バグ利用

「……ガード発動して即死かあ」


 お座り回復をしながら呆然と呟く。

 オークウォーリア。このマップのボス。

 体力は1000を越え、防御力もオークの倍という高耐久。倒すためには単純計算で50回以上の攻撃が必要だ。

 攻撃はジャストガードしない限り即死、しかも範囲スタン効果持ち。あのスタンはスキル攻撃だと信じたい、通常攻撃だったら凶悪すぎる。

 足が遅いのと攻撃自体が大振りなのが弱点なのだろうが、それ以外の持ち味があまりに強い。

 

 こちらの練度レベル不足か? いやマップの雑魚はほとんど一蹴出来るレベルなのだ、そこまで低いはずはない。

 といっても最初のハウンドの件からも分かるように『アンリミ』のバランスはクソだ。強く設定しすぎたという線も捨てきれない。

 それとも集団パーティーで殴り掛かるのが前提のボスなのかもしれない。他のプレイヤーがいないこの世界ではどうしようもないが。

 レベルさえ上げればいずれは倒せるようになるはずだ。しかし……。


 思考を進めていると遠くから声が聞こえてきた。顔上げればニキが物凄い勢いでこっちに向かってくる。


「おう、来たな「ゾウイヂロウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!」」


 顔面にスピードを落とすこと無く突っ込んでくるニキ。HPが5削れる。なにしやがる。

 幸いHPはある程度回復していたのでそれでどうこうなることはなかったが、ちょっとだけ痛い。


「大丈夫!? 痛くない!? うわあ血がいっぱい!!」


 オークウォーリアによって受けた致命的な傷は治癒しつつある。ちぎれた腕はくっついたし、こぼれた臓物も腹の中に収まった。それでも傷口は完全には塞がってはいない。

 彼女は俺にダメージを与えたことには気付いていないのか、そちらの傷の心配をしてくる。


「……そんな大した傷じゃない、


「ほんと? ほんとに? でも、血が」


 心配してくれる彼女の気持ちは嬉しいが、今はそれより大事なことがある。


「俺がこっちに飛んだあと、奴はどうした?」


「えっと、ボクの方に向かって歩いてきたよ。いや、多分ボクじゃなくて村の方なのかな」


 予想通りだ。ハウンドと同じように死んだ後も奴のタゲは俺に固定されている。

 こうなると時間が惜しい。POT見習いHPポーションを使用して少しでもHPの回復を急ぐ。

 それから焦れる気持ちを押し殺しながら座って回復しつつ、作戦を考える。

 

 まずオークウォーリアの足ではここまで来るのにあと10分くらいの猶予はあるだろう。

 体力はPOTを使えば取り敢えず満タンまで回復はできる。しかしガードしても即死となるとジャストガードか回避するしかない。

 試しに体力に1のポイントを振り分けてみるとHPが20増えた。残りの12ポイントを注げば一発くらいは耐えられるのかもしれないが、あまり状況が改善されるようには思えない。

 残った手としてはゾンビアタックだが……。


 ちらりとニキを見る。心から心配そうな瞳でこちらを見つめている。彼女はおそらく俺が死んだとは思っていない。

 彼女の前でゾンビアタックなどしたらきっと泣くだろう。気絶して倒れるかもしれない。

 それは少し嫌だなと思う。それに、間違いなくその後怒るだろうし。


 やはりゾンビアタックは封印だ。

 痛いし辛いし苦しいし。しかも今回は犬に噛まれる比ではない、何度ミンチにされることになるのか。

 そもそも何度も死を体験するなど狂気の沙汰だ。ゲーム世界ではあっても、ゲームではないのだから。

 

 ではどうやってあの化物を倒す?


