表示されるキャラクターと声が一致しない

 買えないものはもうどうしようもない。

 これから装備の入手手段はクエスト報酬か、敵からのドロップで手に入れるしか無いわけだ。


 とりあえずこの世界にも夜は来るらしい。

 この身体は疲労を感じない。眠気も今のところは感じていないので、もしかすると寝なくても大丈夫なのだろうか。

 考えてみれば空腹も感じない。もう随分と食事を取っていないのにも関わらずだ。

 プレイヤーキャラクターもやはりゲーム世界の存在ということか。

 満腹度や疲労度の概念があればそれも別だったのだろうか。考えても詮無せんなきことではあるのだが。


 何だか、随分と人間離れしてしまった気がする。


 くう、と小さな音が鳴る。それは頭上から。

 NPC、あるいは妖精には空腹があるらしい。

 

「妖精って何食うんだ?」


「……人間と同じもので大丈夫です」


 消え入りそうな声でニキは答える。

 しかし困った。俺は商店を利用出来ないし、そもそも店に食料品が売られているようには見えなかった。

 宿屋……探索した時にあったかな。あまりMMOでは重要視されない施設だしな。

 宿屋に移動するより自然回復を待ったほうが大抵早いというのが何とも悲しい。

 もちろん宿屋のあるタイトルであれば、宿屋をセーブ地点にして狩場にワープするという狩り方はあるが。

 とりあえず片っ端から村を探索する。しかし見つかるのは民家か使えない商店ばかりだ。


 やばい、ニキが餓死するかもしれん。


「資格者様? どうかされましたか?」


 焦っているところに、聞き慣れた声。

 可愛らしい問いかけに振り返ると村長のおっさんがこちらを見つめていた。

 その隣には初めて見る少女。

 年は10歳前後だろうか。簡素なワンピースに身を包み、腕には小さな人形を抱えている。

 頭の上には『ニーニャ・バル』の文字。この子も名前付きネームドか。


「ああ、私の娘のニーニャです。ニーニャ、こちらは資格者の筋肉ムキ太郎様と女神様の使いのニキ・エルフィニア・ハーヴェストロード様だ。ご挨拶しなさい」


 名前は言わんでいい。

 少女は不安そうにおっさんの服の裾を掴み、おどおどとした様子で少しだけ頭を下げる。

 随分と引っ込み思案だ。可愛らしいが。


「申し訳ありません。娘はその、無口なもので」


「いえ、構いませんよ。ところで一つ伺いたいのですが」


 丁度良い。村長に宿屋が無いか尋ねてみる。


「大変申し訳ありません。この村には宿屋のようなものは無いのです。よろしければ私の家にお泊りになりませんか」


 願ってもない申し出である。

 感謝の言葉と共に受け入れ、村長の家にお呼ばれすることになった。


     ◇


 村長の家は村の北にあり、他の民家よりは少し大きいものだったが簡素な造りであった。

 俺の横ではニキが凄まじい勢いでパンの欠片にかじりついている。

 その正面に座ったニーニャは相変わらず一言も喋らないが、興味深げにその様子を見つめていた。


「申し訳ありません、こんなものしかご用意出来ず……」


 村長は申し訳なさそうに言うが、机の上に並んだ食事はパンにスープにサラダに肉料理。家で出す料理としては十分過ぎるほどに豪勢なものだった。

 この世界の生活水準は分からないが、これが平均やそれ以下ということはあるまい。

 見たことのない食材が散見されるところは気になるが。

 村長は「スプカリスの丸焼きです」と主菜の説明をしてくれたが、果たしてそれはこの世界で一般的な食材なのだろうか。


 腹が減っている訳ではないものの、見ていて興味はそそられる。

 頂きますと頭を下げてスプーンを持ち、まずはスープから口に含んでみた。

 琥珀色のスープはとろりとしており、舌の上をなめらかに滑る。

 少し甘味は強いが、中々悪くない。色合い的にはコンソメスープを想像していたが味はカボチャにも似ている。

