2ndクエスト『バトラコス』の討伐

スキルが無い

 報酬を受け取って村長の家を見送られた俺は早速インベントリに入ったそのアイテムを確認していた。

 『スキルの書』――スキルポイントを獲得出来る消耗品だ。

 ついに、ついに素殴り以外の攻撃方法が解禁される。


 最初は蹴りとかすればいいじゃんと思ったのだが、このゲーム、パンチだろうがキックだろうが頭突きだろうが全部画一的に通常攻撃と見なされるらしくダメージが変化しないのだ。

 しかしこれでようやく攻撃のレパートリーを増やすことが出来る。

 早速『スキルの書』を使用すると、自然と本が開きページがめくれていく。そして光を放ち、粒子となって宙に散った。

 今のが使用エフェクトだろうか、不覚にも少し格好良いと思ってしまった。

 身体に変化はない。が、今まで認識できなかったスキルウィンドウが開けるようになっていることに気付く。

 ワクワクしながら開いてみる。やはりゲームの序盤の楽しみの一つとしては、このスキル確認がある。


 ウィンドウは空欄だった。正確には右下の方に『残りポイント1』とだけ表示されて、それ以外には何もなかった。


 表示バグかと思い、一回閉じて再び開いてみるが何も変化はない。羊皮紙のようなスキンで表示されたスキルウィンドウの中は空白だ。

 オーケーオーケー、わかったよ。スキルは転職までお預けって訳だな。もうこの程度でびっくりしてやるもんか。


「ソウイチロウ……? 顔がちょっと怖いよ……?」


 ニキが恐る恐る声を掛けてくる。何を言うか、これまでになく心は平静だ。


「つ、次の街! 次の街に行こ! ね!」


「……次の街ねえ」


 出鼻をくじかれた感はあるが、確かにニキの言うとおりだ。とりあえず先に進むしかない。さっさと転職してしまえば良い話だ。

 それまで拳一つでなんとか戦い抜いてやろうではないか。

 ちなみにドロップした『オークの鉄斧』は当然のように職業制限があった。『バーサーカー』か『グラディエーター』系統の職業でなければ装備出来ないらしい。

 一応ノービスが装備できる武器や防具も存在はしているはずだが、このゲーム根本的にアイテムドロップ率が異常に悪い。今まで通常Mobからは何一つドロップしていない、まさかボスからしかドロップしないということはないだろうが。


「村長が言ってたよ、西にずっと進めば隣の村があるはずだって」


 ずっと、という表現が少し気にかかる。

 少なくとも1日や2日では行けない距離なのだろう。とすると旅の準備が必要になる。

 何が必要なんだろう。アウトドアすらまともにしたことが無い身としては、正直見当がつかない。とりあえず食事と睡眠をしっかり確保できれば良いのだろうか。


 といっても今では飲食を必要としない身だ。食料を買い込む必要はない。ニキも体格にしては食べる方だが小さなパン一つでも数日は問題ないらしい。村長から貰った食料と水があれば数週間はいけるはずだ。

 野営に関しても、そもそも睡眠を必要としないのだ。疲労もないのだから夜通し歩けば問題ない。ニキには頭の上ででも眠ってもらおう、無理なら抱えて進めば良い。

 あとは地図とコンパスくらいだが、この世界に来てから頭の中にオートマッピング機能がついているらしく殆ど完璧と言ってもいい距離感と方向感覚を手に入れている。森の中を進んでいる時も今自分がどこにいるのか手に取るように俯瞰ふかん的に捉えることが出来たほどだ。


 あれ、特に何も必要ない?


「……んじゃ、行くか」


「おー! しゅっぱーつ!」


 ニキは無邪気に言うが、こいつ本当は無謀な旅を止めなきゃいけないんじゃないのだろうか。

 今、俺パンツ一枚なんだぞ。


 ちなみに今の今まで自分の格好について何一つ違和感を感じなかったことに、正直オークウォーリアと相対した時よりも恐怖を覚えたのは秘密である。


     ◇


 目を覚ますと、見慣れた天井が目に映る。

 身体を起こそうとすると全身に激痛。感覚は少し戻ってきているが、四肢の先端にはまだ痺れが強く残っている。

 全身に巻いた包帯に血がにじんでいないのを確認する。ようやく傷口は塞がったらしい。そろそろ包帯の在庫も怪しくなってきていたところだった、助かった。

 くう、とお腹から乾いた音が上がる。誰に聞かれた訳でもないが、無性に恥ずかしくなり慌てて立ち上がり、フラつきながら台所へと向かう。


(『食欲があれば大丈夫。それは生への執着、活力の源だ』……だよね)


 いつかの祖母の言葉を思い出す。あの優しい声を聞けなくなって久しいが、忘れたことは一瞬だってない。

 カチカチになりつつあるパンをナイフでスライスする。さらにチーズを1切れ、干し肉2枚をパンと一緒の皿に盛り付け、皮袋からバターミルクをコップに注ぐ。

 本当は野菜が欲しいところだったが、家に残っていたものはほとんど食べてしまった。もう少し回復したら村まで買い出しに行かなければならない。

 はあ、とため息をつく。あまり人と話すのは好きではないのだ。

 そもそも、村人達ときたらまるで危機感がない。あの化物に対しても、周囲の魔物に対しても。


(……まあ、ああして村の中に居る分には安心なのかもしれないけど)


 魔物は何故か村には入れない。魔法的な力は何も感じられないが、結界のようなものなのだろうか。

 だが、それでは檻に閉じ込められた動物と何が違うというのか。そんな生き方はごめんだ。

 そう心の中で、八つ当たりにも近い憤りを静かにたぎらせながらチーズをのせたパンにかぶりつく。歯ごたえのありすぎるパンを強引に噛みちぎり、バターミルクで流し込む。

 

 もちろんこの考え方が異端であることは分かっている。人は人の領域で暮らせばいい、それだけの話だ。

 

 ゴクリと口の中の物を嚥下えんかして、そこでようやく気持ちを落ち着ける。空腹で苛立っていたのだろうか、それはそれで何だか非常に恥ずかしい。

 未熟な自分を自覚させられたようで、少し憂鬱になる。自由を愛し、常に超然としていた祖母とは比ぶべくもない。

 誤魔化すように残りのパンと干し肉を無理やりミルクで胃に流し込むと、立ち上がる。


 絶対あの化物を倒す方法はあるはずだ。

 私は、あの偉大なる魔女の孫なのだから。


 心で強く宣言し、身をさいなむ痛みを無視して、私は祖母の部屋へと続く扉を開いた。

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