 とにかく問題なのはあの攻撃力だ。攻撃をまともに受けたら終わる、ならば一方的に攻撃を出来るようなシチュエーションを作るしかない。

 そこで一つの閃き。

 いけるだろうか? 時間はない。可能性があるなら挑むべきだ。

 そう結論づけて、立ち上がる。

 POTを再度使って、体力は8割まで回復する。痛みもない。問題なく動けそうだ。


 さて、ボス狩りといこう。


     ◇


 森の中をオークを軽く払いながら進む。本当ならレベルアップしてからボスに挑みたかったが、そこまでの時間的余裕はない。

 マップの中程まで進むと、向こう側からこちらにまっすぐと歩いてくるオークウォーリアの姿が見えた。

 には間に合った。ならばあとは上手くいくことを祈るだけだ。

 ニキには再び離れるように指示をする。ニキは渋ったが、自分に出来ることはないと悟ったのか辛そうにその場を離れる。

 少し気がかりではあったが、今は彼女に掛けるべき言葉はない。それよりも、目の前の凶暴な気を放つ存在へと注意を払わなければならない。


 オークウォーリアの動きに相変わらず迷いはない。真っ直ぐ、どこまでも直線的にこちらに向かってくる。

 俺は一歩も動かずに、ただオークウォーリアが来るのを待つ。

 10メートル。5メートル。3メートル。2メートル。

 一定の間隔で重く響き続けた足音が止まる。巨木のような右腕が振り上げられ、その先に握られた巨大な鉄塊が陽の光を受けて鈍く光る。

 俺は動かない。

 オークウォーリアの体躯は俺よりも遥かに大きい。加えて向こうは巨大な鉄斧を装備しているのに対し、こちらは素手だ。

 必然的にこの距離だと向こうの攻撃は届くが、こちらの拳は届かないことになる。

 それでも俺は動かない。


 オークウォーリアが迷いなく、全力で鉄斧を振り下ろす。俺はジャストガードのタイミングを全力で見極め、左腕を前に突き出す。

 ガードは発動さえすれば良い。ならば防御に使うのは左腕一本で十分だ。

 そして衝撃に身構え、腰を落とす。


 ガードは発動しなかった。


 大地を抉った時と同じ轟音が周囲に響き渡る。

 だが衝撃も、振動すらも無い。辺りは風によって木の葉が揺れるだけだ。

 オークウォーリアの鉄斧は空中で止まっている。俺の突き出した左腕には届かない。


 否、あるのだ。

 『見えない壁』が俺とオークウォーリアの間にはそびえ立っている。


 オークウォーリアは、まるで何事も無かったかのように再び鉄斧を振り上げる。そして振り下ろす。

 まるでリピートされた映像のようだ。全く同じ動きで俺に向かって鉄斧を振り下ろし、透明な壁に打ち付ける。結果も同じ、轟音こそ鳴り響けどその衝撃はすべてバグに飲み込まれる。

 口角が釣り上げて、拳を握り込む。もちろんこのバグは俺にも破れない。しかしこのバグがあるのは俺の左半身側だけ。つまり右側に邪魔するものは何もない。

 オークとの横座標をずらさないようにしながら、じりじりと前に出る。ギリギリまで距離を詰めたところで大きく右足を踏み出し、えぐりこむような右のボディーブローをオークウォーリアの左腹に叩き込む。

 皮の鎧が守っているのは正面だけだ。隙間を縫うように突き刺さった拳から硬い肉の感触が伝わる。

 と言っても鎧を付けているだけでダメージ減少はされているのかもしれないが。


【オークウォーリア】 HP1005/1050


 ダメージ的には物足りない。しかしもはや関係ない。1でも与えられれば良い。

 オークウォーリアは右手に握った鉄斧を繰り返し振り下ろす。振り上げてから振り下ろすまでの時間に時折ばらつきがあるので、同じモーションでもスキル攻撃と通常攻撃が混ざっているのだろう。

 関係ない。一番怖かった範囲スタン効果も地面に鉄斧が接触しなければ発生しないらしい。

 鉄斧は繰り返し中空に打ち付けられるだけだ。ただの障害物だったらいずれ壊れたかもしれない。しかし無理だ。壊れる訳がない。


 『見えない壁』は世界の法則システムそのものなのだから。


 こうなってしまえばあとは作業だ。自分の立ち位置が決して動かないように注意を払いながら、一方的に拳を叩き込み続ける。

 3分と経たぬ内に、オークウォーリアのHPゲージは黒く染まり、巨体が地に沈む。

 そしてレベルアップ。さらに死体から鉄斧が『転がり落ちるドロップ』。

 それを拾うとインベントリに収納される。記念すべき初ドロップという訳だ。

  

 振り返ると、唖然とした顔でニキがこちらを見ていた。

 その表情が無性におかしくて、吹き出しそうになりながらニキに歩み寄る。


「じゃあ、帰るか」


 クエスト達成。バグ親子に報酬を貰いに行こう。

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