 反対側に座る村長やニーニャの様子を見ればパンにスープを付けて食べている。

 真似してみると菓子パンのようで悪くない。ニキも小さな容器に入れられたスープで同じようにしていた。

 サラダは未知の野菜の味に違和感はあるが、海外のサラダとか食べたらこんな感じなのかなとも思う。

 スプカリスの肉とやらは、非常に香ばしかったが完全に鶏肉だった。焼き鳥だなこれ、美味しいけど。


 食事の最中思いついたことを村長に提案してみる。

 討伐の報酬のゴールドはいらないから装備にしてもらえないかという内容だ。

 しかし村長は渋い顔を浮かべる。


「……申し訳ありません、それは難しいです」


「理由を聞いても?」


 報酬の金額は620ゴールド。それよりも安い武器はいくらでもあるのだから普通に考えれば村長にとって得な提案なはずだが。


「……奇妙だと思われるかもしれませんが、私は事実しか話しません」


 村長はそう前置きする。その時点でなんとなく続く内容の予想はついてしまった。


「何故か私は店に入れないのです。それどころか村長だというのに店主と面識すらない。おかしなことを言っていると思われるでしょうが……」


「ああいえ、大体分かりました。それなら仕方ない」


 目を見開いて驚きを素直に表す村長。

 多分、NPCには行動範囲が設定されているのだろう。店の中まで外のNPCが入ってくると邪魔だしな。

 そう考えると街の外で村人が被害にあったという話も怪しくなってくる。この村のNPCは決められたルーチンで動き回るだけだ、村の外にまで出ていくとは考えにくい。


 という仮説も浮かぶ。


 村長やニーニャはどう認識しているのだろう。下手に突っつくとまずいだろうか。


「資格者様、あなたは一体……いや、あなたは本当に……」


 村長は何かを悟ったように首を振る。

 いや一人で納得しないで。俺が何。

 そんな俺を他所よそに、村長は隣に座る娘を優しい手つきで撫でる。


「……妻は、この子の母親は森の魔物に殺されました」


 ニーニャは食事を終えて下を向いている。表情に変化は見えない。

 ニキもいつの間にか食事の手を止めている。

 村長は静かな調子で言葉を続ける。


「こんな世の中では珍しくもないですし仕方のないことです。弱肉強食の世界で、か弱い我々が日々の食事を得られているだけでもありがたいと思わなければならない。そう思い続けてきました」


 平坦な声音で村長は続ける。


「しかし、恨みはある」


 撫でられるがままになっていたニーニャの肩がピクリと震えた。


「妻がいなくなってから、娘は笑えなくなりました。私達の時間はあの日から止まったままだ。――資格者様。筋肉ムキ太郎様」


 村長がこちらに静かに向き直る。名前は呼ばなくていい。


「お願いします。どうか、あの魔物を倒してください。私達が明日へ進めるように」


 すると、今まで顔を伏せていた少女が初めてこちらを見据えるようにする。


「……おねがい、します」


 ぺこりと父親の真似をするように、深く頭を下げる。

 初めて彼女の声を聞いた。父親も驚いた表情を見せる。


 ああ、そうなんだな。


 理解して、小さく頷く。

 設定とか、シナリオとか、もう下らない考察はやめだ。

 勇者なんて柄ではない。世界を救えるかどうかなんて、想像もできない。

 だが、頼られたのなら応えてやりたいではないか。


 少女の瞳はまっすぐにこちらを捉える。その瞳の奥に、僅かな光が見えた気がした。


「……ありがとう、ございます」


 渋い、重く響く声で少女は言う。

 少女に微笑みで返す。ニキも頷いて、俺の肩に腰掛ける。


 このバグは、勘弁してほしかったな。


 親父ブルッブニーニャCV、逆になってる。

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