのかもしれない。


 ニキは序盤のチュートリアル役で――あまり役には立たなかったが、とにかくゲーム導入の案内役に過ぎない。

 きっと冒険を進めれば、村の行き来はアイテムやスキルで可能になるだろう。そうすれば、会おうとすれば会うこともできる。

 彼女自身が冒険に必要なスキルを持っている訳でもないし、知識も正直使えない。

 死んだら生き返れるのかどうかも分からない。わざわざ危険な旅についていくのは、彼女にとってもリスクは大きいだろう。


 あらゆる理由がここでニキと別れることを勧めてくる。いや、もはやそれ以外の選択肢はないのだ。だって彼女はこれ以上先には行けないのだから。

 それは世界の法則システムによって定められた、厳然たる事実だ。


「――――ニキはどうしたいんだ」


 それでも、納得がいかない。

 こんな世界に突然放り込まれて、訳の分からない状態におかれて、常に味方でいてくれたのが彼女だ。

 もちろん、それは与えられた役目で、ただの設定に過ぎないだろう。

 ただ、俺が彼女の存在にどれだけ救われたか。彼女と一緒にいるのがどれだけ楽しかったか。


「そ、そんなの……言っても仕方ない」


 彼女の言うとおりだ。もう言っても仕方のないことだ。

 ただ、それでも彼女の口から聞かなければ気が済まない。


「お前自身は、どうしたいんだ」


 彼女が別れを望むなら、もう何も言うまい。ここまで付いてきてくれたことに心からの感謝をするだけだ。

 だが、もし彼女の望みが違うなら。

 何がなんでも、世界に抗わなければならない。


「……たい」


 彼女はうつむいて、確かに言った。だが足りない。


「聞こえねえ!」


「――――いっしょに行きたい! 決まってるじゃない!!」


 ニキは叫ぶ。小さな身体で、これ以上なく強い声で。

 その答えに満足して頷く。


「じゃあ、行くぞ。一緒に」


「行きたいけどっ……けど!」


 そう、彼女はポータルを通れない。そういう設定だ。

 だが、俺は身を持って知っている。この世界の設定はゴミだ。不完全すぎて穴だらけだ。


 絶対に裏道バグはある。

 だから、絶対見つけてやる。


     ◇


「――――本気?」


「間違いない、これならいける」


 実験の結果を考えれば、勝算は十分にある。


「いやいやいやいやいやいやいや……正気?」


「大真面目だ」


 理論上はいけるはずだ。あとは実証するのみ。作戦としてはごく単純なものだ。

 裏技バグ探しであれこれ実験をしていた俺たちだったが、その時あることに気づいた。

 俺が持っていたパン。これをちぎって光の渦の中に放り込んでも『向こう側次のマップ』へ行くことはなかった。つまりNPCと同じく移動制限があるということだ。

 しかし、インベントリに入っている分には当然一緒に移動することが出来た。移動制限が解除されたというわけだ。

 そこで何とかニキをインベントリに押し込めないかチャレンジしてみたが、それはどう頑張っても無理だった。


 そして思いついたのが第二のインベントリ。俺の体内だ。

 パンを食べてポータルに乗っても、パンがその場に取り残されることはない。もう少し詳細に調べてみれば、口の中に収めてしまえばそれは俺の一部と見なされるようだ。

 結論。ニキを俺の口の中に入れれば多分イケる。


「さあ、大人しく食われろ」


「ぜっっっっっっっっっっっっっっったい、やだ!!!!」


 ニキは全力で拒否する。

 まあ気持ちはわからんでもないが、他に道があるかどうかも分からない。というかこれで行けるのであればこれ以上なくお手軽だ。


「チャレンジする価値はあると思うぞ? 失敗しても失う物はないしな」


「ボクは色々と失う! キミはもう人間性を失ってる!」


 そんなもんはもうハウンドに食われた。諦めろ。

 このまま埒が明かないのでがっしりとニキを鷲掴みにする。


「えっえっえっ、ウソだよね? そんな、えっ、ちょっ」


「暴れると間違って飲み込むかもしれんからじっとしておけよ」


 そしてそのまま口に運ぶ。この絵面えづら結構やばいな。


「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」




 結果。無事にポータルを突破することが出来た。

 ニキはその後、かなりのあいだ口をきいてくれなくなった。

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